(続き) 場面は千武屋敷へ。神戸にいる父・慎五郎から「コンギ トトノフ」の電報が届き、栄一郎が祖父・総八郎に届ける。部屋の前に立つと秘書の関口が襖を開ける。栄一郎が総八郎に婚儀は誰のことかと聞くと、総八郎は八苑子爵令嬢・道子と京都の老舗呉服問屋・村井源治郎の縁談だと言う。
栄一郎が華族と平民の結婚は許されないのではと言うと、総八郎は、八苑子爵家の美術品、山林を高値で買い取ったがそれでも借金には足りず、黒塚伯爵の遺産の幾ばくかが伯爵夫人に渡り、それを実家である八苑子爵に譲り、残った借金の返済に充てて借金はなくなったので、爵位を返上し、道子と村井源治郎の縁談が成立したと話す。
栄一郎が八苑家に関わる利は何かと聞くと、総八郎は黒塚伯爵に対する恨みが燻っているので息を吹きかけたと話す。黒塚伯爵の死で総八郎は大陸での入札が有利になるのは確かだが、なぜ八苑家に肩入れするのか疑問が残る・・燻った恨みに息を吹きかけたのだから、千武総八郎が黒岩伯爵の死をもくろんだことになるが、燻った恨みとは何か?、八苑子爵はどんな役割をしたのだろうか?、永井氏は読み手に次々と疑問を投げかける・・。
その疑問に答えるように場面は八苑家へ。八苑子爵邸は高輪のもと旗本屋敷で、改装することなく住んでいる・・重嗣の父は時代を見誤って美術品を購入し重嗣は多大な借金を引き継いだ・・。
喪服の黒塚伯爵夫人が重嗣にこの屋敷に来るのは20年ぶりと話しかける・・20年前は妹・琴子が黒岩伯爵に嫁いだ時期・・。道子は別室で千武の書生・影森怜司と親しく話していて、伯爵夫人は重嗣に「血は争えませんね」と言う。さらに、重嗣に、「貴方は私を人だとすら思わない、私は自分の人生を操られてきたがいま自分の人生を手に入れた」と話す。伯爵夫人が部屋を出ようと襖を開けると、60を過ぎた八苑子爵家の女中頭・杉が涙ぐみながら夫人を見上げる。
重嗣の20年前の回想が挿入される・・鹿鳴館で琴子と踊った青年が気になり、琴子のお付きの女中・由紀に琴子を一人で出歩かせるなと重々言い含めたはずが・・この回想の意図は?・・。
重嗣の部屋の縁先には万年青の鉢が並んでいる。万年青を見ながら重嗣は黒塚伯爵家の夜会を回想する・・杉が御前は何も知らない方がいいと夜会の日に白い粉を重嗣に握らせ、夜会に浪人が飛び込んできて大騒ぎになった隙に重嗣は白い粉を黒塚伯爵のグラスに入れた、伯爵が苦しみながら息を引き取ったとき、呪いから解き放たれた心地と同時に恐怖が押し寄せた・・あっさり毒殺犯が明かされたが、呪いとは何か?・・。
八苑道子に婚礼祝いを渡そうと、斗輝子と八重が八苑家に来る。道子は斗輝子に、父がよかれと決めた縁談だがどんな相手か分からず不安と涙ぐむ。元気を取り戻した道子は、宝石箱から斗輝子と八重に飾り物を渡す。斗輝子はその箱の蓋に水仙の花が象眼されいるのに気づく。道子は、この部屋も宝石箱も伯爵夫人・琴子が使っていて、水仙は八苑琴子の印と話す。
怜司の帯留めも水仙、気になった斗輝子は、八苑家を出たあとに銀座の高橋商店に寄り、渋る店員に無理強いをして古びた帳面を見せてもらい、八苑子爵令嬢・琴子自身が描いた水仙の銀細工の帯留めの注文書を見つける・・まぎれもなく怜司の帯留めと一致する・・伯爵夫人・琴子の水仙、怜司の亡くなった母の形見の水仙、新たな謎かけである・・。
