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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ボーダー」

2022-10-30 06:55:21 | 映画の感想(は行)
 (原題:The Border)81年作品。この映画の一番の見どころは、あのジャック・ニコルソン扮する主人公が善玉という設定で、しかもヒーロー的な働きまでしてしまうという御膳立てだ。表向きは良い奴だが実は・・・・という、ありそうな仕掛けも無い(笑)。徹頭徹尾、社会悪に立ち向かう正義漢として扱われる。それだけで、観る価値があるかもしれない。

 LA警察に勤めるチャーリーは、犯罪が蔓延る大都市の有様に嫌気がさし、国立公園の管理官として異動することを望んでいた。しかし、知らぬ間に妻のマーシーがテキサス州エル・パソに新居を購入してしまう。仕方なく彼は妻の友人サバンナの夫のキャットと一緒に、メキシコ国境の警備隊として勤務するようになる。



 ある日、彼は若い女マリアが赤ん坊と弟を連れてメキシコから不法入国しようとしているのを見つける。当初は違法行為を咎めていたチャーリーだが、危険を冒して国境を越える者たちが大勢いる現実を知り、マリアに同情するようになる。そんな中、国境警備隊員の不良分子が人身売買に加担していることを知った彼は、敢然と悪に立ち向かう。

 本作が撮られてから40年以上が経つが、メキシコからの不法入国問題は一向に解決しない。中には“国境に壁を作ってやる!”と宣言して大統領にまでなった者もいたようだが、この件は単に力尽くで押さえ込もうとしても無理なのだ。経済格差をはじめ、一筋縄ではいかない要因が横たわっている。この映画もそのあたりに言及しているが、あくまで主眼は前述の通りニコルソン御大演じるチャーリーの奮闘だ。

 彼は決して手練れのファイターではなく、普通の男である。事がそう上手く運ぶわけではない。それでも徒手空拳で立ち向かう姿に、観ていて感情移入してしまう。ベテランのトニー・リチャードソンの演出は、この後に撮った「ホテル・ニューハンプシャー」(84年)ほどの切れ味は無いが、最後までドラマは弛緩することはない。

 ハーヴェイ・カイテルも出てきて、彼本来の(?)役柄を的確に演じている。ヴァレリー・ペリンやウォーレン・オーツ等の脇の面子も良いし、マリアに扮するエルピディア・カリロの可憐さも光る。テキサスの荒野をとらえたリック・ウェイトによるカメラワークは非凡だが、それよりもライ・クーダーの音楽が良い。「パリ、テキサス」や「クロスロード」もそうだが、こういう舞台設定の映画では彼の音楽は抜群の効果を発揮する。
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「ヘルドッグス」

2022-10-09 06:22:57 | 映画の感想(は行)
 原田眞人監督とジャニーズ系を含むアイドル界隈との相性の悪さを、改めて確認した一作。ならば最初から観るなと言われそうだが、(原作は読んではいないものの)深町秋生の小説群はさほど嫌いではないので、あえてチェックして次第。そして結局は観たことを後悔しているのだから世話は無い(苦笑)。いずれにしろ、鑑賞作品を選定する際の事前の検討は必要である。

 凶悪事件を阻止することが出来なかった警官の兼高昭吾は職を辞し、その後は事件に関わった者たちへ復讐するために生きてきた。数年後、彼は警察組織からその獰猛さを見込まれ、関東最大の暴力団への潜入捜査を強要される。目的はボスが持つ極秘ファイルを奪うことで、そのためには兼高との相性が良好だとされる凶暴な若いヤクザ室岡秀喜と仲良くなり、組織内で成り上がってボスに近付く必要がある。兼高は警察の期待通り室岡と共に名をあげるが、思わぬ落とし穴が待っていた。

