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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「プリシラ」

2024-05-11 06:08:17 | 映画の感想(は行)
 (原題:PRISCILLA )これは酷い。まったく、何も描けていないのだ。脚本も担当した監督のソフィア・コッポラには元々才能に乏しいと私は思っており、映画を撮り続けていられるのは親の七光り以外の何物でもないと踏んでいたが、今回はいつにも増してその素地の無さを見せつける結果になった。一部では賞賛する声はあるものの、少なくとも個人的には存在価値を微塵も見出せない映画だ。

 1959年、父親の仕事の関係で西ドイツの中西部ヘッセン州に住んでいた14歳のプリシラは、そこで兵役中のエルヴィス・プレスリーとパーティー会場で出会い、恋に落ちる。やがて彼女は両親の反対を押し切って退役後に帰国したエルヴィスと一緒に暮らすようになり、1967年に結婚。彼女はこれまで経験したことのない魅惑的な世界に足を踏み入れて、しばらくは夢のような生活を送るが、いつしか夫との仲が上手くいかなくなり、1973年には別れてしまう。



 若くして世を去り、すでに“伝説”になっているエルヴィスに対し、プリシラは現時点で健在だ。本作も彼女が85年に出版した自伝「私のエルヴィス」を元にしている。だから映画としてはプリシラの側から描くしかないのだが、本人が生存している手前、突っ込んだ描写は憚られる。加えて監督の腕前が推して知るべしなので、極めて微温的で薄っぺらい展開に終始しているのも仕方がない。

 十代前半にして思いがけずスーパースターと知り合ってしまったヒロインの戸惑いや苦悩、そしてそれらを上回るほどの胸のときめきなどは、全然深く描かれていない。エルヴィスや周りのスタッフに良いようにあしらわれ、まるで着せ替え人形のような存在になるプリシラだが、それに対する屈託や反感もスクリーンの中からはあまり窺えない。こんな状態で終盤に夫と離婚しても、観ている側としては“だから何?”としか言いようがないのだ。

 映像は美しくもなく、思い切った仕掛けも無し。時代背景も十分に描けていない。特に、音楽界の大物としてのキャラクターが脇に控えていながら、エルヴィスの楽曲が一向に流れてこないのには参った。これでは、ヒロインが一体彼のどこに惚れたのか分からないではないか。しかも、エルヴィスのナンバーだけではなく時代を彩るヒット曲の数々も紹介されていない。

 主演のケイリー・スピーニーは十代を演じる時点では可愛さが際立つが、後半は精彩を欠く。第一、あまりにも小柄過ぎないか(身長は155センチとのこと)。実在のプリシラ本人も決して長身ではないが、スピーニーよりも背が高い。エルヴィス役のジェイコブ・エロルディにはカリスマ性は見当たらず、ダグマーラ・ドミンスクにアリ・コーエン、ティム・ポストといった脇のキャストにも目立つ面子はいない。正直、さっぱり盛り上がらないまま2時間弱を過ごしてしまった感じだ。
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「パスト ライブス 再会」

2024-05-03 06:08:05 | 映画の感想(は行)
 (原題:PAST LIVES)この文章を書いている時点で本作を劇場で鑑賞してから約1週間しか経っていないのだが、困ったことに印象が薄い。ストーリーラインも、紹介サイトを参照しないとハッキリと思い出せないほどだ。それだけ個人的にはアピール度の低いシャシンであり、正直言うと通常なら観る気さえ起きない題材の映画だった。しかしながら第96回米アカデミー賞では作品賞と脚本賞にノミネートされており、第73回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門の出品作でもあるので、一応はチェックしておこうと思った次第。

 韓国のソウルに暮らしていた12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いを憎からず思っていたが、ノラの一家が海外移住してしまい離れ離れになる。12年後、ニューヨーク在住のノラはソウルで暮らすヘソンとオンラインで再会を果たすが、結局は2人は実際会うことは無かった。そしてまた12年後、36歳になったノラは作家のアーサーと結婚していた。彼女を忘れられないヘソンは、それを承知でノラに会うためにニューヨークを訪れる。アメリカ=韓国合作のラブストーリーだ。



