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KIMURAの読書ノート 『日本野球をつくった男 石本秀一伝』

2019年04月20日 | KIMURAの読書ノート

『日本野球をつくった男 石本秀一伝』

西本恵 著 講談社 2018年11月
 
「石本秀一」という名を聞けば、カープファンであれば、「カープの初代監督」とすぐに思い浮かべることができるであろう。そのため、本書のタイトルが「カープをつくった男」であれば、何も違和感なくカープ本として受け入れられるはずである。しかし、本書のタイトルは「カープ」という小さな地方球団ではなく「日本野球」と野球界全体を表すものとなっている。それは何を意味することなのか。カープファンの私自身、前述したように彼は「カープの初代監督」であり、カープの創設に尽力した人間という知識しか持ち合わせていなかった。一体彼は何者なのか。惹かれるように本書を手にした。
 
広島県出身の彼は、現在の県立広島商業高校に入学し、ここの野球部に所属。そして全国大会に出場している。大学卒業後は大連に渡り、商社で勤務。大連では実業団チームに所属し、その後大連商業の監督を務める。広島に戻った彼は毎日新聞の記者として就職しながら、母校広島商業高校の監督となり、4回の全国制覇を果たしている。そのまま、高校野球の監督と記者の二足の草鞋を履き続けるのかと思いきや、日本のプロ野球の前身、職業野球がスタートした時には、今の阪神タイガースの監督として就任。タイガースの黄金期を築いている。タイガースを退任すると次は名古屋金鯱軍の監督を務める。そして、野球チームの吸収合併で金鯱軍が消滅すると他のチームの監督にと次から次へと監督として招聘される。ちなみに、ここまでの話は全て戦前のことである。プロ野球が発足する前の今の高校野球界において、すでに名選手、名監督として全国に名を馳せていただけではなく、その後のプロ野球(職業野球)発足に関しても名将として呼び声が高かったことが分かる。本書では、彼の功績だけでなく、戦前からの野球界の歴史が細かく記されており、往年のスター選手の名前もここでは数々取り上げられている。そして、それらの選手が全て石本秀一と何らかのつながりを持っていたという事実に、野球ファンであれば鳥肌が立つ思いではないだろうか。
 
少しばかり戦後カープ創設と石本秀一のことに触れておくと、親会社を持たないばかりか、オーナーすらいなかったこの球団の選手集めや運営資金を確保したという話は、ここ近年テレビ番組でも取り上げられているため、知っている人も多いと思われる。しかし、ここで一歩立ち止まって欲しい。「監督」と言えば、試合の采配をするのが「監督」であり、選手集めや運営資金を確保するのは「監督」の仕事ではない。これらは、GMであったり、CEOの役割である。しかし、彼は「監督」をしながらそれら全てを行ったのである。また、資金集めは、「後援会」を結成して運営資金を調達している。しかし、「後援会」そのものを結成するために、地域や会社、町内会に出向き、カープの窮状を理解してもらい、一軒ずつ頼み廻っている。そして、お金を出してくれた人には、領収書代わりに、新聞に名前を掲載するという方法をとっている。これは今でいうところのクラウドファンディングである。今では当たり前となってきた手法の数々を様々な場面で石本は戦後発足したプロ野球界で(とりわけカープという球団の中で)、最初に用いた人物でもあるのである。
 
また、カープを退任後は、現在の西武ライオンズ、そして中日ドラゴンズのコーチとして選手を指導するのみならず、その後の野球界を背負っていく指導者も育てている。まさに、石本は「カープ」という球団では治まりきらない、野球界に足跡を残したタイトル通り「日本野球をつくった」人物だったのである。
 
本書は全578ページと、本としてはかなりの厚みのあるものである。しかし、丁寧で綿密な取材に基づいて綴られた彼の一生は、日本野球の歴史そのものでもあることがよく分かる。野球ファンにとっては溜飲が下がる1冊になっていると断言できる。
 
3月29日に今シーズンのペナントレースが開幕し、広島東洋カープは昨年までの勢いがそがれたかのように低空飛行を続けているが、石本監督が力を尽くして立ち上げたこの球団、いや日本野球でプレーしていることを誇りを胸に是非前を向いて進んで欲しいと、蛇足ながらファンのひとりとしてここに付け加えておく。

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文責 :木村綾子


 
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