話を八苑家に戻す。八苑子爵の蔵から千武男爵が買い取った品を大八車に運び、杉は斗輝子に、千武男爵の心遣いで道子の支度が調ったと礼を言う。斗輝子が八苑子爵に挨拶すると、八苑子爵は万年青の鉢を千武男爵に届けるよう頼む。
千武家に戻った斗輝子は祖父のいる和館に万年青の鉢を運び、関口が襖を開けたときつまづいて鉢を落としてしまう。割れた鉢の中に薬包のようなものが見えたが、関口がそそくさと片付けた・・黒塚伯爵の死因は万年青の毒のようだ・・。
4 黒塚伯爵の葬儀で葬儀委員長がなかなか決まらなかった話がが挿入されたあと、参列した斗輝子は毎報社記者の上条一真に誘われ、黒塚伯爵の死を看取った高輪の医者・渡会敦に会う。度会は、警察発表では黒塚家の要望で病死だが、鈴蘭、馬鈴薯、万年青などによる毒殺と断定する。度会は、家が近かったので先代の八苑子爵に万年青を乾燥させた粉を貼れば腫れが引き、飲めば毒になることなどを教えたとも話す。
さらに、7日ほど前に影森怜司が黒塚伯爵の死は万年青の毒ではないかと確かめに来たと話す・・怜司の的確な動きに一目置きつつも負けず嫌いの斗輝子は自分を誘わなかったことを不満に感じたのではないだろうか、永井氏の筆運びは軽妙である・・。
黒塚伯爵邸に場面が移る。伯爵夫人琴子は、・・16歳で嫁いで間もなく数寄屋の離れに追いやられ、ある日、酔った黒塚が琴子に貴様のような女がなぜここにいると刀で斬りかかったとき、当時20歳の青井が腕を斬られながらも黒塚を当て身で倒して助けてくれた20年前・・を回想する。以来、青井が忠実に仕えるだけで、女中たちは正妻である琴子から距離を置いた・・斗輝子が気づいたことは前出した、琴子が重要な伏線・・。
琴子が伯爵家を継いだ黒塚隆良の子・孝明に呼ばれ和館の広間に行く。孝明は琴子より8歳年上の45歳、琴子に15歳のときに目の前で母が殺され、父・隆良は母の仇、父の死でホッとしていると話す。隆良が、琴子が家を出たがっているので目黒、鎌倉、足柄に寮があると言うと、琴子は鎌倉を選ぶ。孝明は、隆良の家令・青井は忠義が厚く安心して任せられるので青井を鎌倉に行かせると言い、青井も琴子も受け入れる。
広間を出て、琴子は青井に巻き込んでしまったというと、青井は望んで巻き込まれたと答え、琴子は半年前を回想する・・千武男爵から琴子に夜会招待状が届く。青井の段取りで隆良が不在のとき琴子が千武家に行くと、総八郎が「貴女が奪われたものが全てここにある、貴女が人生を取り戻す手伝いをしたい」と話す。帰りの馬車で青井は琴子の望みを叶えたいと言う。数日後、千武から策の詳細が届く。琴子は青井を通して兄・八苑子爵に策を伝える・・。
そして、黒塚男爵の生誕祝賀会の夜、離れにいた琴子は青井から黒塚が死んだことを聞く。ホールに行くと黒塚が椅子に頭を垂れて死んでいて、警察が毒殺の可能性もあると言うので、故人の名誉のため病死にして欲しいと答える・・黒塚の死の筋書きが明らかになったが、まだ真相は謎、永井氏の仕掛けは複雑で奥が深い・・。
斗輝子と怜司が黒塚伯爵邸を訪れると、孝明は父・隆良への憎しみを隠そうとせず、隆良が死んだのでこれからは千武家とビジネスで手を組むと話す・・孝明と千武総八郎は以前から思惑が一致していたようだ・・。
