あなたにとって“交代”とは何ですか?
トニーニョ・セレーゾ×反町康治×西野朗
なぜそのカードを切る? コンフェデにおけるザッケローニの采配を見て、
そう思った人は多いだろう。ザックの頭の中は、ザックにしか分からない。
しかし、監督という人種の思考回路は、監督に聞けば分かるかもしれない。
サッカーの基本的ルールである選手交代について、3人の監督に話を聞いた。
3連敗を喫したコンフェデではザッケローニ監督の采配、特に交代が気になった。
イタリア戦では前半で2-0とリードしながら、後半に逆転負けを喫した。メキシコ戦では、先制されて3-4-3に移行したが、流れを呼び込めず元の形に戻してしまう。
考えてみれば、ザッケローニが交代によって流れを変えた試合は少ない。延長戦で投入した李忠成がボレーを決めた2011年アジアカップ決勝が印象深いが、それ以外に見当たらないのが現実だ。
ザッケローニの交代は、なぜ当たらないのか。この疑問をきっかけに、監督たちが交代をどう考えているのか知りたくなった。交代はどれだけ勝敗を左右するのか。いい交代をするために、監督は何をしているのか。交代にテーマを絞って、経験豊富な鹿島アントラーズのトニーニョ・セレーゾ、松本山雅の反町康治、そしてガンバ大阪を10年間率いた西野朗にインタビューした。監督の頭の中を覗くことで、代表監督の選手交代について考えてみたい。
「交代の成否は選手層とチーム編成にかかってくる」
トニーニョ・セレーゾ Toninho Cerezo
1955年4月21日、ブラジル生まれ。'99年に監督デビュー。'00年から'05年まで鹿島を率い、就任1年目にJリーグ、ナビスコ杯、天皇杯の三冠達成。今季8年ぶりに鹿島の監督に復帰。
「あなたの交代の哲学を教えてください」
アントラーズのクラブハウスに現われたセレーゾに単刀直入に尋ねると、彼は子どもを諭すように「ボールは丸くて、いろんな転がり方をするんだ」と喋り始めた。
「例えば日本の指導者は『ここにボールが入ったら、次はこう動け』というふうに教える。約束事を決めるのは日本文化の素晴らしいところだけど、サッカーは脳からいちばん遠いところにある足を使うスポーツだということを忘れてはいけないよ。選手がいつも、決められた通りにプレーできるとは限らないんだ。約束事に縛られると、選手が決められた動きをできなかったときに、本人や周りが慌てることになってしまう」
セレーゾが説くのは、イレギュラーが相次ぐサッカーを約束事に落とし込むことの危険性だ。台本を完璧に覚えるだけでは、ゲームはできない。その場その場でアドリブができる感性を持たなければ、サッカーを知っているとはいえないのだ。
「交代の成否は選手層とチーム編成にかかってくる」とセレーゾは力説する。選手層と編成は、極論すればサッカーを知る選手が揃っているかどうか、と言い換えていい。
セレーゾが印象深い交代は「ない」と言い放った理由。
「昨季のマンチェスター・ユナイテッドをずっと観察してきたが、交代の多くは80分以降だった。そのことからわかるのは、マンUの選手たちには体力的な持続力があり、戦術的なポジショニングや規律をしっかりと守り続ける能力が高いということだ」
先発で送り出した11人が、しっかり試合を読んでプレーできれば自ずと勝利は近づく。監督がわざわざ交代を使って、チームを助ける必要はない。
現役時代、トヨタカップをはじめ21度も優勝を飾ったセレーゾに印象深い交代を尋ねると、つれない答えが返ってきた。
「ないよ。いつも強豪チームでプレーしていたから、問題なんて起きなかったんだ」
これは強がりではないと思う。彼はブラジル代表ではジーコやソクラテス、サンプドリアではマンチーニやビアリといった名手とプレーしていた。サッカーを知る同僚がいれば、大抵の問題は自分たちで解決できる。だからセレーゾは監督として達成したJリーグ史上初となる2000年の三冠も、自分の手柄だと誇ったりしない。
「当時のアントラーズは代表経験者の集まりで、外国人はトップレベル、若手も五輪代表ばかりだった。経験豊富な彼らは試合の流れを五感、六感で感じ、それを互いに伝えながらプレーしていたんだ。だから交代は多くの場合、1、2人目で流れを作り、3人目は時間稼ぎ、それでよかった。でも、いまのチームは余裕がないから、先を見据えた交代はできない。目先の試合を取りにいく交代をしなければいけないんだ」
