昭和50年代に放映された第2シリーズの金八。
ジャニーズからひかる一平、スターダストの沖田浩之。ヒロインは伊藤つかさ。
昭和41~43年生まれくらいが中学生だった時に「どんぴしゃ」で見てたんじゃないかな~。
「こんな先生いないってば。」とか言いながら。ハハハ。
しかしこれ、今の社会ですよねぇ。
そのまんま大人社会へシフトしてますね。
親 → 大人(経営者や管理者)
子 → 大人(従業員)
入院 → 引きこもり
勉強 → 働く
受験 → 昇進
学校 → 会社
教育 → 仕事
未熟 → 純粋(純情)
この時代は、「わかってない、わからないから病気になる」、そういう時代なんだけど、
今っていうのは、「伝わらない、伝わっていかないから病気になる」、そういう時代なんだと。
それを「(そういう世の中だと)わかってない、わからないからダメ。」という大人が大勢いるんだなぁ。変だよ、それは。
成績至上主義は、競争至上主義じゃーん。
成績=勝負で、
成績で優劣を決めるんではなく、勝ち負けを決めるんだったら、生きて行く為の勉強を教えられるけど、
競争は決して勝負じゃないからね。
競争ってのは公平な場を作ってから競争しないとフェアじゃない。
公平にするには事前に告げて泣いてもらう人もアリなんだよね。
だけどその公平な場を作ってから競争してないもん、ここ20年って特に。
告げずに勝ちたい奴らだけで「作り」をしてったでしょう?
「シメシメ、あいつ知らないから、遅れとってやんの。」くらいな上から目線で。
だから
あっちこっち「やらせ」なんてもんじゃない「作り」だらけでグチャグチャになっちゃったじゃん。
大企業(それもどの業界も全体の3分の1くらい)さん、よくよく反省してくれたまえよ。
そうしないと必ずしっぺ返しはあるからね?(偉そうだけど、あたしゃ言いたいね。)
第一話『心を病む子供達・その1』
今の子も苦しんでるんですよねぇ。
あれで入院したくて内心はもがいてるんです。
でもどうして入院させてやらないんですかね?
入院する意志の無い者は入院させない。
この病院の入院心得第一条なんです。
学校の勉強だってそうじゃないんでしょうか。
本人がやる気がなければ勉強は身に付かない。
えぇ、まぁ、そうなんですけど。
何のために勉強しているのかわからない・・・と、子供の落ち込みが始まる。
えぇと、そのぉ、ししんき・・・
思春期心身症です。
はぁ・・・・
心と身体の病気ですね。
そのぉ
病いっていうのは、やっぱり、あのぅ・・・勉強が負担になって起きてる病気なんですか?
誘因のひとつではあるけれどもそうは言えません。
受験、受験と言っても、そのぐらい通り抜けられる子供じゃなきゃダメですからね。
ただ
受験の本当の意味がわかってない子供にその症状が多く出ることはあります。
はぁ・・・いや、実は、今、中学3年生を担当しているんですけど、
なんかちょっと心配になってきましたなぁ・・・
具体的にどんな症状が出るんでしょう?
ま、
一番多いのは、過敏性大腸症候群です。
過敏性大腸・・・
あのぅ、下痢というのがありますねぇ。
あぁ、あります、あります。
あのぅ、
大事な時になるとバーーっと下痢するってやつ。
そういえば、それで就職試験を全部棒に振ったヤツがいました。
この症状にとらわれますと、またそうならないかという不安だけで、授業が始まる前、学校に行く前、あるいは、外出しようとしただけで始まるんです。
そして
その恐怖の為に家を出ることも部屋から出ることも出来なくなる患者がいるんです。
部屋からもですか?
えぇ。ま、
そのほかにも、自律神経失調症。
テストや学校が始まる前になると起こる
緊張性頭痛。
どれも怠け病と言って片付けられる病気じゃないんですねぇ。
学校の授業中でも指されないかと思うだけで恐怖圧迫感を覚える心臓神経症、本物の胃潰瘍もあります。
そして
それらを苦にして学校に行けなくなるのを“学校不適応”と呼んでます。
大人でしたら“社会不適応”でしょうが、年々こういう若者が増えているんで、こういう専門病院が必要なんです。
つまり心が原因の病気ですから、普通の手当や薬ではなおらないんですねぇ。
あのぅ、それじゃぁ、その病気を予防する為には、どうしたらいいんでしょうねぇ?
