『ずっとのおうちを探して』
ギャリー・ジェンキンス 著 永島憲江 訳 国書刊行会 2022年
日本でも近年動物の保護に対しての意識が芽生えてきており、国内のあちこちで保護団体が活動している。本書は世界で最初にイギリスで誕生した動物保護施設「バタシー」の150年間の記録である。
このバタシーを創設したのは、メアリー・ティールビーという一人の女性である。彼女はある日知り合いの家を訪ねていったところ、そこのキッチンに横たわるひどい状態の犬を目にした。その犬を彼女は自分の家に連れて帰り看病したが、3日後に犬は息を引き取っている。この犬の死が彼女に大きな影響を与え、数日間から数週間のうちに「犬の救護施設」を建てる決心をしたと本書では記されている。このメアリーについての詳細はあまり知られていないどころか、写真も一枚も残っておらず、不明なことも多い。しかし、現実にバタシーは今も尚、動物保護施設として存続し、イギリスはもとより世界に多くの影響を与えているということは紛れもない事実であり、後世に残る偉業である。
150年と言っても、簡単にその歳月が流れていた訳ではない。創設した当時からの難問は資金面に関してであった。資金が調達出来る時もあれば、そうでない時もあり、それはその時々の時代により工面の仕方も変化している。また、たくさんの犬や猫を受け入れのため何度も引っ越しをしている。また2回の世界大戦という局面に対しても動物たちを裏切ることなく乗り越えてきた様子が克明に記されている。しかし、何と言っても最大の敵は「デマ」であろう。動物施設では生体実験が行われているだとか、狂犬病の温床になっているなどと言った、根も葉もない噂がこの150年の間に幾度となく湧いて出てきて、そのことでバタシーは何度も窮地に立たされている。そればかりか訴訟を起こさなければならなくなったこともある。それらの噂を完全に払しょくできたのは、創設から140年後のことである。
正直私は本書を読んで打ちのめされることの多い内容であった。イギリスにおいて、そして世界において最初の「動物保護施設」が創設した150年前のイギリスと日本を比較してみて、すでにイギリスにはその礎となるものがあったということを知ったのである。つまり、少なからずイギリスには150年前には「動物福祉」という言葉はなくても概念があったと感じたのである。その根拠になるものは、バタシーが創設されるより以前の1822年に「マーティン法」という牛を残虐な行為から守る法律が制定され、それを受けて1824年には「動物虐待防止協会(その16年後には王立となる)が設立されている。また、1854年には国会で犬の荷車禁止についての討議が行われている。日本においてはどうだろうか。動物の「保護」という観点に立って出来た法律は1970年代以降である。ざっと100年は遅れていると言っても過言ではない。日本もようやく、2019年に動物殺傷における厳罰化が実現されたが、イギリスの現在の厳罰は禁固5年であることに対して、日本は5年以下の懲役または500万円以下の罰金という事からまだまだ手ぬるさを感じざるを得ない。
そのように言っても超厳罰化したイギリスでも動物に対する虐待がなくならないのが現実である。もちろん、日本はそのスタートラインに立ったばかりであり、すぐに動物への虐待が収まるとは思えない。それでも、少しでも動物に関する意識が変わって欲しいと切に願う。最後に訳者の言葉をここに引用する。
「いま、若い世代を中心として、動物や自然環境に対する意識がさまざまな角度から変化しつつあると感じています。創始者メアリー・ティールビ―が抱いた『苦しんでいる犬を見捨てておけない』という思いからはじまったバタシー・ホームの理念に少しでも共感し、犬猫をめぐるあらゆる問題に関心を寄せ、暖かい思いを抱いてくれるひとがひとりでも増えてくれればと、願わずにはいられません(p438)」
========文責 木村綾子
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