もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

140426 山田洋次監督の映画「学校」(1993)を観た。日本が取り戻すべき原点・コモンセンスがある。感想5

2014年04月27日 01時41分01秒 | 映画・映像
4月26日(土):


10年以上ずっとTV録画を狙っていたが、他の作品は放送されても、この作品だけは何故か放送されない。いつでも観られるように録画したくてしようのない作品だった。今回は図書館でネット予約してDVDを観ることができた。BSで何故放送しないのだろう。

夜間中学の先生たちと不登校、家庭内不和、貧困、知的遅滞、外国籍、外国人さまざまな境遇から義務教育を受けられず夜間中学に通う生徒たちの物語(129分)。20年前、心を熱くして観た映画である。当時の日本ではこの映画を大切にするセンスが常識として存在した。20年後の今もこの映画の価値は全く色褪せていない。しかし、今の日本社会には、この映画の価値を認め、受け入れる雰囲気が失われている。これはセンスの問題だ。

今の日本は戦後営々と守り育ててきた大切なものをきちんと引き継ぐために汗を流すことを忘れてしまった。自覚のないうちに致命的な間違いを犯し続けている。センスを失うことは、実は最も致命的で深刻なことだ。小泉・麻生、野田汚物と前原詐欺師の民主党(心ある者は分裂せよ!)、そして今の安倍・石破極右、軽率で深みのない政治屋が続いた。弱肉強食の小さい政府・平和と人権の価値を忘れた憲法軽視の流れが本流になってしまった。日本はもう一度、大切な価値を取り戻さねばならない。

この映画には、今の日本にとって取り戻すべき最も大切な原点・コモンセンスがつまっている。ここに戻れなければ、もはや日本に未来はない。

お休みなさいませ。
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