斗輝子と怜司の前に黒塚伯爵夫人が現れる。怜司は水仙の帯留めを見せ、母・八苑琴子の形見と言うと、伯爵夫人・琴子は崩れるようによろめき、八苑子爵令嬢は黒塚伯爵との婚儀の直前に怜司の父と駆け落ちし、すでに結納金を受け取っていた八苑子爵は琴子のお付きの女中・由紀を身代わりに嫁入りさせた、黒塚伯爵は金で買った嫁と言い、由紀はほどなく幽閉されるように離れに住まわされ、20年間、伯爵の刀に怯え、八苑子爵を恨み、駆け落ちした琴子を呪いながら暮らしてきた、と話す。
黒塚伯爵夫人・琴子=由紀が、私の心が死にかけていたとき、千武総八郎が望みを叶える術、ここから出る術を教えてくれ、黒塚伯爵の死で幸せを手に入れることができたと涙目で怜司を見る。怜司は、母は僕を一人で産んで、庄屋の離れで暮らし、子爵家にいたころを懐かしみながら心を病んで死んだと話し、母に代わり貴女に詫びる、と言って部屋を出る。
・・永井氏の仕組んだトリックが明らかになった。身代わりで嫁入りさせられ、20年も幽閉の暮らを強いられた由紀の怯え、恨み、呪いは想像を超えるが、由紀を救うことを大義名分にした千武総八郎の企みは大がかりである。その真相は斗輝子、怜司に語られる・・。
総八郎が斗輝子に、伯爵夫人・琴子一人に重荷を背負わすのではなく同志を募った、黒塚孝明は母を殺された憎しみがあり、八苑子爵は妹の身代わりに女中を嫁がせたことで黒塚から援助どころか嫌がらせを受け、家令の青井は密かに伯爵夫人を慕っていることを突き止め、全員が得をする方法を探り、誰が手を下すのが良いかを考えた、これは殺人ではなく暴君を相手にした反乱なのだ、と語る。
・・この戦略は、総八郎に都合が良すぎる。古来より都合の良い戦略で勝ち抜いたものが主導権を握るのが歴史でもあるが・・。
場面は怜司と総八郎に変わる。黒塚伯爵の夜会への出席は総八郎の企みであり、さかのぼって八苑子爵令嬢・琴子と夜会で踊った書生もあらかじめ総八郎が手引きしていたようだ。(琴子が書生と駆け落ちしたのは誤算だったかも知れないが)、戦略は臨機応変、総八郎は怜司を見つけ出し、衣食住の費用を出して育て、総八郎の期待に応えてくれた、怜司が望むなら斗輝子を娶って千武を名乗っても良いと話す。
幕締めは新橋ステーション、(八苑子爵は、村井源治郎の見舞いを受けたとき道子を任せられると安堵し、ほどなく息を引き取り)、京都へ向かう列車の前で、道子はにこやかな顔で村井源治郎とともに斗輝子の見送りを受ける。杉も道子に同行する。青井が由紀からの珊瑚で象られた李の花の帯留めを道子に渡す。杉にも育ててもらった礼の品を渡す・・それぞれ新しい人生へ旅立つ、めでたしめでたし・・。
道子たちを見送った斗輝子は、帰ろうとして40ほどの貿易商か銀行家のような紳士とぶつかる。紳士は道子たちを見送りに来たが遅かったようだと話し立ち去る。斗輝子は、少し先で遠くからホームの先を見つめている怜司を見つけ、一瞬、さっきの紳士が怜司に似ていたことに気づく・・怜司の父か?・・。すでに男はいない。
斗輝子と怜司はいつものように軽口を交わしながら歩き出す。
婿入りしたのに妻を斬り殺し、替え玉とはいえ嫁を20年も幽閉する伯爵、莫大な借金をかかえ妹を身売り同然に嫁がせる子爵、富で成り上がった男爵のさらなる高みを狙った大がかりな企み、といった旧態依然の社会のなかで、物怖じせず新しい時代に向かおうとする若者の明るさが永井流筆さばきで描かれている。猛暑を乗り切る息抜きになった。 (2024.7)
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