ま、
我々を含めて大人がキチンとしないといけませんねぇ。
最近の風潮に“自己中心的な人間”が増えているから、自分が都合がいい時は自己を主張して、
都合が悪くなると責任を放り出してすぐ誰かに頼る。
それがたまたま病気の中に逃げ出した例がここの患者達なんです。
似たり寄ったりは先生などもいくらでもご存知じゃないんでしょうか。
えぇ、そりゃぁ、まぁ、そうですけども。
あのぅ、
さえむら君は中学時代、どんな生徒だったんですか?
はい、来る道々考えたんですけども、
特別にこう、目をかけたっていう記憶はないんですよ。
目をかけなくても出来る生徒で、学年ではいつもトップでした。
それもただ勉強だけではなくて、確か2年の後半は生徒会の会長もしておりましたし、つまり
誰もが一目置く模範生でした。
但し、
強いて言えば、自意識が強かったのと、それに多々思いやりに欠けるところがありましたが、それでもまだ中学生でしたからね。
そうでしょうねぇ。ま、会ってやってください。
(トントン)
はい。
小林だ、気分はどうだ?
大丈夫です。
時間だ、開けるよ? お客さんだ。
お客さん? 坂本先生っ・・・
おぉ、さえむらぁぁ、ん? 元気そうじゃないか。 ん?
はい、でも・・・どうして・・・
ん? うん・・・
先生ほら、慌てもんだからさぁ。小林先生から電話もらってすっとんで来ちゃった。
先生・・・
でもね、顔見て安心した。安心した。
・・・・すいません。
監禁っていうからさぁ、また何か悪い事やって閉じ込められたかと思ったよ。
いえ、あのぅ、治療法のひとつなんです。
ここはもう長いのか?
来月で1年になります。
ふーーん、1年か・・・
だって君は国立付属高校を見事合格組じゃなかったのかね?
でも1年の2学期からガタガタだったんです。
なんだよぅ、中学3年間トップの座は誰にも渡さなかった君じゃないかよぅ。
高校じゃ違いましたからね。
そりゃまぁ、そりゃそうだろうけどね。
まぁ、とにかく会えたんだから、ね。
座ろうや、時間あるんだから、ほら、はい。
はい・・・・
心配したぞぅ。
すいません・・・
いやいや、うん。
そりゃぁ仕方無いさ。
1番や2番の奴が300人もいるんだもん。
1番もいりゃぁさぁ、300番目も奴だっているんだ。
そうですよね。
どうしたんですか?
あぁあれ、また始まったんだよ。
あ、あの、世田谷一中の時の坂本先生です。
あ、坂本金八です。はじめまして。
じゃぁ今夜のミーティングは欠席だな?
うん。小林先生も出なくてもいいって。
どうした? そのミーティングってのは?
集団療法のひとつで7時からあるんですけど。
だったら出なきゃダメじゃないかよぅ。
でもぅ、せっかく先生が来てくれたんだし・・・
先生は明日帰ればいいんだからさぁ。
そだ、そのミーティングってのを、ボクも出してもらえますかねぇ。
ボク、小林先生のとこ行って聞いてきます。
あ、そうですか、すみません、お手数かけます。
すいません。
今日のテーマは「大人になるとはどういうことか?」だ。
みんなにはすでにそれぞれ考えておくように言ってあるので意見を聞きたいんだけど。
んーその前にいい年をした連中がいるんで、まず、そいつらに聞いてみようか。
ハハハハハ・・・・
お前達は一体大人になれないのか? なりたくないのか?
まぁ大人にはなりたいですよ。
どうやったら大人になれるのかがわからなくて。
困った奴だなぁ。年だけは大人のくせにさぁ。
ハハハハ・・・
自分でもねぇ、いつまでもこんな風じゃいけないんだと思うんだけど、
どうしても気力がこもらないんですよ。
どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ。
だけどこのミーティングには出られるようになったんだろう?
えぇ、絞めつけるような緊迫感が消えてきましたから・・・
看護婦さんが美人だからねぇ・・・
ハハハハ・・・
いいんだよ、大いに結構だ。
その年で異性が気にならなかったほうがおかしいんだ。
でも勉強勉強だったでしょ。
大学はストレートで入れたんだけど、なにかこう、勝利の喜びってのが湧いてこないんだ。
ただもうそのままひたすら眠り続けたい要求が強くて、どんな美人を見ても気力が出てこなくて。
贅沢だぞぅ。
日本中の浪人に聞かせたら、袋だたきにあうぞ、お前。
ウハハハハ・・・・
余裕がなかったんですよ、ボクには。
ボクもだなぁ。
ある日突然、自分が理科系に向いてないんじゃないかって思い出したら、
なんかどうしても勉強が手につかなくなっちゃって。
そのままズルズルと、何もする気もなくなっちゃって。
つまり大人になることをやめてしまった、そういうことか?
