1月7日(土):
421ページ 所要時間6:30 ブックオフ360円
著者43歳(1957生まれ)。札幌市生まれ。日本将棋連盟に入り、「将棋マガジン」編集部を経て「将棋世界」の編集長。連盟を退職後は、作家活動に専念している。『聖の青春』(講談社文庫)で新潮学芸賞、将棋ペンクラブ大賞、『将棋の子』(講談社)で講談社ノンフィクション賞、『パイロットフィッシュ』(角川書店)で吉川英治文学新人賞を受賞
本書は、東の天才羽生善治に対し西の怪童と謳われ、A級在位のまま惜しまれつつ29歳で早逝した天才棋士村山聖(1969~1998)の克明な伝記である。著者自身が、主人公の師匠森信雄六段の親友として重要な登場人物となって記述が進む。感動美談に作られてるのかと用心しながら、感想4にしようと考えていたが、最後まで読めば感想5以外の評価はつけられない。何よりも村山聖に対する愛惜の情があふれた内容を素直に読めば、感想5しかあり得なかった。
5歳で腎ネフローゼを発症し、何もせず何も考えずにジーッと寝て絶対安静にする入院生活を強いられた。一日の大半を病院の大部屋のベッドの上で過ごす村山聖は桁違いの読書力をもつようになる。ある日、父が持ち込んだ将棋盤と駒に強く反応して、そこから両親が持ち込む将棋の本だけの独学で棋力を大きく伸ばす。制限付きで退院を許可された頃には、周囲の大人も誰一人相手にならないため、舞台は広島市、大阪へと広がり、13歳で森信雄六段30歳に弟子になり、奨励会入りを目指す。
少しの無理も許されない病身という器に、溢れんばかりの将棋への熱意と才能、過剰な激情と弱い者への労りがぎゅうぎゅうに詰まった村山は、苛酷過ぎる道を「いつか谷川浩司名人を破って名人になる」決意を胸にひた走る。将棋一筋で精進の日々をひたすら繰り返す中で尋常でない才能が開き始めるが、それは同時に「名人になる」というのが夢物語でなくなり、かえって必死の努力が求められるのに、自分の身体がその無理を許さないという完全な袋小路に苦しむことになる。
その上に、少年から青年・成人への変貌の戸惑い・苦しみが重なってくる。限界線を何度も超えて、何度も倒れ、入退院を繰り返しながら村山は、才能をぐいぐいと伸ばしていくが、同時に彼の身体が悲鳴を上げ続けることになる。時代は、中原誠から谷川浩司へと名人位のバトンが渡ったあと、いわゆる羽生(善治)世代の若い才能集団が台頭する時期が到来する。村山もその中心メンバーとして台頭し、名人を目前にするA級棋士となるが、そこで腎ネフローゼ以外に、膀胱癌を発症・手術、再発で力尽きる。
あらすじを書いても、実際に読まない人は「そんな不幸は世の中いっぱいある」で片づけられるだろう。しかし、実際に読んで、生きた人間の意志力ある苦闘を凝視すれば、壮絶な物語りを読み取ることができる。そして、全く別の意味で人間の持つ偉大さを読み取り敷衍することことができるのだ、と思う。
【目次】 第1章 折れない翼/第2章 心の風景/第3章 彼の見ている海/第4章 夢の隣に/第5章 魂の棋譜
【内容情報】
重い腎臓病を抱え、命懸けで将棋を指す弟子のために、師匠は彼のパンツをも洗った。弟子の名前は村山聖。享年29。将棋界の最高峰A級に在籍したままの逝去だった。名人への夢半ばで倒れた“怪童”の一生を、師弟愛、家族愛、ライバルたちとの友情を通して描く感動ノンフィクション。第13回新潮学芸賞受賞作。