12月26日(土):
朝日デジタル:(回顧2015)論壇 安保法、建国理念も命も 等身大の社会実像、多様に 2015年12月15日16時30分
写真・図版
国会前で安保法案反対を訴える人たち=8月30日、東京都千代田区
「安倍総理 長期政権への抱負を語る」という見出しが月刊WiLLの表紙トップを飾ったのは秋のことだ(11月号)。同じ表紙に「中国は今も昔も『パンツ製造所』」との見出しが並んでいた。
近隣の国や民族を見下すような言葉が公然と世を流れる傾向は、今年も変わらなかった。新しい傾向があるとすれば、それらの国々を「敵」とみなす言説の台頭だろうか。歴史認識をめぐる近隣国との対立部分に焦点を合わせ、「歴史戦」(産経新聞)や「歴史戦争」(月刊Voice)へ読者を誘う動きが浮上しつつある。
いま私たちが取り組むべき重要課題は、歴史での近隣国との闘争なのだろうか。論壇を見渡せば、実際には、等身大の社会実像をつかもうとする多様な考察が提起されている。
たとえば、平山洋介の「住宅資産所有の不平等」(世界5月号)は、暮らしの足元にある経済格差や住宅問題に光を当てた。日本では住宅資産額で上位1割の世帯が同資産の52%を占有しているとの実態をデータから分析し、「持ち家促進」政策の見直しを訴えた。
渡辺努「『東大指数』でわかった デフレ退治は進んでいない」(文芸春秋5月号)は、独自の物価指数を使うことでアベノミクスの現状認識を批判した。坂井豊貴『多数決を疑う』(岩波新書)は、通常の多数決とは異なる「意思集約」の可能性を提案した。
政治が自浄作用を果たし得るとの実例を示したのは、ブレイディみかこのネットコラム「スコットランド女性首相、現地版ネトウヨの一掃を宣言」(6月28日)だ。スコットランド国民党の党首は、ネットで民族差別をする党員たちを批判し、「私たちの政治ディベートのレベルを……(そのような)低みにまで下げることは是認できません」と述べたという。
戦後70年の今年は、戦争や戦後を問い直す機会になった。新しい安保法制をめぐる考察がそこに重なった。世論調査では有権者の半数以上が反対する中で成立した経緯もあり、議論は熱を帯びた。
日本ではなぜ、安全保障と憲法をめぐる議論という形をとりがちなのか。小熊英二は、それらが日本の「建国理念」にかかわる問題だからだと説いた(中央公論12月号)。戦後に新しい国家が「建国」されたという感覚が根付いており、安保法案に対しても〈実は建国理念を否定しようとする動機があるのではないか〉という疑念が寄せられていた、とする。
法案に反対した運動団体SEALDs(シールズ)からは、先行世代の持つ戦後日本イメージを揺さぶるような言葉が表出された。
「すでに数え切れないほどの命を見殺しにしてきた政権が、『安全』を『保障』すると謳(うた)う法案に無邪気に賛成できるほど、私をとりまく世界はすでに安全ではない」(現代思想10月臨時増刊号)。大澤茉実(まみ)は「SEALDsの周辺から」と題した論考にそう記した。妊娠した友人に寄り添い、彼女が多額の奨学金を返済しながら子どもを育てられる方策を探したが、今の制度ではシングルマザーでは無理だろうとの絶望しか見えず二人は泣き、友人は子を堕(お)ろした――体験に根ざした「命を馬鹿にする政治」への憤りが、参加の根底にあったという。
最後に2点。ベネット・ランバーグ「中東原子力ブームの危うさ」は、原発へのテロという危機を告発した(フォーリン・アフェアーズ・リポート7月号)。慰安婦問題で産経新聞が行った「元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報」(ネット)は、厳しく対立する両者の間でも対話が一定の意味を生み得ることを示した。(編集委員・塩倉裕)
◇私の3点
■開沼博(福島大学特任研究員・社会学)
▼池内恵『イスラーム国の衝撃』(1月刊)…(1)
▼松本春野の反原発統一行動でのスピーチ(3月、https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=ZlAc2UcumAk別ウインドウで開きます)…(2)
▼舛添要一・増田寛也の対談「『首都集中』 東京は地方を殺すつもりか」(文芸春秋2月号)…(3)
*
(1)ISと(2)3・11。全体像を見渡しづらい問題に知識と想像力を供給し継続的議論を促す。(3)は近年の地方論の範囲を東京にまで広げた。
■高橋源一郎(作家)
▼映画「野火」(塚本晋也監督、7月公開)…(1)
▼大澤茉実「SEALDsの周辺から」(現代思想10月臨時増刊号「安保法案を問う」)…(2)
▼岸政彦『断片的なものの社会学』(6月刊)…(3)
*
戦後70年と安保法制反対運動の1年を象徴するものといえば(1)と(2)が思い浮かぶ。その上で、社会全体の未来を見据えた「ことば」が(3)だ。
■松原隆一郎(東京大学教授・社会経済学)
▼森山高至「建築エコノミスト 森山のブログ」(http://ameblo.jp/mori-arch-econo/別ウインドウで開きます)…(1)
▼渡辺努「『東大指数』でわかった デフレ退治は進んでいない」(文芸春秋5月号)…(2)
▼苅谷剛彦「スーパーグローバル大学のゆくえ」(アステイオン82号)…(3)
*
(1)は昨年に続き新国立競技場問題を追及、白紙撤回を勝ち取った。(2)は日銀とは別の物価指標でインフレ未達を指摘。(3)は大学の混迷を解説。
朝日デジタル:(回顧2015)論壇 安保法、建国理念も命も 等身大の社会実像、多様に 2015年12月15日16時30分
写真・図版