 とにかく、話が面白くない。24年もの間ノラを思い続けていたヘソンだが、こちらから有用なアプローチもしていないのに相手が振り向いてくれるはずもない。ノラもいいトシなのだから結婚している可能性にヘソンも思い至りそうなものだが、劇中ではその心境は具体的に語られない。だいたい、時間の流れが主人公たちが大人になってから描出されていないのだ。36歳という年齢相応の外見や佇まいが、ほとんど24歳の時点と変わらないのは失当だろう。

 2人はやっとニューヨークで再会するのだが、その際にノラの旦那のアーサーがずっと冷や飯を食わされていたのは呆れた。ならばノラとヘソンはどういう話をしていたのかというと、前世がどうのとか、まるで共感できないネタに終始しているのだから処置無しだ。

 そして本作の最大の敗因は、キャストに魅力が欠けていることだ。ノラに扮するグレタ・リーとヘソン役のユ・テオは、全然スクリーン映えしない。もちろん韓流ドラマ並の場違いな美男美女を持ってくる必要は無いと思うが、これでは普通のアンチャンとネエチャンの恋バナでしかなく、観ていて萎えた。アーサー役のジョン・マガロの方がまだマシだ。まあ、前世とか東洋的な因縁話がアカデミー協会では評価を得たのかもしれないが、こちらとしてはどうでもいいネタだ。やっぱり観なくてもいい映画だった。
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「ビューティフル・ゲーム」

2024-04-12 06:07:46 | 映画の感想(は行)
 (原題:THE BEAUTIFUL GAME)2024年3月よりNetflixより配信された英国製のスポーツもの。題材の面白さとキャラクターの濃さ、そして無理のないストーリー展開により、かなり楽しめた。イギリス映画にしては捻った部分が目立たず、しかもハリウッドで同様のネタを扱う場合のようなライト方面に寄りすぎることもなく、丁度良い案配に仕上げられているのも好印象だ。

 ホームレスによるサッカーの世界大会“ホームレス・ワールドカップ”ローマ大会への出場準備を進めていたイングランド代表チームの監督マルは、天才的なストライカーのヴィニーをスカウトする。だが、実は彼は元プレミアリーグの選手だった。訳あって今は宿無しの身分に甘んじているとはいえ、他のメンバーとの“格差”は明らか。そのためチームに馴染めず、ローマ入りしてからも単独行動を取る始末。しかも、素人ばかりだと思われた各国のチームもけっこうまとまっており、イングランド代表は苦戦を強いられる。



 この映画を観るまで、私はこの“ホームレス・ワールドカップ”なる大会の存在を知らなかった。この映画自体は完全なフィクションだが、ルールなどは現実をトレースしている。参加選手は文字通りのホームレスが中心ながら、他国からの難民も含まれる。また、この大会に出場することで選手はパスポート取得が可能になるとのことで、それにより戸籍や住所を取り戻して社会復帰の切っ掛けにもなるらしい。社会福祉の面からも意義のあるイベントと言えよう。

 ヴィニー以外のメンバーも大いなる屈託を抱えており、それぞれが自身の問題と向き合ってゲームに臨む様子は、観ていて気持ちが良い。他国チームの様子も興味深く、特に日本チームなんかの扱いは一瞬“バカにしてるのか?”と思わせるが(笑)、それなりの味を出しているのは評価出来る。試合場面はかなり盛り上がり、狭いコート(フットサルより少ない4人編成でのゲーム)の中での激闘は見応えがある。

 テア・シャーロックの演出は特段才気走ったところは無いが、手堅くドラマを進めている。マル役のビル・ナイはさすがの貫禄で、映画が浮ついたタッチになることを回避。ヴィニーに扮するマイケル・ウォードをはじめ、スーザン・ウォーコマ、カラム・スコット・ハウエルズ、キット・ヤング、シェイ・コール、ロビン・ナザリ、ヴァレリア・ゴリノ、そして奥山葵など、個性豊かな面子が揃っている。そして何より、夏のローマの風景は目が覚めるほど美しく、観光気分満点だ。本作に限らずNetflix作品は映像の絵面がキレイなものが目立つようで、喜ばしいことである。
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「瞳をとじて」

