元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ユマニテ」

2007-08-30 06:51:47 | 映画の感想(や行)

 (原題:L'Humanite)99年のカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞したブリュノ・デュモン監督作品。主演のエマニュエル・ショッテとセヴリーヌ・カネルも主演男優賞と女優賞を受賞。

 たぶん何の予備知識もなくこの作品に接したならば誰でも“暗くて長くて退屈な映画”だと思うはず。しかし前項の「ジーザスの日々」とセットで観ると主題が明確に浮かび上がってくる。「ジーザスの日々」が“イエスが降臨しても救えないであろう世界”をミクロ的に描いたのに対し、この作品は“降臨したイエスが世界を救えず立ち往生する様子”を具体的かつマクロ的に描いているのである。

 そのイエスとは、フランスの田舎町で起きた幼女殺人事件を捜査する主人公の刑事である。それは美術館で彼がキリストの生誕と殉教の絵の間に立っているシーン、そして空中浮揚するかのごとく荒野を一睨する場面等で明示されている。彼と女友達との間柄は、キリストとマグダラのマリアとの関係を表しているのだろう。彼は有能な警官には見えないが、捜査の途中で出会う人々の心の痛みを共有し、抱きしめて慰めることが出来る。しかし、それ以外は何も出来ない。被害者の遺族や精神病院の看護人の苦悩がわかっていても、彼はただ涙を流すばかり。そして真犯人の心も救えない。

 ここにはアンドレイ・タルコフスキー監督の傑作「サクリファイス」のように、自分を犠牲にして世界を救おうとするような殊勝な登場人物は出てこない。それどころか劇中で頻繁に出てくる教会にさえ誰も(主人公でさえ)足を運ばない。すべてが腐って沈んでいくだけだ。宗教の無力性と神の不在。どうしようもない人間たちを前に、降臨したイエスは哀しみと諦念を胸に佇むだけである。

 絵画的な画面構成、そして自然の風景の素晴らしさは相変わらずで、それだけに荒涼とした登場人物の内面が強調される。「ジーザスの日々」と同じく観ていてちっとも楽しくない映画だが、作者のシビアな問題提起がいつまでも尾を引き、その点がキリスト教人種(欧米人)に評価されたのだろう。ただし、考えようによっては作者の独善に過ぎないのかもしれないけどね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする