♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■神様は避け所 / 関根弘興

2011年06月13日 | Weblog
2011/6/13放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興です。

 聖書からお話をさせていただく時、時々こんな誤解をされる方がいます。それは神様を信じたら問題がすべてなくなってしまうんですか、ってこういうふうにこう思っている人がいるということですね。残念ながら私たちは神様を信じていようがいまいが、この地上に住む人間である限りは様々な痛みや悲しみ、時には大きな自然の災害に巻き込まれることもあります。

 しばらく前に一人の青年が教会を訪ねてこられました。その表情からは笑顔は消え、重苦しい表情で今まで自分の人生に起こった不幸と思われる辛い出来事を語り始めたんです。行き場のない怒り、人生の不条理、様々なことが交差していたのでしょう、彼は最後に吐き捨てるようにこう言ったんです。「神などいるものか。神がいるならどうしてこんなに俺は不幸なのだ。」 怒鳴り声を上げ、そのまま帰ってしまいました。この方は本当に辛い中を歩んでいたのだと思います。私にとっても心の痛む出来事となりました。

 私たちは人生の困難にぶつかった時、「神などいるものか」と言って神様を否定してしまうこともあるかもしれません。しかし逆にこうした辛い状況だからこそ「神様助けてください」と真剣に叫び求める道もあるのです。

 問題に遭遇することは避けられませんけれども、私たちがそれにどう取り組んでいくかは選び取ることができるんです。問題が襲ってきたとき、神様が与えた聖書の約束のことばを信頼し生きて行こうとする生き方とそうでない生き方とでは違ってきます。

 例えば、誰にも襲ってくる死に直面したとき、永遠の天の御国の約束を信頼している人とそうでない人ではその姿は異なってきます。様々な問題や試練の中に遭ったとき、試練と共に脱出の道も備えてくださるという約束のことばを握っているかそうでないかでは変わってきます。「神様がすべてを働かせて益としてくださるのだ」ということばを信頼し生きていくかそうでないかでは人生はやはり変わってきます。私たちは問題や苦しみの中で、落ち込み戸惑いながら、でも聖書の約束のことばによって神様があなたに語りかけている真実な約束のことばによって助けられ支えられて生きて行くことができるです。

 聖書の詩篇のことばを最後に紹介しましょう。
  詩篇46篇 「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。」(1-3節)

 (PBA制作「世の光」2011.6.13放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblica.info 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。


 

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