12月10日(水):
205ページ 所要時間 2:50 ブックオフ108円
著者65歳(1942生まれ)。東京大学教育学部卒業。東京都立大学教授、同大学総長などを経て、現在、桜美林大学教授。専攻:教育心理学、障害児心理学。著書に『障害児と教育』(岩波新書)、『ノーマライゼーションと障害児教育』(全国障害者問題研究会出版部)ほか多数。
良くも悪くも岩波新書である。面白いことはないし、障害者問題の一つ一つについては食い足りなさが気になるが、障害児教育というテーマの全体像を考える上では、最後まで読み通してみれば
なかなか適切な概説書だと思う。途中まで評価4だったが、終りまで読み通してみれば、著者の熱意と社会の不正義への怒りに打たれた面もあって、4+にした。ただ、5はちょっと厳しかった。
2007年は、従来の「特殊教育」が「特別支援教育」に移行した年であり、盲学校、ろう学校、養護学校が「特別支援学校」に一括されるとともに、通常学校でLD、ADHD、アスペルガ、高機能自閉症等の子供の教育が本格化し、障害児教育の場が広がった年である。ただ、2005年に成立した天下の悪法「障害者自立支援法」(福祉サービスの受給に要する費用負担を「応能負担」から「応益負担」に転換させた)と相俟って障害児教育を分断する方向に進むことを危惧している。
本書は「特別支援教育」への移行を期して著されたものだと言える。それから8年がたった今、一定の評価が可能となる時期だと言える。本書の内容は、今の日本社会では理想に流れ過ぎる方向でずれている。その責任は著者にあるのではなく、今の日本社会が荒れ果ててしまっていることにこそある。その評価基準として本書を活用するべきだと思う。俺には、障害者福祉全体は悪化の一途をたどり、「特別支援教育」も形骸化してしまってるような気がする。
・日本の子どもたちは今、過度に競争的な学校で学習に追い立てられている。規範意識の醸成を名目に、たくさんの徳目を押し付け、内面を管理し評価する教育のもとに置かれている。その結果、極論すれば、ほとんどすべての子どもが窒息状態で、心身ともに疲弊している。略。通常学級の子どもたちは、それぞれに抱えている悩みや不安、ストレスに教師が目を向けてくれること、それによって「自分も大事にしてもらっている」という実感を持てない状態であるならば、LD、ADHD、高機能自閉症等の子どもへの手厚い対応を、素直に承認することはできないであろう。131~132ページ
・おそらく為政者は、こう考えているといってよいであろう。重度・重複の障害者などは自立を支援してもその費用対効果は望めない。そこで、もし支援を受けようと思うなら、たくさんの金を払いなさい。無理ならばサービスを受けなければよいではないか。軽度の障害者の自立支援なら、国もあまり財源を確保しなくてもよい。とはいっても、あまり支援に期待しないでもらいたい。自助自立の精神でがんばり、ひいてはタックスペイヤー(納税者)となるのが望ましい、と。198ページ
・障害の重い子どもを視野の周辺部分に追いやり、軽度の障害児に重点化して取り組みを進める教育は、軽度の子どもに本当の意味で手厚いい教育を提供する結果になるとは限らない(201ページ)
・学校教育は社会の中で相対的に独立した営みである。だが同時にそれは社会と連携しており、子どもたちをそこに送り出す機能を果たさなければならない。社会全体を障害のある人びとの生活や労働を確かに保障し支えるものに変えていかなければ、学校教育はその任務を十全にはたすことはできない。障害者自立支援法に代表される法制度や施策がまかりとおるような社会、序章で述べた世界的規模での障害者の人権保障の発展や、徐々にだが進んできた社会参加努力と成果を押しつぶしてしまうような社会をそのままにしておいたのでは、学校教育は落ち着いてその本来の役割をはたすことはできない。ほんとうにインクルーシブな学校は、ほんとうにインクルーシブな社会を作り上げる取り組みと深く結合しなければ、実現不可能なのである。202ページ
*結局、いつも結論はここに行き着くことになるのだ(もみ)
・特別支援教育は、LD、ADHD、高機能自閉症等を正式に教育対象に組み入れ、通常学校・学級にも障害児教育の場を広げた。204ページ
■目次 序章 :変わってきた障害者の見方
第1章 障害による活動の制限 :1 発達と活動 / 2 新しい「障害」の概念 / 3 障害による活動の制限
第2章 障害児とどう向き合うか :1 子どもに尋ねる気持ちになる /2 発達の主体としての障害児 / 3 発達は限りない
第3章 学習権・発達権と特別支援教育 :1 特別支援教育の理念と制度 / 2 特別なニーズ教育をめぐる国際動向 / 3 特別支援教育の対象規定をどう見るか /4 特別支援学校と特別支援学級 / 5 財政基盤が弱い特別支援教育 / 6 専門を超えた共同を
第4章 学習と発達の保障をめざして :1 子どもの理解を実践につなぐ /2 「共同」を発展させる実践の創造 / 3 文化・自然に取り組む教育を
終章 :障害者の自立を励ます社会へ
あとがき
紹介文:
2007年4月,従来の「特殊教育」は「特別支援教育」に移行した.その理念と制度は,どのようなものか.これによって障害児教育に開かれる可能性,また残された課題は何か.教室で格闘する教師らの注目すべき実践を紹介しながら,障害児との向き合い方を考え,すべての子に学習と発達を保障する学校教育への道筋を描く. //
◎障害をもった子どもたちと、どう向き合うか
障害をもった子どもたちの教育について、これまで「特殊教育」と呼ばれてきたのは、ご承知のとおりです。それが2007年4月から「特別支援教育」に変わりました。単なる名称変更にとどまりません。その理念や制度もまた、大きく変わることになったのです。そこでこの機会に、今も版を重ねるロングセラー『障害児と教育』(岩波新書、1990年)の著者に、この動き出した「特別支援教育」とは何か、そこにはどのような可能性がはらまれており、またどのような課題が残されているのか、などについて分かりやすくまとめていただいたのが本書です。
視覚にせよ聴覚にせよ、また知的能力にせよ、障害のある子どもと向き合う時には、当然ながら、コミュニケーションのとり方が容易ではありません。そこでもっとも大切なのは何か。著者が強調するのは、「子どもに尋ねる気持ちになること」「子どもに学ぶこと」です。とくに教室で日々、彼らと接する教師は、自らの感受性を高め、想像力に磨きをかけることによって、子どもの発信するサインをしっかり受け止め、読み取ることによって、初めて困難な溝を越えていきうるのだ、というわけです。
全国各地のさまざまな教育実践に明るい著者は、豊富な実践例を紹介することによって、その主張の説得力を高めるのに成功しています。
現場で格闘している教師の方たちだけでなく、障害児をめぐる問題や教育の問題、コミュニケーションのあり方に少しでも関心をもつ方などにお勧めしたい1冊です。(新書編集部 坂巻克巳)