2024-03-11 06:47:25 | 映画の感想(は行)
 (原題:CERRAR LOS OJOS )とても感銘を受けた。とはいえ日頃あまり映画とは縁の無い者が観ても、良さが分からないかもしれない。だが、少しでも映画に心を奪われた経験があれば、ここに綴られた映画に対する尽きせぬ想いが伝わってくるだろう。たとえ結果としてそれが肌に合わなくても、作者の仕掛けた作劇の妙に一目置かざるを得ないはず。とにかく最近公開されたヨーロッパ映画の中でも、見逃してはならない一本だと思う。

 著名な映画監督ミゲル・ガライは新作の「別れのまなざし」の製作に臨んでいたが、撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが突然行方不明になる。そのため映画は未編集のまま公開されず“お蔵入り”になってしまう。それから22年の月日が流れたある日、ミゲルはテレビ局から番組出演依頼を受ける。そのプログラムは、未解決の事件を掘り起こして再度考察を加えようというものだ。今回取り上げるのはかつての人気俳優フリオの失踪事件である。取材への協力を決めたミゲルは、友人だったフリオと過ごした若い頃を思い出したり、昔の仕事仲間を訪ねたりする。そして番組終了後、フリオらしき男が海辺の福祉施設にいるという情報が視聴者から寄せられ、事態は急展開を迎える。

 失踪した俳優フリオを探すミゲルの22年にも渡る行程は、すなわち映画の歴史そのものをめぐる“旅”なのだ。フィルム撮りからデジタルカムコーダでの収録に変わり、映写技師が配備されていた映画館ではフィルム上映からプロジェクターに移行している。その時代の流れの中でミゲルは一線を退いたが、フリオの時間は止まったままだ。22年の時間経過は、31年ものブランクがあった監督ビクトル・エリセの境遇とリンクする。この監督のフィルモグラフィがそれぞれのスペインの政治情勢などに対する緊張状態に晒されていたことを考えると、初めて思い通りの映画作りに専念することが出来た本作の重要性が浮き彫りになる。

 失われたはずのフィルムの行方と、フリオの人生がシンクロする終盤の展開は、エリセ監督自身の映画に関する“総括”と、映画への挽歌とも言うべき哀切が横溢して感動を呼ぶ。このクライマックスに接すると、あの「ニュー・シネマ・パラダイス」(88年)など児戯に等しいと思えてくる。

 主演のマノロ・ソロをはじめ、ホセ・コロナド、ペトラ・マルティネス、マリア・レオンらキャストは皆好演だが、圧巻はフリオの娘を演じるアナ・トレントだ。エリセのデビュー作「ミツバチのささやき」(73年)のヒロインだった少女も、今は50歳代に達している。だが、一目で彼女だと分かる存在感と、「ミツバチのささやき」と同じセリフを吐かせるなど、映画好きの琴線に触れる営みには感嘆するしかない。169分にも及ぶ長尺ながら、一時たりとも弛緩した部分がないタイトな演出。バレンティン・アルバレスのカメラによる美しい映像と、フェデリコ・フシドの効果的な音楽。本当に観て良かったと思える逸品だ。

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「ボーはおそれている」

2024-03-09 06:10:46 | 映画の感想(は行)

 (原題:BEAU IS AFRAID)好事家(?)の間では最近評判が良いらしいアリ・アスター監督の作品を今回初めて観たのだが、結果“話にならん”という印象しかない。単に奇を衒ったとしか思えない建て付けで、求心力の欠片も感じられないのだ。しかも、これが3時間という犯罪的な長さ。マトモなプロデューサーならば、脚本第一稿の時点でボツにしていたかもしれない。

