アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

赤の誘惑~ED77

2018-01-17 17:30:00 | 鉄道写真(EL)

国鉄時代を思えば、随分多種多様な車両達が全国に走っていた。おそらく種類では現在の方が多いのかもしれないが、その土地に合わせた専用の車両が、きっちり運用され、個性豊かな情景が広がっていたものだ。だからこそ、普段見られない団臨などが走ると、とても魅力的に思えたし、それを撮影して記録することが一つのステータスになっていたように思う。現在のように徹底的に合理化が進んでしまった状況では、あまりに統一化され過ぎて、趣味性は薄らいでしまった。もっとも鉄道利用の団体客自体が減少してしまったのだが・・

ここではED77という交流電機を取り上げる。

アントンKは写真撮影の初期の段階から交流機が好きで、ED75に始まりED76/ED77/ED78/EF71と良く撮影に出かけていた。ED76は非貫通(北海道機は除く)だったが、それ以外の形式は貫通扉のある共通した顔立ちであり、力強く頼もしく思え好んでカメラを向けていたのだ。中でもED77という亜幹線用に生まれた交流機が特にお気に入りで、風光明媚な会津ということもあるが四季を通じて出かけたいたことが懐かしく思い出される。ED75は小さな車体長ゆえ重連が似合い、ED78ではD型の割にはとても大きくF型に匹敵。DD51のような中間に付随台車のあるED77がちょうどよくカッコよく見えたもの。取り立てて珍しく決まった写真はないが、アントンKにとって、交流機の中では一番思い出深い機関車なのがED77なのである。こうして思い返すと、JR化され、毎月のように臨時列車が走っていた90年代初頭がED77最後の花道だったのかもしれない。ED77自体、いつフェードアウトしたのか知らないが、それまでED75は入線出来ないとされていた磐越西線に平気で入線してきた時には、時代が移ったことを強烈に感じ寂しかったことを思い出す。

掲載写真は、猪苗代を越え更科信号所へと下るED77重連の貨物列車。交流機兄弟の中では一番地味だが、磐西の主としての存在感は大きかった。

1991-11-07    5295ㇾ ED77 15+13        磐越西線/翁島-更科信号所にて