 とにかく、登場人物全てが早口で勝手にまくし立て、何を言っているのか分からないのには閉口した。これが原田監督の代表作である「金融腐蝕列島 呪縛」(99年)のようにドキュメンタリー・タッチの実録風ドラマならば臨場感が醸し出されて効果的なのかもしれないが、こういう純然たるフィクションでそれをやられると、違和感を覚えるだけでなくストーリーが追えなくなる。

 もっとも、その筋書き自体も弱体気味のようで、警察を辞めた人間を囮捜査要員に仕立て上げるという設定からして無理がある。いつ正体がバレるかもしれないというサスペンスも希薄で、兼高が疑われる切っ掛けになったエピソードも、完全に底抜け状態だ。主演は岡田准一だが、必要以上に彼を目立たせるためか、余計なモチーフを盛り込みすぎ(例:思わせぶりなタトゥー等)。

 かと思えば、身長が高くはない岡田の外見をカバーする気配もなく、特にバディ役の坂口健太郎と無造作に並べられて小柄な面が強調されるなど、撮り方もヘタだ。その坂口も、いかにも善人キャラの彼に狂的なヤクザ役を振ったのはどこのどいつだと、文句の一つも言いたくなる。肝心のアクションシーンも切れ味不足。完全に「ザ・ファブル」シリーズの後塵を拝している。

 ボス役のMIYAVIも貫禄不足で、松岡茉優に北村一輝、大竹しのぶ、金田哲、酒向芳、赤間麻里子といった他の面子も精彩が無い。それにしても原田監督と岡田のタッグはこれで3回目だ。作品の完成度には結び付いていないようなのに、どうしてこの組み合わせが成り立つのだろうか。まあそれが“業界の事情”ってやつだろう。
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「ブレット・トレイン」

2022-09-26 06:10:56 | 映画の感想(は行)
 (原題:BULLET TRAIN)本作で一番興味を惹かれたのは、原作が伊坂幸太郎の「マリアビートル」である点だ。伊坂の小説は過去に国内で何回も映画化されてきたが、真に満足できるものは一本も無かった。作り手の力量がイマイチである点が大きいのだが、それ以前に彼の小説の独特の作風と語り口が日本映画のルーティンと合致していないと思ったものだ。しかし、今回これをハリウッドで映画化すると、ほとんど違和感が無いのが面白い。

 あまり割の良い仕事が回ってこない殺し屋のレディバグに新たに与えられたミッションは、東京駅発の新幹線に乗りブリーフケースを盗んで次の駅で降りるという、かなりイージーなものだった。しかし、実際に乗車してみると見知らぬ殺し屋どもが次々に襲ってきて、降りるタイミングを逸してしまう。挙げ句の果ては、世界的シンジケートのボスであるホワイト・デスが待ち受ける終点の京都駅へ向かうハメになる。



 徹底的にウェットな心理描写を排除し、各キャラクターはニックネームで呼ばれるように現実感を剥奪されている。ただし、プロットの組み立ては登場人物に人間性が希薄なため、ドラスティックに推し進めることが出来る。これを日本映画でやると絵空事の域を出ないのだが、対してハリウッド映画の賑々しさが加味されてしまうと(もちろん、十分な資本投下も相まって)観ていて納得してしまうのだ。

 デイヴィッド・リーチの演出は「デッドプール2」(2018年)に続いて悪ふざけ一歩手前のハチャメチャぶりを全面展開している。このやりたい放題の所業に拒否反応を示す観客もいるとは思うが、私は楽しんでしまった。ハリウッド名物“えせ日本”も、京都近くに富士山がそびえたりする不手際(?)もあるとはいえ、まあ我慢できる程度に抑えられている。

 主演のブラッド・ピットをはじめ、アーロン・テイラー=ジョンソンにブライアン・タイリー・ヘンリー、マイケル・シャノン、ジョーイ・キング、サンドラ・ブロックら多彩なキャストも、楽しそうに常軌を逸したキャラに扮している。さらに真田広之が重要な役で出演し、さすがのアクションを披露しているのも嬉しい。音楽担当はドミニク・ルイスだが、それよりも場違いとも言える既成曲の使い方が笑えた。ともあれ、伊坂の小説は今後もハリウッドでの映画化を望むものである。
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「ハウ」

