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「藩邸差配役日日控」斜め読み

2024年10月01日 | 斜読

book570 藩邸差配役日日控 砂原浩太朗 文芸春秋 2023

 砂原浩太朗(1969-)氏は、「高瀬庄左衛門御留書」で野村胡堂文学賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、舟橋聖一文学賞、「黛家の兄弟」で山本周五郎賞を受賞していて、webの評価は高い。読後感のなかに「藩邸差配役日日控」も受賞に値する、大衆文学の手本、心を和ませる表現が随所に織り込まれている、などの評があったので「藩邸差配役日日控」を読んだ。
 架空の神宮寺藩七万石江戸藩邸で、架空の差配役(=何でも処理する役)・里村五郎兵衛が藩で起きる大ごと、小ごとに対処していく小話集である。それぞれ独立した話ながら、最後の「秋江賦」でそれまでの謎めいた事情が明らかにされる構成をとっている。
 高評価の読後感が多いが、私には、淡々として穏やかな筆さばきで緊張感、躍動感が抑えられ、武家社会の暗黙の掟とはいえ正しいと思っても口を閉じ、心情を内に秘めてしまう里村五郎兵衛にもどかしさを感じた。著者は、悶々とした心情を秘めながら日々の差配を努める武士像を描きたかったのかも知れない。

 里村五郎兵衛は40半ば、妻・千代は徒目付・高山家から嫁入りし、長女・七緒を生み、澪が生まれて間もなく他界、男手で七緒と澪を育ててきた。
 長女・七緒は御納戸方の河瀬新之丞に嫁いだが、河瀬は御納戸方で起きた収賄で濡れ衣を着せられ、身の潔白を書状にし自裁(のちに河瀬に罪を被せたのは同輩と判明)、七緒は里村家に戻っている。
 澪は、小太刀に熱を上げ、道場に通い、藩侯の前で型を披露して褒美をもらい、女中たちの指南もしていて、世子・亀千代と親しい。
 千代の妹・咲乃はゆえあって独り身、ときどき里村家に来て子どもたちの相手をし、泊まっていくこともある(最後まで読むと語り口の不自然さが気になる)。
 藩主・正親は国もとに戻っていて、出府の前に体調を崩し江戸入りが遅れている。江戸藩邸では家老・大久保重右衛門と留守居役・岩本甚内が対立していたので、正親は藩の内紛を明らかにするために出府を遅らせ、藩主側用人・曽根大蔵を密かに江戸に送ることにしたようだ。
 正親の正室・お煕と10歳になる世子・亀千代は江戸藩邸にいる。

1話「拐かし 」 世子・亀千代が恒例の花見に出かけ、女中も含め10人の供が見え隠れに付いていたにもかかわらず不忍池の人混みに紛れてしまう。供は差配役の仕事である。非番だった里村も不忍池に駆けつける。弁天堂で袱紗に包まれた亀千代の守り刀が見つかる。
 亀千代に何かがあれば、最悪の場合、責任をとって切腹である。いったん詰め所に戻り、改めて袱紗と刀を調べていて、五郎兵衛は袱紗の匂いから藩侯から褒美にもらった袱紗に気づき、澪を問いただす。澪は、亀千代から自由に町の様子を見ておきたいと強く頼まれ、誘拐劇を手伝ったそうだ。
 翌日、弁天堂で亀千代を発見、奥に送り届け、一件落着する。
 
2話「黒い札」 神宮寺藩奥の調度を扱う御用商人・池田屋が御用を返上したので、新たな御用商人を選ぶ入れ札が行われる。御納戸頭・森井に加え、差配役・里村も同席する。
 昨年の掛かりは205両である。入れ札参加の大和屋は195両、ほかの2家は220両、225両だったので、大和屋に決まりかけたが、家老・大久保から仕切り直しが命じられ、里村に入れ札の不審を調べるよう伝えられる。
 大和屋が谷中の料亭に入ったとの知らせを聞いて里村が料理屋を見張っていると、大和屋が帰ったあとに森井が出てきた。(里村は池田屋を訪ね、御納戸頭・森井から2年で100両余りの賄賂を献上させられていて御用を返上せざるを得なかったことを知る)。
 仕切り直しの入れ札に突然池田屋が加わる。驚く森井に、里村は「やなか」と言って入れ札を進めさせる。結果、大和屋190両、池田屋180両、他の2家は200両超えで、池田屋に決まる。
  池田屋は賄賂が無くなれば180両でも十分に採算が合うそうだ。(となると、大和屋の190両は森井への賄賂を含んだ見積もりだったことになる)。公になれば森井は切腹である。里村はことを公にせず森井を隠居させてことを納める。

