前回、前々回と続けているこのシリーズ、ボクの妄想を伝えているもので、現実に起こっているものではありません。出場人物の言も妄想が生み出した架空のものであることをご理解ください。
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猜疑心は留まるところを知りません。
手術の前日、眠剤を常用していることを知らせ、手術当日の夜も眠剤だけは飲ませて欲しい、と言い、聞き入れられたはずなんだけど、当直の看護師は「そんな引継ぎはない」と認めてくれませんでした。
このこともボクは、反社的な勢力の陰謀なんではないか、と猜疑心を募らせ、徹底抗戦の構えを強ませました。
手術直後で、心身とも消耗してました。弱気になって白腹をあげたくなる気持ちにもなりましたが、ここで負けたらダメだ、と心を鼓舞したのです。
前編でも触れましたが、肺梗塞を防ぐための装着するふくらはぎを揉む装置の調子が悪い事も苦痛でした。
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そんなこんなしているうち、幻覚が表れました。
齢(よわい)70にして初めての経験です。長生きはしてみるもんです。こんな経験が出来るんですから。
白い壁を見てるうち、その壁にニューヨークの地下鉄の車両に描かれた落書きみたいのが右から左に流れているんです。ゆっくりと次から次へと現れます。最初は何なんだろう、って不思議に思いましたが、すぐにこんな現象は現実では無くて、世にいう幻視だと気づきました。
この歳になって初めて幻視に出会えるなんて、って感慨に耽(ふけ)ってしばらく眺めていました。
幻視に出会えてるんだから、そのほかの幻想もあるはずだ、って思っていると、耳を付けている枕から何やら音がするんです。人工音のような甲高く、何を言っているのかわらない声が聞こえます。幻視に続いて幻聴の出現です。ボクは立派な幻想体験者です。
それらは、特に気になるものではなく、1時間ほどで消えてしまいました。ボクは全身麻酔による幻想出現を知っていましたから、冷静に対応し、なおかつ貴重な体験として記し残すことが出来ました。
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足もみ器の不調は朝まで続き不快感満載の中、カーテンが開けられ向かいのベットが見えました。
空きベットだったはずのベットに、何やら人相の悪そうな人がいました。ボクよりちょっと年上の団塊の世代の人のようでした。ボクは直感的に、反社的勢力のボクを監視するための者だ、って思ったのです。
ボクは寝たままでしたが、彼はしきりにボクの様子を見、話しかけたそうでした。ボクは目を逸らしたんだけど、彼は話しかけてきました。「痛むのかい?」って、以外と人懐かしげな表情で言うのです。
ボクは警戒感をもろに表情に出しながら「痛くはないけど睡眠不足で調子悪い。」と言いました。
なおも話しかけてくるもんだから「いずれ一度ゆっくり話をしなければならない。その時まで待って。」と言うと怪訝な顔つきで自分のベットに戻りました。
続きます。