 神経症気味の中年男ボー・ワッセルマンは、父の命日に帰省するため支度していたところ、目を離していた隙に荷物と鍵を盗まれてしまう。母親に事情を伝えるものの、彼女は“帰りたくないから嘘をついているのだろう”と言うばかりで、とりつく島も無い。すると間もなく、つい先ほどまで電話で会話していた母が突然に死去したことを知る。何としてでも帰省しなければと決心して家を出た彼だが、予期せぬアクシデントが立て続けに起こり、実家への行程は厳しいものになる。



 主人公が住む町は、一日中犯罪が横行しているような場所だ。しかも、ボーの部屋には知らぬ間に不審者が忍び込んでいる。それでも先を急ぐボーは交通事故に遭ってしまうが、運び込まれたのは病院ではなく加害者である医者の家だ。もう、ここまでくると本作は通常のドラマツルギーを完全無視し、作者の手前勝手なイメージを並べただけのシロモノであることが窺い知れる。

 断っておくが、そういう好き勝手な体裁のシャシンはケシカランと言いたいのではない。上手くやってくれれば傑作にもなり得ることを、手練れの映画ファンならば知っている。だが、この映画に際限なく出てくる脈絡の無いモチーフの数々は、まったく面白くないのだ。これはつまり、作者の力量が足りないということである。

 たとえばデイヴィッド・リンチやデイヴィッド・クローネンバーグ、あるいは古くはフェデリコ・フェリーニやルイス・ブニュエルなどの往年の異能監督たちと比べても、圧倒的に“変態度”が低い。素人が自身の“単なる思いつき”を綴っただけの、金を取って人様に見せるには適さないアマチュア臭い作品と言わざるを得ない。後半には何やら主人公のマザコンぶりのメタファーがどうのという展開にもなっているようだが、ハッキリ言ってどうでも良い。とにかくこの退屈なシークエンスの連続には、観ているこちらは眠気との戦いに終始するしかなかった。

 主演のホアキン・フェニックスは確かに頑張っていが、映画自体がこのレベルでは、すべて徒労に終わっている。ネイサン・レインにエイミー・ライアン、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ヘイリー・スクワイアーズ、ドゥニ・メノーシェ、カイリー・ロジャーズといったその他の面子もあまり記憶に残らず。個人的には観なくても構わない映画だった。

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「梟 フクロウ」

2024-03-03 06:08:50 | 映画の感想(は行)
 (英題:THE NIGHT OWL )題名やダークなポスター類からはオカルトっぽい雰囲気の映画だという印象を受けるが、実際観てみるとそういうホラー風味は希薄だ。ならば期待外れなのかというと、それは違う。本国の韓国では2022年に興収の年間最長一位を記録したように、これは幅広い層にアピール出来るようなサスペンス仕立ての娯楽時代劇である。

 17世紀の朝鮮王朝時代に宮廷で働いていた盲目の天才鍼医ギョンスは、ある夜、彼は6代目の王である仁祖の息子の世子の死を“目撃”してしまう。世子は長らく中国に人質として身柄を預けられていたが、王朝が明から清に変わったこともあり、8年ぶりに帰国が許された。世子はこれからの朝鮮は清の文化や政治システムを参考にして改革路線に転じるべきだという考えを持っていたが、仁祖はこれを面白く思っていない。その矢先の事件である。王とその側近たちに追われる身となったギョンスは、何度かピンチに遭遇しつつも真相に迫ろうとする。



 当時の記録物“仁祖実録”に記された怪死事件を題材に、フィクションとして練り上げられたものだ。実はギョンスは完璧な盲目ではなく、真っ暗闇の中だと逆に朧気ながら周囲が見えるのである。これが題名の由来にもなっており、このことを秘密にしていたのは病気の弟のために治療費を稼がなくてはならず、何としても宮廷に雇われる必要があったからだ。無理筋のプロットと思われるかもしれないが、脚本はこれを活かした作りになっているので、特に批判するような余地はない。