2022-09-10 06:18:28 | 映画の感想(は行)
 観終わって印象に残ったのは、本作の“主人公”であるハウに扮した俳優犬ベックの“名演技”と、ヒロイン役の池田エライザの美脚のみ(笑)。それ以外はどうでもいい映画だ。とにかく、筋立てが良くない。辻褄の合わないシークエンスが目立ち、ドラマの決着の付け方もまったく気勢が上がらない。動物に頼り切りの作劇では、求心力なんか期待できないのだ。

 横浜市職員の赤西民夫は交際相手から婚約を破棄され、失意のどん底にあった。見かねた上司の鍋島は、彼に保護犬を飼うことを奨める。この犬は元の飼い主に声帯を切られたらしく“ハウッ”としか啼けない。民夫はハウと名付けたこの大型犬と絆を深めるうちに、落ち込んだ気分も次第に上向いてくる。そんなある日、突然ハウが姿を消す。ハウは運命のいたずらにより、遠く離れた青森まで運ばれてしまったのだ。ハウは民夫の元に帰るため、そこから横浜まで約800キロの道のりを歩く。斉藤ひろしによる同名小説の映画化だ。

 まず、新婚生活用に家まで購入した民夫が、簡単に婚約破棄に泣き寝入りしてしまうのは納得できない。これは損害賠償の訴訟案件であり、安易にスルーして良いものではない。さらに彼の上司が“犬でも飼わせれば立ち直るだろう”みたいなノリでハウをあてがうのも愉快になれない。ハウがいなくなったのは民夫の凡ミスであり、遠方からどうやってハウが横浜を目指すのかも分からない。

 ハウが道中で出会う人々は登校拒否の女子中学生だったり、シャッター街で孤独に過ごす老婦人だったりと、それぞれヘヴィな境遇だが、この手の映画で扱うようなネタとは思えない。極めつけは修道院での大立ち回りで、屋上屋を重ねるがごとき絵空事のモチーフが乱立。途中でいい加減面倒臭くなってきた。そもそも民夫の後ろ向きのキャラクターには共感できず、同僚の足立桃子の現実感希薄な“良い子”ぶりには閉口するばかり。

 犬童一心の演出は精彩が無く、単にストーリーを追っているだけ。民夫役の田中圭をはじめ、桃子に扮する池田に野間口徹、渡辺真起子、モトーラ世理奈、長澤樹(新人)、田中要次、利重剛、市川実和子、田畑智子、そして石橋蓮司に宮本信子と悪くない顔ぶれを揃えてはいるが、上手く機能させているとは思えない。ナレーターに石田ゆり子、主題歌にGReeeeNを起用しているのも単なる話題作りに感じてしまう。
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「フォクシー・レディ」

2022-09-02 06:25:51 | 映画の感想(は行)
 (原題:FOXES )80年作品。ハッキリ言って映画の質としては大したことはないのだが、興味深いキャスティングとスタイリッシュな映像で飽きさせずに最後まで見せてしまう。また、青春映画のスタイルが従来(70年代まで)とは変わっていく様態を目撃できるだけでも、観る価値はあるかもしれない。

 南カリフォルニアのサンフェルナンド・バレーに住む16歳のジーニーは、同世代のアニー、マッジ、ディアドルといつも行動を共にしていた。一見屈託無く毎日を過ごしている4人だが、実はそれぞれ家族と折り合いが付かず悩んでおり、家を出て皆で一緒に暮らしたいと思っていた。アニーは重度の麻薬中毒に陥っており、警察官である彼女の父親はアニーを入院させようとする。しかし、彼女は逃亡。ジーニーたちはアニーの行方を探し回り、不良どもと一緒にいた彼女を何とか救出する。だがチンピラグループとの軋轢は続き、パーティ会場での大乱闘に発展してしまう。