んーー社会へ出ればやっぱりギリギリ頑張んなくちゃなんないでしょ?
どうしてだ?
だって責任も持たなくちゃなんないし・・・・
そりゃそうだ。
大人というのは社会的にも責任を取れる人を言うんだからなぁ。
フフフフ・・・
それもわかってるんですけど・・・
おい村田、君はどうなんだ?
私の場合は高校へ入ってそれまで暗記ばっかりしていた中学の勉強から理論的な勉強になるでしょ。
そうなったら・・・
一体なんてこった。
こりゃ何て集まりなんだ?
大学にまで行って大人になる方法がわからないなんてバカな話がどこにある?
あの、今のミーティングいかがでしたか?
えぇ、信じられないと言えば、正直なところ、信じられません。
しかし思い当たると言えば、確かに思い当たります。
さっき先生がおっしゃった「大人がキチンとしなければならない」ってのは、やっぱり、
ボクも含めてまったくその通りなんですねぇ。
えんぴつをナイフで削れない子がどうして出来てしまったのか、そういうこととまったく同じ事なんですねぇ。
“二人三脚型母子”っていうのかなぁ。
子供のことを思ってやるのはいいんですけどね。
いわゆる勉強以外のことをみんな親が背負い込んでしまうんですねぇ。
だから人の足を踏んでも謝れない子供が生まれてくるんです。
親が変わりに謝っちゃうからです。
こういうのが大学に入って親元を離れると、もう何も出来ないんです。
駅の便所で人が入ってくると小便も出来なくなってここへ入院してくるんです。
「教育、教育」って親も社会も目の色を変えてるけど、教育ってのは一体、何なんですかねぇ。
んーー、ボクはあのぅ、こう思うんですけどねぇ、
教育とは決して成績ではありませんねぇ。うん。
そうですね。
それでも
子供達は成績至上主義の中で押しつぶされてる。
それが証拠にあのぅ、
「思い切って学校なんか行く事は無い!」って言ってやると、
いろんな症状がいっぺんに消えてしまうってのは、どういうことなんですかねぇ。
そういうことあるんですか?
いやもちろん全部の子供じゃありません。
でも
子供をそうやって苦しめてる学校の存在ってのは一体なんなのかって思うんです。
あのぅ、ボクは、こういう風に思うんですけどねぇ、
学校とは生き物であるという風に思ってるんですよ。
学校ってのは、あのぅ、四角いコンクリートの箱じゃないんですねぇ。
教育理念を持った教師と、学ばせたいと願う親と、そして、学ぼうとする子供がいて初めて動き出す、このぅ、生き物なんですねぇ。
でもその学校の中で心を病む子供が出てくるということは、
やっぱり
学校自体が病気なんですねぇ。そらぁまぁ毎日痛感してますけど。
坂本先生、その中でも
未熟な子供は、身体で訴えるしか方法がないんです。
個人の力で歪んだ価値観をひっくり返すってのはムリなんですけど、
子供に変調があった時はそれを見逃さないでやってください。
はい、肝に命じました。
明日いっしょに山へ登ってくださいよ。
山へですか?
森先生が考案した
「耐える力」をつけるための山登り療法なんです。
真綿でくるまれたように育った子供にはこれが一番なんです。
はぁ、そうですよねぇ。確かにそうですよねぇ。
教育というのは、親と教師が子供に一人で歩いていける力をいかにつけさせるかですからねぇ。
医者だって同じなんです。
まず(患者自身が)治そうという意志が根本で、医者はそれを手助けするだけですから。
そうするとボクらとそんな仕事は変わらない訳ですね。
そうです。
(山登りへ行く。金八、山登りをしながら考える)
なぜこいつは俺を呼んだんだろう・・・
俺がこいつに言った一言ってのは一体何だったかなぁ。
未熟な子供は身体で訴えるしかないんです。
それを見逃さないでやって下さい。
見逃すもんか。
俺の愛しい3年B組からは、こんな可哀想な子供を一人でも出すようなことは絶対しない。
いや、絶対しちゃならん!
(2/2へ続く)