 世子は毒殺されたということになっており、その毒物をめぐるやり取りはけっこうスリリングだ。また、仁祖を王位に就けたのは閣僚たちであり、皆が仁祖に忠誠を誓っているわけでもなく、宮廷の内外に国王派と不満分子が存在しているという設定は上手い。しかも、それぞれの構成員は日和見的にスタンスを変えてくるのだから、この筋書きは一筋縄ではいかない。脚本も担当したアン・テジンの演出はキレが良く、画面が暗いのは仕方がないもののドラマを弛緩させずに最後まで見せきっている。

 主演のリュ・ジュンヨルをはじめ、ユ・ヘジン、チェ・ムソン、チョ・ソンハ、パク・ミョンフンなど、キャストはいずれも好演だ。それにしても、李氏朝鮮時代の彼の国は中国との関係に大きく左右されていたことが、この作品の中からも伺えるのは興味深い。また、清王朝が倒れた後は日本が大きく関わってくるのも歴史上の事実。半島国家の地政学的な立ち位置は、悩ましいものがあるようだ。
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「ほかげ」

2024-01-22 06:11:06 | 映画の感想(は行)
 これは2023年に観た山崎貴監督の「ゴジラ-1.0」と裏表になるような作品であり、現時点で放映中のNHKの朝ドラ「ブギウギ」の“ダークな別エピソード”とも言える内容だ。そして、世界のあちこちで燃え上がっている戦火に脚本も担当した塚本晋也が触発されてメガホンを取ったことは想像に難くない。暗い映画だが、観た後はコメントせずにはいられないほどの求心力を獲得している。

 終戦直後の混乱期、半壊した小さな居酒屋に1人で住む女は、生活のために身体を売らざるを得ない境遇に追いやられている。そんなある日、空襲で家族を失った8歳ぐらいの男の子がその居酒屋へ盗みに入り込むが、思いがけず女に優しくされたその子は、それ以来そこに居着くようになる。やがて復員した若い兵士も加えて3人での生活が始まるが、それは長く続かず。どこからか拝借してきた拳銃を持っていた少年は、怪しいテキ屋風の男から“仕事”を持ち掛けられ、彼と行動を共にするため居酒屋を後にする。



 戦禍で廃墟になった街で3人での“疑似家族”を作り何とか希望を繋ごうとするのは、「ゴジラ-1.0」の主人公たちと一緒。ところが、本作では彼らの願いは無残にも打ち砕かれる。そう、戦後すぐの激動の時代を生き抜き後々まで命を長らえた者は、たまたま運が良かったか、戦時中の悲惨な生活に自分たちなりに折り合いを付けた人間だけなのだ。本当はこの映画で描かれるように、戦争によって心身ともに受けたダメージで野垂れ死んでいった者は数知れずなのだろう。

 くだんのヤクザな男は、自ら抱えた戦争のトラウマを克服するために過激な行動に走るが、大半の者にはそんなことは不可能だ。そんな八方塞がりの世相の中で唯一光を感じさせるのはこの男の子だけ。戦後の逆境で潰れていく大人たちを尻目に、明日を生きようとする彼の姿に作者の切迫した思いを見たような気がする。

 ヒロインに扮する趣里は同時代を描く朝ドラ「ブギウギ」の主役でもあるが、同じ俳優とは思えないほどのカラーの違いを感じさせ、(少々力みすぎではあるが)改めて彼女の守備範囲の広さを認識した。河野宏紀に利重剛、大森立嗣、そして森山未來といった他のキャストも万全だが、強烈だったのは戦争孤児の少年を演じた塚尾桜雅だ。圧倒されるパフォーマンスで、こんな凄い子役がいたのかと驚くしかない。2023年の第80回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、優れたアジア映画に贈られるNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得。塚本監督作品としても代表作の一つとなることだろう。
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「ファースト・カウ」

2024-01-06 06:27:37 | 映画の感想(は行)
 (原題:FIRST COW )困った。どこが良いのかさっぱり分からない。ただし世評は高い。第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門の出品作であり、第86回ニューヨーク映画批評家協会賞をはじめ少なくない数のアワードを獲得している。我が国でもホメているコメンテーターはけっこういると聞く。しかし、個人的に面白く思えないシャシンを無理して持ち上げる道理は無い。率直に感想を述べるだけだ。

