元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「河童のクゥと夏休み」

2007-08-11 07:18:12 | 映画の感想(か行)

 アニメーションに似合わない2時間18分の長尺だが、中身は濃い。出来も“夏休みの子ども向けアニメ”の枠を超えた充実ぶりだ。かつて劇場版「クレヨンしんちゃん」シリーズの「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」「嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」という二大傑作をモノにした原恵一監督は、やっぱり端倪すべからざる才能の持ち主だ。

 木暮正夫の児童文学を原作に、江戸時代に仮死状態になったがひょんなことで現代に蘇った河童のクゥと小学生・康一との関係を描くアウトラインは、平凡な家庭の中に異分子が紛れ込んで騒動を起こすという「オバケのQ太郎」なんかを嚆矢とするマンガ・アニメの黄金パターンであり、しかも康一の家庭は「クレしん」の野原一家と同じ構成で、ペットもやはり犬である(爆)。イザという時には必要以上に団結して気勢を挙げるあたりもそっくりだ。

 しかし、クゥ以外のキャラクターデザインがデフォルメされておらず、かといって劇画調でもなく、実に自然なリアリズムに準拠しているのは、本作の性格をよくあらわしている。つまり、ファンタジーではあるが多分に現実側を描こうという作者の意図が反映されているのだ。

 康一の家庭は典型的な小市民で、一家の主は会社勤めであり一軒家に住んではいるが場所は都内とはいえ外れの東久留米市。もちろん康一自身も平凡な小学生だ。ただし、平凡であるが故に子供を取り巻く普遍的な状況が映画の中ではよく見えている。他愛のないイタズラやからかい、そして深刻なイジメも容赦なく描かれる。複雑な家庭を持つ同級生の女の子がイジメられ、康一は彼女を意識はするものの、はじめは具体的に救いの手を差し伸べることはない。それがクゥとの付き合いを通して他者を思いやることの大切さを学び取り、敢然とイジメっ子に立ち向かうようになる過程は説得力がある。

 たまたまクゥは超自然的なモチーフとして登場するが、実際は物の道理を教え込む人間であれば誰でもいいわけで、それとなかなか巡り逢うことが出来ない現在の子供事情を暗に指摘していると言えよう。クゥの存在が世間的に知られるようになり、マスコミやら野次馬やらに追いまくられる一家の辛酸と、周りの人間の無責任さとの対比は社会風刺として上手くいっている。もちろん、河童が住めなくなった現代の環境問題に対する言及も忘れてはいない。

 映像面は見事と言うしかなく、岩手県の遠野に出かけた康一とクゥが川で泳ぐ場面のスピード感と浮遊感、ラスト近くの夕焼けをバックにした切ないシーンの空間の切り取り方など、思わず見入ってしまうレベルの高さだ。間違いなく本年度の日本映画の収穫であり、子供だけではなく、子供を持つ大人に是非観てもらいたい秀作だ。
コメント
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