 それまでの登場人物を至近距離で捉えたような若者映画とは違い、ストーリーがハードな割には描き方は突き放したようにクールである。一応ジーニーが主人公なのだが、狂言回しの役目しか担っていない。監督はこれがデビュー作であったエイドリアン・ラインで、後に「フラッシュダンス」(83年)や「危険な情事」(87年)などでブレイクを果たす彼も、この頃の演出はぎこちない。登場人物たちから距離を取ろうと腐心しているせいか、盛り上がりに欠けて平板な印象を受ける。ジェラルド・エアーズによる脚本も上等とは言えず、特にアニーの扱いはもう少し工夫した方が良いと思った。

 とはいえ、ライン監督の持ち味である垢抜けた映像表現はここでも印象的で、透き通るように美しい映像と、絶妙な各キャラクターの身のこなしには見入ってしまった。撮影監督のレオン・ビジューとマイケル・セレシンの腕は確かである。ジーニーに扮しているのはジョディ・フォスターで、当時はまだ十代だったが、出てくるだけで絵になる存在感はさすがだ。

 アニー役には「ザ・ランナウェイズ」のヴォーカルだったシェリー・カーリーが担当し、ロックスターのやさぐれた生き方を投影しているようで面白い。サリー・ケラーマンやランディ・クエイドの演技も良いが、この頃は無名だったローラ・ダーンが顔を見せているのも要チェックだ。なお音楽はジョルジオ・モロダーで、さすがの小洒落たサウンドを提供している。
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「ビリーバーズ」

2022-08-21 06:51:21 | 映画の感想(は行)
 カルト宗教を題材にした山本直樹による原作漫画は99年に連載が始まったが、これは95年に起こったオウム真理教事件に影響を受けている。だから現時点で映画化することは証文の出し遅れの感もあったが、何と今一番アップ・トゥ・デイトなテーマを扱った作品になってしまった。言うまでもなく“あの事件”のせいである。改めてこのテーマは風化させてはならないと、強く思う。

 宗教団体“ニコニコ人生センター”は、信者に無人島でサバイバル生活をさせ俗世の汚れを浄化し解脱を図るというプロジェクトを実施していた。現在はオペレーターと呼ばれる若い男と議長と命名された中年男、そして副議長役とされる若い女の3人が島に滞在している。彼らは日々瞑想やテレパシーの実験など、本部からの指示による修行に励んでいたが、勝手に上陸してきたチンピラどもを排除してから、様子がおかしくなる。今後の方向性に関して互いの意見が衝突し、欲望と打算が表面化。やがて、当局側に追われた教祖と信者たちが大挙して島に押し寄せてくる。



 彼らが島でやっていることは、まったく意味が無い。いくら各人が見た夢の報告をしようと、半分地面に埋まって自己を“総括”しようと、それで何かが好転するわけでもない。逆に自分を追い詰めるだけだ。この、外界から隔絶され既存の価値観から切り離された状況こそが、カルト宗教のフェーズの一つであると言えよう。

 しかしながら、絵空事の教義はリアルな人間の本能に勝てるはずもない。後半から3人がカオス状態に突入するのは当然のことだ。対して、教団によるガバナンス(?)が行き届いている教祖に近い信者たちには、それが通用しない。オペレーターの場合、元は母親が信仰ににハマっていて、それを何とかしようと教団に近付いたら自分が取り込まれてしまったという複雑な立場だ。だが、そんな彼でも本音で生きるしかない無人島での生活を体験すれば、考え方を変えざるを得ない。つまりは、カルト宗教こそが“俗世の汚れ”そのものなのだ。