国会前で安保法案反対を訴える人たち=8月30日、東京都千代田区
「安倍総理 長期政権への抱負を語る」という見出しが月刊WiLLの表紙トップを飾ったのは秋のことだ(11月号)。同じ表紙に「中国は今も昔も『パンツ製造所』」との見出しが並んでいた。
近隣の国や民族を見下すような言葉が公然と世を流れる傾向は、今年も変わらなかった。新しい傾向があるとすれば、それらの国々を「敵」とみなす言説の台頭だろうか。歴史認識をめぐる近隣国との対立部分に焦点を合わせ、「歴史戦」(産経新聞)や「歴史戦争」(月刊Voice)へ読者を誘う動きが浮上しつつある。
いま私たちが取り組むべき重要課題は、歴史での近隣国との闘争なのだろうか。論壇を見渡せば、実際には、等身大の社会実像をつかもうとする多様な考察が提起されている。
たとえば、平山洋介の「住宅資産所有の不平等」(世界5月号)は、暮らしの足元にある経済格差や住宅問題に光を当てた。日本では住宅資産額で上位1割の世帯が同資産の52%を占有しているとの実態をデータから分析し、「持ち家促進」政策の見直しを訴えた。
渡辺努「『東大指数』でわかった デフレ退治は進んでいない」(文芸春秋5月号)は、独自の物価指数を使うことでアベノミクスの現状認識を批判した。坂井豊貴『多数決を疑う』(岩波新書)は、通常の多数決とは異なる「意思集約」の可能性を提案した。
政治が自浄作用を果たし得るとの実例を示したのは、ブレイディみかこのネットコラム「スコットランド女性首相、現地版ネトウヨの一掃を宣言」(6月28日)だ。スコットランド国民党の党首は、ネットで民族差別をする党員たちを批判し、「私たちの政治ディベートのレベルを……(そのような)低みにまで下げることは是認できません」と述べたという。
戦後70年の今年は、戦争や戦後を問い直す機会になった。新しい安保法制をめぐる考察がそこに重なった。世論調査では有権者の半数以上が反対する中で成立した経緯もあり、議論は熱を帯びた。
日本ではなぜ、安全保障と憲法をめぐる議論という形をとりがちなのか。小熊英二は、それらが日本の「建国理念」にかかわる問題だからだと説いた(中央公論12月号)。戦後に新しい国家が「建国」されたという感覚が根付いており、安保法案に対しても〈実は建国理念を否定しようとする動機があるのではないか〉という疑念が寄せられていた、とする。
法案に反対した運動団体SEALDs(シールズ)からは、先行世代の持つ戦後日本イメージを揺さぶるような言葉が表出された。
「すでに数え切れないほどの命を見殺しにしてきた政権が、『安全』を『保障』すると謳(うた)う法案に無邪気に賛成できるほど、私をとりまく世界はすでに安全ではない」(現代思想10月臨時増刊号)。大澤茉実(まみ)は「SEALDsの周辺から」と題した論考にそう記した。妊娠した友人に寄り添い、彼女が多額の奨学金を返済しながら子どもを育てられる方策を探したが、今の制度ではシングルマザーでは無理だろうとの絶望しか見えず二人は泣き、友人は子を堕(お)ろした――体験に根ざした「命を馬鹿にする政治」への憤りが、参加の根底にあったという。
最後に2点。ベネット・ランバーグ「中東原子力ブームの危うさ」は、原発へのテロという危機を告発した(フォーリン・アフェアーズ・リポート7月号)。慰安婦問題で産経新聞が行った「元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報」(ネット)は、厳しく対立する両者の間でも対話が一定の意味を生み得ることを示した。(編集委員・塩倉裕)
◇私の3点
■開沼博(福島大学特任研究員・社会学)
▼池内恵『イスラーム国の衝撃』(1月刊)…(1)
▼松本春野の反原発統一行動でのスピーチ(3月、https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=ZlAc2UcumAk別ウインドウで開きます)…(2)
▼舛添要一・増田寛也の対談「『首都集中』 東京は地方を殺すつもりか」(文芸春秋2月号)…(3)
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(1)ISと(2)3・11。全体像を見渡しづらい問題に知識と想像力を供給し継続的議論を促す。(3)は近年の地方論の範囲を東京にまで広げた。
■高橋源一郎(作家)
▼映画「野火」(塚本晋也監督、7月公開)…(1)
▼大澤茉実「SEALDsの周辺から」(現代思想10月臨時増刊号「安保法案を問う」)…(2)
▼岸政彦『断片的なものの社会学』(6月刊)…(3)
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戦後70年と安保法制反対運動の1年を象徴するものといえば(1)と(2)が思い浮かぶ。その上で、社会全体の未来を見据えた「ことば」が(3)だ。
■松原隆一郎(東京大学教授・社会経済学)
▼森山高至「建築エコノミスト 森山のブログ」(http://ameblo.jp/mori-arch-econo/別ウインドウで開きます)…(1)
▼渡辺努「『東大指数』でわかった デフレ退治は進んでいない」(文芸春秋5月号)…(2)
▼苅谷剛彦「スーパーグローバル大学のゆくえ」(アステイオン82号)…(3)
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(1)は昨年に続き新国立競技場問題を追及、白紙撤回を勝ち取った。(2)は日銀とは別の物価指標でインフレ未達を指摘。(3)は大学の混迷を解説。