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「ペンション殺人事件」=スウェーデンで腕に数字の刺青がある未亡人が殺される、事件の背景は?

2019年07月01日 | 斜読

book494 ペンション殺人事件 イェジィ・エディゲイ 早川書房 1978  
  著者イェジィ・エディゲイ(1912-1983)はポーランドの推理作家である。
 ポーランドツアー帰国後に読み終えた「顔に傷のある男」は1970年出版で、1977年に日本語訳が出版された。
 本書は「顔に傷・・」の前年、1969年に出版されたが、日本語訳は「顔の傷・・」の1年後の1978年に出版された・・日本語訳はこの2冊だけ・・。
 「顔に傷・・」(book493参照)は、ポーランド独立後の共産党一党支配だった1970年代の農村の分署長が主役で、二人組の強盗の正体を演繹法で解いていく展開である。  
 ところが1年前に出版された「ペンション・・」は、主題も舞台設定も物語の展開も「顔に傷・・」とは様相を異にする。
 2冊しか読んでいないから確証はないが、イェジィ・エディゲイは著名な推理小説を読み重ねて著者なりの作風を模索しながら、著者の強烈な原体験を下敷きに「ペンション・・」を構想したのではないだろうか。

 「ペンション・・」の舞台は、スウェーデン最南部の大都市マルメから数km離れたロムマという小さな町の郊外に建つ、ズンド湾に面した別荘である。
 裕福な実業家の別荘を改修して、アストリド・ブランドス夫人が金持ち相手のペンションを経営していた。広い庭があり、屋敷の周りは塀で囲まれている。
 建物はP16・・3階建てで、1階にサロン、食堂、図書室、小さな客室が4部屋と共同のバス、女主人の部屋があり、2階と3階は同じつくりで、ズンド湾に面したバス付きの客室が8部屋とサロンが並ぶ。
 殺人事件当時、2階にトゥベンソン夫妻、警察医で主役のビョルン・ニレルド、ノラ・リンドネル婦人、3階に貿易会社社主で大金持ちのマリヤ・ヤンソン未亡人、銀行重役のグスタフ・ダリン、不動産業者のイングワル・ハルジングが滞在していた。
 全員が長期の休暇で、この別荘を気に入り、リピータも少なくないらしい。朝食は、住み込みで働くメイドのリリアンがそれぞれの部屋まで運ぶ。しかし、昼食と夕食は、特別のことが無いかぎり全員が食堂に集まり、そろって食事を取る。食事が終わると、誘い合って海で泳いだり、サロンでブリッジをしたり、一人で本を読んだり、町に買い物に出たりして過ごす。
 やがて3階の大金持ちの未亡人マリヤ・ヤンソンが部屋で殺されるのだが、海辺の別荘で休暇を過ごしているときに殺人事件が起きる展開に、アガサ・クリスティ著「白昼の悪魔」(b362参照)を思い出した。
 被害者は頭蓋骨を割られ殺されていた。警察医ニレルドは死亡時刻を5時~7時と推定するが、そのころ1階のサロンで4人がブリッジをしていて、誰も階段を上り下りしていなかったと証言する。
 のちに警察が調べ、ヤンソン未亡人の部屋の木の小箱に入っていた宝石がなくなっていることが分かる。ところが小切手帳は部屋に残されていた。密室殺人に似た設定、宝石だけを狙う強盗といった謎も推理小説にはよくある。
 この本は、警察医ニレルドが事件について日記をつけ始めるところから始まる。登場人物が事件を記録するのは、シャーロック・ホームズシリーズに登場するワトソンを連想させる。
 実際、P182にシャーロック・ホームズの名前が登場する。
 犯人と動機は、「14 マグヌス・トルグが語る」、「15 ニレルド博士が日記を書き終る」で明らかにされるが、死亡時刻が鍵になっている。これも推理小説は常套手段として使われる。など、著者が先達の推理小説の影響を受けたと思われるところが少なくない。

 もっとも著者の主題は、ヤンソン未亡人の腕の刺青38242に隠されている。
 数字の刺青は、ポーランド・オシュヴェンツィムのアウシュビッツ収容所に収容されたことを意味する。
 当時、300万人がナチスによって殺されたといわれる。
 実は、マリヤはポーランド人で、1942年2月に家族とともにオシュヴェンツィムに送られ、ナチスの将校の選別でマリヤ以外の家族がガス室で殺され、労働に耐えられそうなマリヤ達は過酷な労働を課されたが、スウェーデン赤十字のフォルケ・ベルナルドッテ伯爵がヒトラーと交渉してマリヤたち数千人の送還が成功し、マリヤはストックホルムで小さな食料品店を営むヤンソン夫妻に引き取られる、マリヤは献身的に働き、ヤンソン夫人が大病にかかり息を引き取るときに、息子の養育と夫ヤンソンとの結婚を遺言する、その後、マリヤの才覚で立ち上げた海運会社が貿易会社へと発展し、やがて夫が死別する・・など、マリヤの生い立ちも語られる・・オシュヴェンツィムの悲惨が伝わってくる・・。

 そのマリヤがなぜ惨殺されたのか。続いて、ポーランドじいさんと呼ばれていた年寄りの猟師が殺された。腕には147859の刺青があった。
 となればオシュヴェンツィムに事件の鍵がありそうだが、強盗説に固執する登場人物がいる・・。

 ずいぶん前のことだが、元ナチスの戦争犯罪人が捕まったという報道があった。
 1940年代に30代~50代であれば、この本の書かれた1970年代には60代~90代である。正体を隠している元ナチスが各地で捕まっていたから、この本はナチスの悲惨さを目にしたであろう著者ならではの着想と感じた。

 物語は、1 警察医が日記をつけ始める  2 死亡時刻は5時から7時のあいだ  3 ナンバー 38242  4 マグヌス・トルグが訊問を始める  5 ある立身出世物語  6 警察医の手記  7 <老ポーランド人>  8 真珠の指輪(ニレルド博士の手記)  9 捜査続行  10 砂浜の流血  11 新来の客  12 富豪の気まぐれ  13 真夜中の冒険  14 マグヌス・トルグが語る  15 ニレルド博士が日記を書き終る  と展開する。(2019.6)

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