アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

井上の集大成~最後の「大ブルックナー展」

2017-05-21 22:00:00 | 音楽/芸術

今月はアントンKにとって演奏会月間となった。前記事に上げたロジェストヴェンスキーの第5番の演奏会から連日ブルックナーが続き、ノット/東京響の第5番、そして井上/大阪フィルの第9番と贅沢を極めた。これ以外にも、高関の第8や、下野竜也の第8など気になる演奏会は目白押しだった。全てを満たすことは当然ながら出来ず、連日のスケジュールをこなしたが、こういった演奏会のハシゴとも言える鑑賞は近年久しぶりのことだ。まあこんなにたくさん贅沢の時間を持てる事に感謝して、大切に時を過ごしたいと考えていたが、終わってしまえば色々と書き留めておきたいことも膨れ上がってきている。

今回でシリーズ化された井上道義/大阪フィルによる「大ブルックナー展」も最終回を迎えた。今回は第9交響曲だったが、これがシリーズ最後に相応しくというか、大変重厚で緊張感に満ちた素晴らしい演奏だった。帰京の新幹線で、ここ数日の演奏会が自然と回想されたが、兵庫まで行って本当に良かったと思った瞬間でもあったのだ。一昨年1月の第8の時には、指揮者井上氏も大病から立ち直ったばかりであり、渾身の指揮振りが甦るが、あれから第4→第7→第1→第5と進み、そして今回の第9に繋がったが、ここまでやると以前にも書いたが、残りの第2や第3、そして第6は聴いてみたかった。まあショスタコのスペシャリストとしての名声のある井上道義だが、ブルックナーについてもまだまだ発展途上にあると考えられるし、いずれまた新しい企画で楽しませて欲しい。

一連を聴いてきて一番印象に残った演奏は、第8番と今回の第9番の演奏だった。初回の第8については以前の記事で確認頂きたいが、第9については、今までの井上/大フィルのブルックナー集大成とでも言うべき演奏だった。ホール全体に緊張感が漂い、オーケストラのメンバーもコンマスの崔文洙を筆頭に気合いの入っていることがひと目でわかった。

第1楽章は、序奏部分から低音がしっかり聴き取れスケールが大きい。かなり第1主題までの道のりが長く感じ、ハーモニーの密度が濃いのだ。テンポでいったら、通常聴かれるものよりかなり遅めの歩みであり、楽譜が手にとるようにわかる。多少の溜めを伴って第1主題の提示がされるが、金管楽器を絶叫させるのではなく、ここではあくまでも弦楽器が聴き取れるバランス。響きが厚くしかも勢いがあり感動する。続く第2主題もかなりゆっくり歩みを進めるから、VcやKbのピッチカットが生きており、あのシューリヒトやヤングの演奏を思い出してしまった。素晴らしい解釈なのだ。そして第3主題では、Hrnの強奏が全体をリードし新鮮な感覚になったが、展開部以降では、さすが大フィルと思える金管楽器群の張りのある演奏が冴え、特にTbについては昔聴いた朝比奈時代を思い起こすくらいのものだったと思う。ポイントで聴こえて欲しい音が明確に主張するから安心なのである。このあたり、師と仰ぐチェリビダッケの影響があることは明白だ。

続く第2楽章は、かなり遅めのテンポで開始され、冒頭からの木管楽器による不響和音がホールに響き渡り、ここに弦楽器のピッチカートが被さってくる。ここのピッチカートには芯があり、指揮者の意思が反映されているのか、とても雄弁であり、これから何が始まるのかという不気味さと恐怖が襲いかかってきた。全奏になってからは、まるで悪魔の踊りだ。特にティンパニの強奏は強烈でオケ全体を引っ張り、また全身全霊で奏する弦楽器たちがそれに反応している。そして最後ついにTbが悪魔の叫びを轟かすのであった。

そしてアダージョ楽章は、前の2楽章より逆に速めなテンポで開始されたが、冒頭の第1Vnの何と言う気持ちのこめられた音色なのだろうか。ここの数小節を聴いただけでも価値があると思わせるくらいの表情だったことをまず書かずにはいられない。音程が8度も飛び苦悩と解脱を現わしたと言われる主題だが、そこには、どこか込められた願いのような浄化された気持ちが感じられる。このあとのTpも厳かに響き、続くワグナーチューバの深い音色に留めを射された感覚になる。しかし何と言ってもアントンKが最も好む楽譜Lからのパッセージには心が動かされた。大フィルの強烈な低音に支えられ、この世で最も美しい和音となって目の前に現れたからである。そしてQから始まる不響和音では、もうこの世の終わりとでも思わんばかりの最強音が続き、そのあとの圧倒的に長いフェルマータの後、遠くの方から、彼岸に満ちた明るい光が差しているように感じたのだ。こんな体験は長年聴いていても初めてであり、指揮者、演奏者、そして聴衆の一体感から生まれたものだと確信した。そしてXから始まるのVnの清らかな動きにはただただ泣けた。ヴァントの日本最終公演の時もここの箇所はそうだったが、ずっと聴いていたい!そんな気持ちになったのである。

こんな演奏会だったからか、前日聴いたノットの第5は正直消し飛んでしまっている。もちろん、改訂版直後の演奏ということもあり、聴いていてやはり原典版の方が・・・とは思ったが、あまりにも想定内の演奏で、個人的には面白みに欠け印象に残らないものとなったようである。これももう少し日程に間があれば、印象も違ったのかもしれない。一つ一つ大事に聴いているつもりだが、やはり好き嫌いが鑑賞に出てしまうものなのか。

●2017年5月20日 東京交響楽団第650回定期演奏会

モーツァルト ピアノ協奏曲第6番 変ロ長調 K238

ブルックナー 交響曲第5番 変ロ長調

指揮 ジョナサン・ノット

ピアノ  小曽根 真

アンコール 

レクオーナ  スペイン組曲「アンダルシア」~ヒタネリアス

ミューザ川崎シンフォニーホール

 

●2017年5月21日 「大ブルックナー展」最終回

ショーソン 詩曲  OP25

マスネ  タイスの瞑想曲

ブルックナー 交響曲第9番 ニ短調

指揮 井上 道義

大阪フィルハーモニー交響楽団

コンサートマスター  崔 文洙

ヴァイオリン  前橋 汀子

兵庫県立文化センター KOBELCO大ホール