♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■主はこう仰せられる / 福井 誠

2017年06月28日 | Weblog


2017/5/24放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「主はこう仰せられる」です。 それではエレミヤ書47章2節をお読みしましょう。
 主はこう仰せられる。「見よ。北から水が上って来て、あふれる流れとなり、地と、それに満ちるもの、町とその住民とにあふれかかる。・・・」

 今日はエレミヤがペリシテに対して預言している箇所です。バビロンが攻め込んだ町は広くパレスチナ全域に渡り、イスラエル人の本拠地エルサレムだけではありませんでした。エジプト国境に近い今のガザ地区からテルアビブ空港の近くヤッホの間の地中海沿岸の平野にはペリシテ人が住み着いていました。パレスチナという名前は実はこのペリシテということばから来ているのですねえ。

 ともあれエレミヤはこのペリシテ人にバビロンの攻撃があることを語り伝えています。おそらくバビロン軍がガザを攻撃したのは紀元前604年の春と考えられています。その時ペリシテはエジプトに援軍を求めましたが、エジプトはこれに応じる力がありませんでした。結局エレミヤがイメージ的に語ったように、バビロンは北から起こる水のように溢れる流れとなってペリシテの地を襲いました。実に溢れ流れる洪水が押し寄せるように、北からバビロン軍が攻めてきて、ペリシテの町々はバビロンによってことごとく壊滅状態に追いやられたのです。それは実に絶望的な預言であり出来事でした。

 ただエレミヤは悲惨な歴史的な出来事を、単なる帝国主義の覇権争いではなく神の裁きの実現として語っているのです。神は正しいお方、悪を許さないお方ですね。けれども大切なのはいつも厳しい神の裁きに必ず神の憐れみも語られていることです。神は私たちに対する深い愛情を持ち、悔い改める者を見捨てることがありません。つまり自業自得のように神の裁きを受け悲惨な結果を身に受けることがあろうとも、命ある限りその人には希望があります。神がなおも生きるようにしてくださった、神がなおも残りの人生を残してくださった、ということには神の大いなる回復と恵みと祝福があるということなのです。命ある限りこの神に期待し、いつでも前向きに物事を考えて歩みたいものですね。

(PBA制作「世の光」2017.5.24放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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