 正直言って、城定秀夫の演出は今回それほど上手くいっているとは思えない。展開が平板で、終盤の“大活劇”のショボさには失笑する。ラストの扱いも釈然としない。しかし、取り上げられた素材の重大さ、そしてキャストの熱演により見応えのある作品になっている。オペレーター役の磯村勇斗は、これまでのイメージをかなぐり捨てた力演。彼のファンは戸惑うだろうが(笑)、評価出来る仕事ぶりだ。議長に扮した宇野祥平も、アッパレな変態演技で場を盛り上げる。

 だが、本作の一番の“収穫”は、副議長を演じる北村優衣である。後半は服を着ている場面の方が少ないほどだが、とにかく物凄くエロい。この若さ(99年生まれ)でこれだけのワイセツさを表現できるとは、端倪すべからざる人材だ。曽我部恵一の音楽は良好で、原作者の山本も顔を見せるという遊び心も捨てがたい。確実に観る者を選ぶ映画ではあるものの、屹立した存在感を示している。
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「ベイビー・ブローカー」

2022-07-16 06:49:52 | 映画の感想(は行)
 (原題:BROKER)脚本がほとんど練り上げられていない。こういう穴だらけの筋書きでは、断じて評価するわけにはいかない。第75回カンヌ国際映画祭での優秀男優賞とエキュメニカル審査員賞の受賞は、いわば功労賞みたいなもので、それ自体が作品の出来映えを保証するものではないのだ。取り上げられた題材がアップ・トゥ・デイトなものであるだけに、もっと真摯に取り組んで欲しかったというのが正直な感想である。

 釜山で昔ながらのクリーニング店を営む中年男サンヒョンと、いわゆる“赤ちゃんポスト”が設置された福祉施設で働く児童養護施設出身のドンスには“裏の顔”があった。2人は“赤ちゃんポスト”に預けられた赤ん坊を横取りし、子供を欲しがる家庭に高額の手数料と交換に引き渡すというプローカー稼業で収入を得ていた。しかも、サンヒョンはヤバい筋からの借金がけっこうあり、その返済のためにもブローカーの仕事はやめられない。

 ある日、2人は若い女ソヨンがポストに預けた赤ん坊を連れ去るが、翌日思い直して戻ってきたソヨンに問い詰められ、仕方なく2人は彼女と一緒に里親を探す旅に出る。一方、彼らを現行犯で逮捕しようと監視している2人の刑事は、尾行を開始する。

 サンヒョンがカネに困っていることは分かるのだが、どうしてブローカーの仕事を選んだのかハッキリしない。実は彼には“家庭の事情”というものがあったらしく、それが何の伏線も無しに終盤に表に出てくるのは愉快になれない。ソヨンはある事件に巻き込まれているらしいのだが、華奢で若い女の身でそんな“犯行”に及ぶとは到底考えられない。また、ドンスが犯罪に手を染める動機付けも弱い。もっと切迫した事情を持ってくるべきだった。

 さらに言えば、刑事たちの存在は果たして必要だったのか疑問だ。警察の捜査をモチーフとして採用するのならば扱いを強固にするのが当然ながら、ここではそれが成されていない。ロードムービーとしての興趣もほとんど出ておらず、せいぜい途中で“闖入者”が加わるぐらいで、工夫が足りない。ラストの扱いに至っては、いったい何が解決したのか分からないし、各キャラクターの去就も明確ではない。

 是枝裕和の演出は平板で、これといった盛り上がりは見当たらない。主演のソン・ガンホは相変わらず達者な演技だが、彼にしてみれば今回は“軽くこなした”という程度だろう。カン・ドンウォンにペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンといったキャストは悪くはないパフォーマンスを見せるが、殊更優れたものでもない。是枝監督は次回はどこで撮るのか分からないが(Netflixでの仕事になるという話もある)、いずれにしろ正攻法で取り組んでほしい。
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「ハケンアニメ!」

2022-06-19 06:50:20 | 映画の感想(は行)
 どこが面白いのかさっぱり分からないが、なぜか世評は高い。“傑作だ!”という声もあるほどだ。中身よりも取り上げられた題材で好意的に受け取られるケースもあるのかと、勝手に納得しようとしたが、やっぱり個人的にはダメなものはダメである。とにかく、作り方を完全に間違えているようなシャシンで、求心力は微塵も感じられない。

