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「地中の星」斜め読み1/2

2024年07月09日 | 斜読

斜読・日本の作家一覧>  book563 地中の星 門井慶喜 新潮社 2021

 門井慶喜氏の本は、日本を改革し、あるいは革新に導き、歴史に名を残す人が取り上げられていて学ぶことが多い。
 「地中の星」の表紙には、フロックコートらしい男性、和装の女性が列をなし電車に乗り込もうとしている。地下鉄のようだ。中島みゆきの「地上の星」から発想を飛ばせば、「名だたるもの、輝くものを造った地中の星は人々から忘れ去られた」ということだろうか。忘れ去られたかも知れない地中の星を、門井氏がつばめになって脚光を浴びせたのであろうか。
 物語は、第1章 銀座 東京といえば満員電車、第2章 上野 かたむく杭打ち機、第3章 日本橋 百貨店直結、第4章 浅草 開業そして延伸、第5章 神田 川の下のトンネル、第6章 新橋 コンクリートの壁、と展開する。銀座、上野、日本橋、浅草、神田を結ぶのは日本初の地下鉄銀座線である。門井氏は、銀座線を掘った?人々に光を当てたようだ。期待して読み始める。

第1章 銀座 東京といえば満員電車 
 早川徳次は、早稲田大学法学科卒後、南満州鉄道株式会社、鉄道院を経て佐野鉄道、高野登山鉄道を再建し、その間に3歳年下の軻母子(かもこ)と結婚するが、「この世で最初の、死後も残る仕事」をしたいと職を辞し、早稲田大学の創立者であり内閣総理大臣の大隈重信にロンドン行きの助成を頼む。大隈は、鉄道院嘱託として德次をロンドンに派遣させる。ロンドンで地下鉄を見て、これが自分の追っていた仕事と閃くが、資金なし、技術なし、どこから手をつければいいか悩んでいるところから物語が始まる。
 

 德次36歳、軻母子33歳、ごはんに味噌汁、ひじきの煮物の朝めしを食べているとき、德次は煮豆を口に入れようとして「ここに自分の将来がある、日本の鉄道の将来がある、自分はこの豆に今後の全人生をつぎこむ」と確信し、軻母子に黒豆10粒、白豆30粒を用意させ、銀座尾張町(現在の銀座四丁目)の交差点に行き、銀座通りで10人が通り過ぎたら黒豆1粒、10粒になったら白豆1粒、を繰り返し、交通量調査を始める。毎日朝から夕方まで、場所を変えて調査を続けた。夕方になると、小料理屋、バーなので酔客を相手に地下鉄を話題にするが、庶民は地震、地盤を理由に地下鉄に懐疑的だった。

 資金集めで仲人の衆議院議員望月小太郎を訪ねるが、庶民と同じく地震、地盤を理由に地下鉄に否定的だった。落ち込んでいた德次に軻母子が大隈公に会うよう勧める。79歳になった大隈重信に会うと、地盤調査はやったのか、法的根拠はどうする、会社は作ったのか、どうせ金が無いのだろうと図星され、頭を使えと諭され、実業界に君臨する渋沢栄一男爵に頼めといい、大隈の一番弟子で德次の恩師である高田早苗に連絡してくれた。

 德次は国府津の別荘にいる高田早苗を訪ね、渋沢栄一宛の書状を受け取り、王子・飛鳥山の渋沢邸を訪ねる。德次は、役に立てませんという渋沢に、歩行者、電車、人力車、馬車、自動車などの交通量を記した東京の道路地図を広げ、東京一の繁華街である浅草を起点に上野、新橋、品川へと結ぶ路線を示し、徒歩で3時間、市電で1時間かかるが、地下鉄道ならたった25分と力説する。

 渋沢が成功すれば他社が参入して経営が厳しくなると言うと、德次は他社は大歓迎、浅草-品川を幹線にして他社を支線で結べば利用客は増加すると答える。

 渋沢が地盤の弱さを問うと、德次は、聞き取り調査のとき人力車夫が日本橋は平らなのでありがてえという言葉をヒントに、東京市役所橋梁課を訪ねて技師から聞いた地盤の支持力は1尺平方あたり3~10㌧とかなり高い、と答える。
 渋沢はしばらく黙してから、自分には金が無いが面白い話なので友達ふたりに伝えると言う。友達ふたりとは、鉄道院総裁・後藤新平、東京市長・奥田義人だった。渋沢は德次に、奥田市長は忙しいから市議会の根回しはひとりひとり当たれ、後藤総裁は事務仕事に疎いから腹心の五島慶太に話をつけるといい、などの知恵を授けた。
 德次は、王子駅に向かって駆け下りながら、軻母子にやっと楽をさせられると嬉し涙を流す。
 ・・門井氏の筆裁きは手堅い。ハラハラさせながらも、德次の閃き、熱意、努力で政界の重鎮である大隈重信が動き、経済界の重鎮である渋沢栄一が動いた様子が生き生きと描かれている・・。