 19世紀前半のオレゴン州。東部で料理人として働いていたクッキーはこの地に流れ着き、狩猟者たちの料理番などを務めて糊口を凌いでいた。ある日彼は森の中で中国人移民キング・ルーと出会う。訳ありの彼を匿ったクッキーはやがて意気投合。儲け話を探す2人が目にしたのが、裕福な仲買商がこの地に初めて導入した一頭の乳牛だった。夜ごとその牛からミルクを盗み、ドーナツを作って町で売り出したところ評判になり、彼らはまとまった金を手にする。だが、そんなインチキな話が長続きするはずもなく、2人は一転して追われる立場になる。



 本作の見どころを無理矢理挙げるとすれば、西部開拓時代が始まる前の西海岸北部を舞台にしているところだろうか。この時代が題材になるのは珍しいし、温帯雨林が広がるオレゴン州山間部の風景は独特の雰囲気を醸し出す。しかし、それ以外はまったくダメだ。主人公の2人はあまり魅力が無いし、そもそもやっていることがセコい。単なるケチなミルク泥棒の話だ。

 それでも演出にキレがあったり作劇にスピード感があれば良いのだが、ケリー・ライカートの演出は冗長で、観ていて眠気を催す。たぶん本作を評価している向きは、このキャラクター設定に往年のアメリカン・ニューシネマの残滓を見たのだろうが、そんなことは個人的にはどうでもいい。映画の最初と最後が繋がるような構造も、あまり効果的とも思えない。

 主演のジョン・マガロとオリオン・リーはパッとしない。仲買商に扮したトビー・ジョーンズはさすがに存在感はあったが、目覚ましい演技を披露しているわけでもない。音楽担当のウィリアム・タイラーはあまり聞かない名前だと思ったが、インディーフォークの分野では知られた存在らしい。そういえば監督のカートライトもインディペンデント映画作家ということで、何やらマイナーな世界で繋がった人材が内輪ネタで製作し、それをスノッブな映画ジャーナリズムが評価しているだけという構図が感じられ、あまり愉快になれない。
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「ブラック・ブック」

2024-01-05 06:15:21 | 映画の感想(は行)
 (原題:THE BLACK BOOK)2023年9月よりNetflixから配信されたスリラー映画。本作の一番の注目ポイントは、出来映えよりも製作国である。何とこの映画、ナイジェリアで作られているのだ。この国の映画を観るのは初めてで、事実それまで味わったことがない空気感が横溢している。その点だけで接する価値はあると言えよう。

 ナイジェリアの最大の都市ラゴスでは、政治活動家の家族が誘拐され殺されるという凶悪事件が起こり、世間を騒がせていた。一方、教会で助祭を務めるポール・エディマは、久々に帰省する息子を待っていた。ところが息子はその途中で誘拐犯に仕立て上げられ、ヤクザと結託した当局側の者たちによって消されてしまう。警察はアテにならず、ポールは自らの手で正義の裁きを下そうと決意する。実は彼はかつて軍の特殊部隊に属しており、80年代のクーデターの発生にも一枚噛んでいたのだ。女性新聞記者のヴィクや街の顔役の助けを借りながら、ポールは冷徹に復讐を実行してゆく。



 エディティ・エフィオングの演出はかなり大味で、行き当たりばったりにストーリーを進めているという印象しかない。後半はそのストーリーも破綻気味であり、筋の通らないシークエンスが頻発する。ならばアクション場面が優れているかというと、そうでもない。特にラストの処理なんか呆気なくて、カタルシスを得るところまでは行かない。