3話「滝夜叉」 厨方で働く女中・滝は妖艶で、滝に恋い焦がれる百姓の常吉が女房を捨てて中間になり、滝を巡ってほかの中元と喧嘩沙汰になる。里村は常吉に罰を与えたのち女房に引き取らせ、滝を馴染みの店に紹介してことを納める。

4話「猫不知」 正室・お煕は輿入れのときに連れてきた猫・万寿丸を大事にしてきたが、万寿丸が行方不明になり差配役に5日以内に探しだすよう命じられる。
 屋敷内をくまなく調べたが見つからず、亀千代の記憶をもとに似顔絵をつくり、似顔絵をもとに町なかのそっくりな猫を捕まえ、お煕に見せるが万寿丸とは違っていた。さらに三里四方に捜索を広げて猫を探し、約束の刻限に猫を見せるが万寿丸とは違い、お煕が落胆しすすり泣き出す。
 そこに亀千代が現れ、お煕の肩を摩り、落ち着いた母を庭の奥の高い杉の木のもとに案内し、万寿丸がここに寝ていると告げる。動揺を鎮めたお煕は亀千代をやさしく抱き、一件落着する。
 
5話「秋江賦」 里村五郎兵衛は神田明神参道で目付役・彦坂繁蔵が落とした紙片を拾うと、「無につくがよし」と記されていた。意味が分からないまま過ぎる。家老・大久保重右衛門は、目付役・彦坂繁蔵を閉門にする。なぜ閉門か理解できないまま過ぎる。
 中屋敷、下屋敷の管理も差配方の役目である。下屋敷を調べていると、老武士が蔵の米・味噌の減りが多いのは中間の食が進んだためのようだと話す。
 話が飛ぶ。里村は、国元から秘密裏に江戸に戻っていた側用人・曽根大蔵から、内膳正が殿亡き後を狙っているらしいことを聞く(曽根大蔵らは下屋敷に隠れていたため米、味噌の減りが早くなった)。
 現藩主正親の祖父で二代前の藩主の弟は神宮寺藩から分かれ、旗本・内膳正として屋敷を構えている。里村五郎兵衛は「無につくがよし」は「無いに月が善」=内膳と気づく。家老・大久保重右衛門は内膳正の怪しげな動きを察知し、目付役・彦坂繁蔵を閉門にして密かに調べさせようとしたらしい。

 話が変わる。里村が亀千代のお供で日本橋界隈へでかけ、神宮寺藩御用商・池田屋で休息したとき、亀千代が里村に密かに話しかけ、里村の返答を聞いて亀千代が気落ちする話が挿入される(幕締めでその理由が語られる)。

 里村の次女・澪が行方不明になる。留守居役・岩本甚内に呼びだされた里村は、指図に従わなければ澪は帰ってこないと脅される。
 内膳正が上屋敷に来る。亀千代が挨拶し、内膳正が帰ったあと、亀千代が白湯を所望する。里村は女中より先に立ち、厨方で白湯に岩本甚内から渡されたしびれ薬を入れる。
 亀千代に白湯を渡す寸前、里村は自分が犠牲になる覚悟で毒味といって白湯を飲もうとする。家老・大久保が現れ医師・玄峰に白湯を調べさせようとすると、岩本甚内が立ちはだかる。そこへ閉門を解かれた彦坂繁蔵が澪を連れて現れる。
 藩主を狙った内膳正、出世を欲した岩本甚内の策謀は、側用人・曽根大蔵、家老・大久保重右衛門、目付・彦坂繁蔵、命を張った里村五郎兵衛らの働きで明らかになる。

 江戸藩邸に戻った藩主・正親が家臣の労をねぎらう。皆が退室したあとに残された里村に正親が親しげに声をかける。
 正室・お煕が嫁入りする前、正親は奉公の咲乃と思いを通わせ咲乃は身重になるが、当時の藩主である父の許しが得られず咲乃は実家に戻され、生まれた子は里村五郎兵衛の妻・千代の子とされ、千代亡き後、里村家で澪として育てられたこと、亀千代から日本橋界隈に出かけたとき池田屋で里村に澪を娶りたいと打ち明けられ、里村が澪は正親の子と明かしたことが説明されて、幕が下りる。

 最後の幕締めを盛り上げるためだろうが、咲乃、澪、亀千代に関わる話に不自然さを感じ、それが物語の緊張感、躍動感を抑えてしまったのではないだろうか。正親が藩主を継いだとき、正室・お煕に打ち明け、咲乃、澪を迎え入れる決断をするような毅然とした姿勢を打ち出せば、家老と留守居役の確執や内膳正の企みは起こらなかったと思うが、そうなると藩邸差配役日日控の物語が無くなってまう。小説とは難しいね。砂原さん、ご苦労様。 (2024.9)

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