第2章 上野 かたむく杭打ち機 
 1925年、上野山東側の山下で地下鉄道工事の起工式が行われる。当初、浅草、上野、銀座、新橋、品川の経路で認可を受けたが、1923年に関東大震災が起き、東京で死者約10万人の被害になった。徳治は株主総会で浅草-上野間に縮小した計画を了承してもらい、東京市から縮小計画で工事実施の認可を受け、起工式にこぎ着けた。
 工事は大倉土木が請け負い、現場総監督に道賀竹五郎が選ばれた(大倉土木は大倉喜八郎を創始者とする大倉財閥に属す)。その起工式で德次は感激のあまり涙を流す。後ろに控えていた竹五郎が女々しいともらしたとき、のちに東横線を走らせる東京横浜電鉄・五島慶太が徳次の苦労に思いを馳せ感激で涙を流しながら、竹五郎を叱責する話が挿入される(五島慶太は徳次を師と思いつつ、徳次の会社を吸収する。徳次は激怒するが終盤で仲直りする。門井氏の筆裁きは軽快である)。
 
 竹五郎総監督は、土留め・杭打ち監督の坪谷栄、覆工監督の木本胴八、掘削監督の奈良山勝治、コンクリート施工の松浦半助、電気設備の与原吉太郎を前に、完成まで2年、切開覆工式で工事を進めると訓示する。
 切開覆工式とは、上野から浅草までの浅草通りを掘り下げて空濠にし、コンクリート製の四角い筒を並べて土を埋め戻す工法で、コンクリート製筒に線路を敷けば地下鉄道が完成する。
 坪谷栄のもと、上野から浅草まで道の左右に数百本の鉄杭が打たれていく。杭打ち機はベルリン製である。杭が並び、道の左右に土留め壁ができると、土留めのあいだの路面を30cmほど掘り、掘り終わったところから道路を横断して長いI形鋼を1.5m間隔でさし渡す。そのI形鋼の上に60cmおきに角材を並べ、その上に厚さ10cmの板を敷いてかりの道路にする。

 説明は簡単だが、浅草通りには市電が走っている。覆工は終電から初電のあいだの短い時間にまず市電の線路を外し、正確に30cm堀り下げ、横にI形鋼を並べ、縦に角材を並べ、厚板=覆工板を敷き、線路を戻さねばならない。

 覆工監督の木本胴八は新発田出身、20歳で兵隊に取られ、砲兵のときの野戦砲の爆発で視力を損なった。新発田出身の大倉喜八郎の縁で大倉土木のトンネル工事で働くことになり、視力は劣るが、触覚、嗅覚、聴覚に加え感が優れ、頭角を現す。
 終電から初電のあいだは夜、視力の劣る胴八には夜の方が本領発揮でき、職人に的確な指示を出し、覆工は順調に進む。

 早川徳次に与えられた1919年の地下鉄道工事の免許状には原敬内閣総理大臣名で「第2条・隧道の拱頂は地下50尺とす」と記されていた。50尺≒15mで、早川は東京帝国大学地質学者の調査結果をもとに鉄道省を説き、政府の認可の但し書きを適用して5尺≒1.5mの認可を受けて工事が進められた、などが挿入される・・初めての地下鉄道には難題が多かったようだ・・。

第3章 日本橋 百貨店直結 
 土留め・杭打ち工事、覆工工事が進み、23歳の奈良山勝治監督の下で本掘削が始まる。掘削は、掘り=掘削、出し=搬出、支え=支保に分かれる。まず地上から坑内の底板まで竪穴を掘る。掘った土砂はスキップホイスト=土揚げ機と呼ばれるゴンドラ状の箱を上下させて地表の溜枡に落とす。掘り終わった坑道に土留めのための支えを入れる。
 掘削*搬出*支保の連携だが、坑道が長くなると搬出の手間が増える。搬出用の線路を敷けば、次のコンクリート施工、電気設備の職人と入り乱れ混乱する。竹五郎が手詰まりで頭を抱えていたら、勝治が名案を披露する。
 坑道の中ほどに列柱の仕切りを作り、左に線路を敷いて掘削を進め、掘削が終了したら線路を外してコンクリート施工、電気設備に移り、線路を仕切りの右に敷いて右側の掘削を進める。これを交互に進めるのである。勝治は頭の回転が早く、人望もある。

 勝治の提案が採用され工事が順調に進み、1926年3月、早川徳次の案内で銀行団の視察を迎えた。視察後、三井銀行筆頭常務は同じ三井財閥に属する日本橋三越専務を訪ね、地下鉄道の開通は確実だ、浅草通りを掘り進めば間もなく三越前に達する、停車場からじかに店に出入りできるよう三越前に駅を置くように交渉したまえ、と告げる。さっそく三越専務は徳次を訪ね、費用は三越が負担するからと、三越前の駅を要望する。

 スキップホイストが2機増設され、掘削は順調に進んだ。そんなときに坑道の左側の土留めが崩れる大事故が発生する。土留めのI形鋼がぐにゃりと曲がり、覆工板が落ち、市電の線路まで垂れ下がってきた。不幸中の幸い、死傷者は出なかった。原因は、工事排水を流し込んでいた下水道の溜枡から漏水が始まり、大量の水を含んでついに土留め壁を崩した、とされる。

 しかし、事故以前から横木の点検などを省略して掘削を優先させてきた勝治への不信が事故によって表面化し、勝治は人望を失う。
 掘削工事に続いて、コンクリート施工、電気設備施工が進み、線路が敷かれ、駅が作られる。  続く

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