 主人公の斎藤瞳はアニメーション好きが高じて、地方公務員の職を辞してアニメ製作の現場に飛び込んだ。苦労の甲斐はあってそれなりに仕事ぶりが認められ、ディレクターとしての第一作として夕方時間帯の連続番組を任されることになる。ところが、そこに立ちはだかったのは天才監督と呼ばれる王子千晴だった。彼は瞳が担当する番組と同じタイムスケジュールで、別の局でプログラムを受け持つことになる。瞳は手強い相手と対峙するため、プロデューサーの行城理をはじめとするスタッフたちと共にアニメ界の頂点(ハケン)を目指して奮闘する。辻村深月による同名小説の映画化だ。

 物語の前提から、すでに不備が目立つ。そもそも、駆け出しの若手であるヒロインに、ゴールデンタイムの番組を演出デビュー作としてセッティングするのは、どう考えても無理がある。まずは、深夜帯などで腕試しさせるのが筋ではないか。百歩譲って、彼女にそれだけの才能があるという設定だとして、ならばその鬼才ぶりを遺憾なく発揮させるモチーフがあって然るべきだが、それはどこにも無い。

 それどころか、彼女が作るアニメ番組は、どこがどう面白いのか全然説明されていない。これは王子が担当する番組も同様で、面白さが掴めないプログラム同士が勝手に視聴率を競っているという、観ているこちらにとってはどうでもいい話が延々と続くのみ。だいたい、ある程度の評価が期待される(らしい)2つの番組を、どうして同じ時間帯にオンエアしなきゃならないのか。少なくともマーケティングとしては悪手だろう。

 また、ブラックな環境が取り沙汰されるこの業界を描く中で、まったくそのようなネタが出てこないのも違和感満載だ。よく見れば、この映画はアニメーション業界を新奇な題材として扱っているだけで、内実は従来のテレビドラマでよく取り上げられる“オフィスもの”と変わらない。吉野耕平の演出は平板で、盛り上がりは感じられない。

 主演の吉岡里帆は気が付けばスクリーン上でお目に掛かるのは初めてだが、演技にアクセントが無く小粒で存在感に欠ける。(少なくとも今のところは)テレビ画面向けのタレントでしかない。中村倫也に柄本佑、尾野真千子、古舘寛治、徳井優、六角精児、そして声優の花澤香菜など顔ぶれだけは多彩だが、上手く機能させていない。若手アニメ作家同士の鍔迫り合いよりも、工藤阿須加扮する自治体関係者と、小野花梨が演じる原画担当兼PR要員との関係を主に描いた方がもっと面白くなったと思う。
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「鳩の撃退法」

2022-06-10 06:20:51 | 映画の感想(は行)
 2021年作品。佐藤正午による原作小説は読んでいないが、まさかこれほど面白くないとは想像しがたい。とにかく、本作はまるで映画になっておらず訴求力はゼロだ。プロデューサーは脚本のチェックをしていなかったのだろうか。あるいは、監督の人選を誰かに丸投げしていたのかもしれない。とにかく、斯様な企画が通ってしまったこと自体、邦画界の“闇”みたいなものを感じずにはいられない。

 直木賞作家の津田伸一は、都内のバーで担当編集者の鳥飼なほみに執筆中の新作小説を読ませていた。有名作家の作品にいち早く目を通すことが出来て喜んでいる鳥飼だったが、津田の話を聞いていると、小説の内容が単なるフィクションとは思えなくなってくる。

 その小説の中身だが、主人公の津田は富山市でデリヘルの運転手を勤めているという設定だ。貧乏暮らしで、知り合いの古本屋の主人に借りた3万円すら返せない有様。ある日、彼は行きつけの喫茶店で毎晩小説を朝まで呼んでいる秀吉という男に声を掛ける。それが切っ掛けになり、津田は地元の暴力団員などが横行する剣呑な世界に足を突っ込むことになる。