 しかし、劇中で淡々と紹介されるこの国の不条理さは驚くべきものだ。軍隊も警察も犯罪組織も完全にグル。もちろん政府の腐敗は甚だしいレベル。マスコミも機能しておらず、ヴィクの上司でさえ反社会的勢力と結託している。アメリカ製の犯罪映画も真っ青になるほどの、まさに八方塞がりの逆境だ。思えば60年代のビアフラ戦争から始まって、ナイジェリアの政情が安定したことは無い。2億を超える人口と潤沢な石油資源がありながら、国力の向上には全く繋がらないのだ、そんな状況だからこそ、この映画で描かれるような暗く殺伐とした空間が広がっているのだろう。

 主役のリチャード・モフェ=ダミジョーは好演。アデ・ラオイェやサム・デデ、アレックス・ウシフォ、オルミデ・オウォルといったキャストはもちろん馴染みは無いが、皆悪くないパフォーマンスをしている。あと印象的なのは、セリフのほとんどが英語であること。考えれば長らくイギリスの植民地だったので当然なのだが、時折挿入される現地語の方が違和感がないように思えた。
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「ペイン・ハスラーズ」

2023-11-05 06:05:27 | 映画の感想(は行)

 (原題:PAIN HUSTLERS )2023年10月よりNetflixから配信された社会派実録ドラマ。けっこう見応えのあるシャシンで、出来れば映画館で観たかった。ネタ自体に新味は無いのかもしれないが深刻な問題であることは確かで、何度でも取り上げる価値はある。さらに、語り口は軽妙で各キャラクターは十分に“立って”おり、鑑賞後の印象は良好だ。

 フロリダ州に住むシングルマザーのライザ・ドレイクは、生活に困窮していた。糊口を凌ぐためストリップまがいのポールダンス・パブで働いていたところ、ザナ製薬の営業担当のピート・ブレナーと偶然知り合う。そのツテで販売員として同社に入ることができたライザだが、医療の一翼を担うはずの製薬会社が手段を選ばない阿漕な商売に終始していることに面食らう。そうはいっても、日銭を稼ぐために彼女も強引なセールスに身を投じるしかない。

 折しもザナ製薬は末期ガンの鎮痛剤ロナフェンを猛プッシュしていて、ライザは社主催のセミナーに医師を賄賂などを使って招待し、大量の処方箋を書かせることに成功。それが功を奏してザナ製薬の売り上げは急上昇し、ライザの待遇は各段に向上する。しかしロナフェンには中毒性があり、過剰摂取による死亡事故が頻発。CEOのジャック・ニール博士は当局側から目を付けられ、ライザも窮地に陥る。

 2018年に起きたバデュー・ファーム社製のオキシコンチンによる薬害事件を題材にしているらしいが、コロナ禍を経た昨今ではいつ何時発生してもおかしくない事例だ。とにかく、ザナ製薬をはじめとするこの業界のヤバさには圧倒される。まあ、我が国でもこの分野での経営環境は厳しいとは聞いているが、米国のそれは桁違いである。

 本作を観てマーティン・スコセッシ監督の「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)を思い出す向きもあるだろう。だが、多分にカリカチュアライズされていたあの映画とは違い、本作は派手な描写が目立つとはいえ全てマジに見えてくる。特に、難病を患う娘のために治療費の貸付けを銀行に頼むヒロインが、勤務先が製薬会社というだけで門前払いされてしまうシークエンスは本当に辛い。

 映画は当然ザナ製薬の遣り口が白日の下にさらされる方向に進むのだが、この一件が解決しても社会構造が歪なままだと似たような話が次々と出てくるのだろう。デイヴィッド・イェーツの演出は、ケレン味はほどほどに真正面から問題を捉えようとしていて好感が持てる。主演のエミリー・ブラントは好調で、どんな役柄でもこなせる守備範囲の広さは感心する。

 ピート役のクリス・エヴァンスは「キャプテン・アメリカ」シリーズの主人公とは正反対のクズ男を楽しそうに演じ、キャサリン・オハラやアンディ・ガルシアもさすがの“腹芸”を披露。ジョージ・リッチモンドのカメラによるフロリダの明るい陽光と、ジェームズ・ニュートン・ハワードの音楽も申し分ない。
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