松本山雅を率いる反町監督は完璧な準備と状況把握に腐心する。
反町康治 Yasuharu Sorimachi
1964年3月8日、埼玉県生まれ。'97年の現役引退後、'01年から'05年まで新潟の監督を務めた。'08年北京五輪代表、'09~'11年は湘南の指揮を執った。昨季から松本山雅の監督に就任。
サッカーを知る選手が揃っていれば、監督は「マジシャン」でなくてもいい。とはいえ、いまのJリーグに黄金期のアントラーズのようなチームは見当たらない。選手が臨機応変に試合を運び、勝利することが難しいとなると、監督の采配、交代が重要な意味を帯びてくる。J2なら、なおさらだ。松本山雅を率いる反町に交代の極意を尋ねると、「とにかくちゃんと状況を把握すること」という答えが返ってきた。
「試合には勝ち、同点、負けの3通りあって、それぞれを想定してベンチメンバーを選んでいる。とにかく相手の事情も含めて、あらゆる状況を考えるんだ。もう何百通りにもなるよ。試合直前にも相手を見ながら“こうなったら、こうする”という形を紙に書く。でも試合が始まれば怪我人が出たり、相手の並びが違ったりして状況が変わるから、試合前に完璧に準備して、さらに試合中に即興で対応するしかないんだ」
交代策をプラスにするための重要なポイント。
サッカーでは同じ状況は二度となく、交代の模範解答集も存在しない。その場の状況を素早く正しく判断して最良だと思う手を打つ、それしかないのだ。そのためにはまず、監督が試合の流れや選手の状況を把握しなければならない。
「状況を正しく把握するには、経験を積むしかない。監督を始めた頃といまの自分を比べると、見えている情報の量が全然違う。最初の5年は試合中に自分のチームの状況を見ることはできても、相手の状況を見て考えることなんてできなかったよ」
アルビレックス新潟、北京五輪代表、湘南ベルマーレ、松本と多くのチームを率いてきた反町は、「交代はチームにプラスをもたらすべきもの」と考えている。プラスになる交代をするために自らに課していること、そのいくつかを彼は教えてくれた。
交代する前に、必ずキーパーコーチの意見を聞く。「ゴールの3割がセットプレーから決まるんだから、選手を代えてセットプレーの高さで問題が起きないか、そこは確認しなければならない」
勝っている試合の終盤は、一度にふたりは代えない。「ひとりで1分半は時間稼ぎができるんだから、同時に代えたらもったいない」。時間をかけるために、意図的にベンチから遠いサイドの選手を代えることもある。
◇ ◇ ◇
レフリーの傾向や相手のハーフタイムの動き……反町の交代判断の基準は、
様々な状況を加味したものだった。一方、G大阪の黄金期を築いた西野朗は、
攻撃的な選手を投入して仕掛けていくタイプだった。彼の積極的な采配は、
日韓W杯時の“ヒディンク・マジック”に大きな影響を受けたのだという――。
「先発で送り出した11人が、しっかり試合を読んでプレーできれば自ずと勝利は近づく。監督がわざわざ交代を使って、チームを助ける必要はない。」
この言葉に集約されておるのではなかろうか。
試合開始以前に、その試合のプランを練り、戦術を組み、選手に伝え、練習で確認する。
ここでの約束事が守られ、そしてプラン通りに試合が運ばれておるならば、選手交代の必要はないのである。
逆に交代が早いということはプランが狂った、もしくは間違っておったということに他ならぬ。
解説者ぶった者が選手交代の遅い監督を揶揄するケースを耳にするが、それは大きな間違いと言えよう。
交代が遅いとされたトニーニョ・セレーゾ監督もオリヴェイラ監督も、自分が間違っておればスパっと交代カードを切る。
それもまた、監督の資質である。
しかし、それはプランが狂っておるということなのだ。
最初の11人で試合を終えることが叶えば、それは監督の思い描いたサッカーが出来たということとなろう。
そのような試合を見ることが出来た際には幸せを噛み締めるべきである。
とはいえ、何が起こるかわからぬことがサッカーの妙味でもある。
それもまた楽しみにしてスタジアムへ向かいたい。