渾沌滅七竅

生命ある無秩序を愛する渾沌。

日本人と戦争

2018年08月27日 | 日記

記録的猛暑の戦後73年の夏も、間もなく終える。

図書館から借りた「戦争の日本古代史」を手に、「日本人と戦争」との関係を、改めて振り返ってみた。

特に、中国や韓国・北朝鮮との関係が、常にギクシャクしていることが気掛かりだったし、第二次世界大戦で甚大な被害を与えた東南アジア諸国との関係とは、また違った印象を持ったもの故。

日本は、明治の近代化後、日清戦争から始まり、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、東南アジア進駐、そして第二次世界大戦終結までの約50年間という短期間に、他国との戦争や事変に明け暮れ、繰り返した。   極めて特異な時期だと。

学校で習った「歴史」の授業を思い起こしても、それ以前の他国との戦となると、江戸時代以前の秀吉の朝鮮出兵や元寇襲来程度で、更にそれ以前となると、???は、私だけの不勉強か。  平安時代以前の飛鳥時代にも、大規模な対外戦争の話はあまり記憶にない。   それ程、「戦争をしなかった国」と。

地政学的・地理的に、日本(人)は、東アジアの端に位置し、中国大陸や朝鮮半島から「程良い距離の島国」故、それ等での戦国動乱にも大きな影響を受けずに来られ、他国、他民族との大きな戦もせずに存立し続けてきた歴史がある。

要するに、前近代日本は、対外戦争の経験が少なく、戦略、戦術的にもいわば戦争下手で、戦争論なる土壌もない中で、長く培われて来た「帝国観・皇国観」や「孤立主義・鎖国」から一挙に無謀な対外戦に酔いしれ、壊滅的敗戦へ繋がると。

現代と近未来日本を考える時には、古代・倭奴国以来の古代中国・漢・魏・隋・唐、朝鮮半島の高句麗・新羅・百済との戦での関わり、歴史の蓄積を無視出来ないと。

更に、読み込んでみたい。

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アジア大会2018

2018年08月27日 | 日記

先日のFIFA WorldCup 2018 Russia同様に、アジア大会に出場する若者から学ぶことは多い。

一方で、自覚欠如の、軽率な破廉恥行動で代表を下ろされて帰国させられる連中もいるが。

陸上男子100m競争の山県選手を改めて見直した。  予選で10"19、準決勝で10"10、決勝で10"00、中国の優勝選手9"92との差は、僅か100分の8秒。   その後ろ姿が、意外に近いと感じた、と。    本番に強いことを数値が示している。   『理想は、重圧のかかる如何なる状況でも、常に同じ動きが出来る“再現性”』とマスコミが伝える。    今後に、更に期待したい。

優勝の中国選手は「自分の強みは、冷静に落ち着いて、練習の時にやってきたことを本番でも発揮出来ることだ。決勝では、自分が持っている能力を全て見せて、良い結果を出したい」と。

普段の練習でやってきたこと以上のことは、本番で出来る訳がない。  普段の練習で「世界で、或いは、その専門分野で最高のパーフォマンス」を求め、それを本番でも、冷静沈着に「再現」すること。    多くの競技者が、そんな風に目標を追求するが故に、爽やかに映り、周りを惹きつけ感動させるのだろう。    スポーツの世界に限った話ではない。

 

 

 

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