 現実とフィクションとをトリッキィに交叉して描きつつ、その中に犯罪サスペンスを織り込んで盛り上げていこうという狙いは分かるが、あまりにも作劇が低レベルなので観ている間は眠気との戦いに終始する。各シークエンスがバラバラに配置されているだけで、互いの相乗効果は見出せない。しかも、それぞれのドラマがさっぱり面白くない。

 主人公の行動目的は不明で、周囲のキャラクターも何をどうしたいのか分からないまま、上映時間だけが過ぎていく。終盤にはドンデン返しみたいな展開も見られるのだが、段取りが不十分であるため自己満足しているのは作者だけみたいな案配だ。

 タカハタ秀太(脚色も担当)の演出は冗長で、テンポが悪くメリハリに欠ける。主役の藤原竜也をはじめ、風間俊介に佐津川愛美、坂井真紀、濱田岳、ミッキー・カーチス、リリー・フランキー、豊川悦司、森カンナなど悪くない面子を揃えているだけに不満が残る。もっとも、土屋太鳳に西野七瀬という演技力がアレな者たちも起用されているのでキャストは万全ではないが・・・・。
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「ベルファスト」

2022-04-11 06:16:55 | 映画の感想(は行)
 (原題:BELFAST )手堅い演出とキャストの確かな演技、そして全編を覆うノスタルジーとリリシズム、さらには背後に横たわる歴史の重み。間違いなく本年度を代表する佳編だと言える。また、現時点での風雲急を告げる世界情勢の中で、この作品に接することが出来るのは実に有意義であると思う。

 1969年の北アイルランドのベルファスト。9歳の少年バディは、家族や友人、そして彼の成長を見守る近所の人々に囲まれ、充実した子供時代を過ごしていた。ところが8月15日、プロテスタントの自衛グループの法的連合として設立されたアルスター防衛同盟の構成員たちが、カトリック系住民を迫害し始める。バディの一家はプロテスタントだが、周囲にはカトリック教徒が大勢いる。街では暴動が多発し、楽しかったバディの生活は一変する。ベルファスト出身のケネス・ブラナーによる自伝的作品だ。



 映画はそれから98年のベルファスト合意まで続く北アイルランド紛争の実態を詳しくは描いていない。あくまでも子供の視点からの表現に終始するが、それが却って庶民レベルでの状況を活写することになり、映画としては効果的な構成になっている。街中が顔見知りばかりで、何かトラブルが生じても隣近所で助け合う。そんな古き良き下町の風景が、理不尽な暴力により崩れ去っていく。

 とはいえ、バディにとっては町中がバタバタしている状況は当初“遊びのパターンが増えた”みたいな捉え方だったのだが、イギリス本土に出稼ぎに出ている父親の立場や、どさくさに紛れて略奪をはたらこうとする友人の態度を見るに及び、次第に事の重要性を認識するあたりが何ともリアルだ。ラストの処理は、バディにとっての“少年時代の終焉 第一章”といった感じで、観る者に切ない気持ちを喚起させる。

 ケネス・ブラナーは今回は監督・脚本に専念し、主要登場人物としては出ていない。緯度の高い北アイルランドの風景を活写するためあえて映画の大半をモノクロ映像にした処理も正解で、時折挿入されるカラー映像との対比は鮮やかだ。また、当時のヒット曲やテレビ番組が良い案配で散りばめられている。上映時間が98分と、長尺ではないのもありがたい。

 両親役のカトリーナ・バルフとジェイミー・ドーナン、祖母に扮するジュディ・デンチ、敵役のコリン・モーガン、そして子役のジュード・ヒルと、出演者は皆好演。ハリス・ザンバーラウコスのカメラによる美しい映像、そして同郷のヴァン・モリソンによる音楽が素晴らしい。
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