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汚れた天馬、ディープインパクト

 事実の推移を簡単に振り返ると、現地時間で10月1日、日本の競馬ファンの大きな注目を背にフランスの凱旋門賞に挑んだディープインパクト号は同レースで3着に終わり、11日には年内引退と51億円での種牡馬シンジケートを発表する。ところが、その後19日に、フランスでは使用が禁止されている薬物イプラトロピウムが尿から発見され、現在、疑惑の渦中にある。馬は元気であり、秋の天皇賞への出走登録もあったが、これを回避したものの、ジャパンカップには出走の意思を表明している。同号とともに凱旋門賞に挑戦した、池江調教師、武豊騎手は、この問題に関して基本的にノーコメント、JRAはイプラトロピウムが日本での禁止薬物に指定されていないことから、ディープインパクト号の日本での競争出走には問題ない、との立場だ。

 事実関係が明かされていないので、何がどうなっているのか、正確なことは分からないが、今の段階で、思っていることを幾つか書いてみる。

 先ず、凱旋門賞のレースだが、これは、武豊騎手の乗り損ないではないかと思うが、ディープインパクト号の価値を損なうものではなかった。

 ディープインパクトは、珍しく好スタートを切り、馬群の先団、外側につけて、折り合うことが出来た。内に有力なライバルと目されたハリケーンラン、シロッコを見ることができ、アウェイ故に心配された他馬の妨害も受けないポジションが取れた。常識的には、またとない良い展開であり、上手く乗ったとも言えるのだが、いつも追い込んでいる馬がはじめて先行して戸惑った可能性は大いにあると思う。直線に入って追い出され、一時先頭に立つも、いつものような伸びはなく、斤量が3.5キロ軽い3歳馬二頭に差されて3着になった。

 タラ・レバの類であることは承知で言ってみると、せっかく少頭数だったのだし、追い込みに徹していれば、勝てたのではないか。そう思う根拠の一つは、後から訂正されて発表されたレースのタイムが、あのタフな馬場にもかかわらず、2分26秒台と高速馬場の府中並みの時計だったことであり、ディープインパクトは、ハイペースを先行して、早めに抜け出しを図ったことになるからだ。つまり、武騎手はペース判断を誤った可能性がある。テレビ中継で、解説の岡部騎手が直線に入ってから「まだまだ!」と言っていたのが印象に残る。いつもの脚質通りの追い込み競馬をしていれば、かつてのダンシングブレーブのような豪快な快勝が見られたかも知れない。

 しかし、馬の力の評価という点では、同斤量で走っている古馬の全てに先着し、特に、前記のハリケーンラン、シロッコの二頭に先着していることは大きく、同世代の古馬最強との評価が出来る。つまり、馬の能力評価を下げるようなレースではなかった。

 種牡馬としての高い評価は当然だったと思うし、そう考えて、敢えて指摘すると、51億円は安すぎた。

 ディープインパクト号のシンジケートは、8千5百万円で60口、とのことだが、近年の種牡馬の管理技術の進歩から見て、同号は、年間200頭ぐらいの種付けを行うことが期待できる。同馬の父、サンデーサイレンスは200頭ペースだったし、最高記録はダービー馬キングカメハメハの250頭台らしい。サンデーサイレンス並みの3千万円は無理としても、一回2千万円は取れるだろうから、年間の種付け料は40億円、無事に種付けすると2年間で元が取れる(40億円×2年=80億円)。これは、子供がレースに出走するのは3年目からなので、もし、ディープインパクトの子供の出来が冴えなくても、それが判明する前に利が乗っているということになる(もちろん、同馬の健康とか、事故のリスク、種付け能力の不確実性などはあるが)。その後も順調なら、大儲けが続く。

 ディープインパクト号の年内での引退を惜しむ声があるが、賞金2億円かそこらの日本のG1レースを勝つことよりも、レース中の事故や、惨敗によって種牡馬としての評価が下がるリスクを考えると、本当は、もうレースを使いたくない、というくらいが馬主サイドの経済的な本音ではないかと思う。まして、もうシンジケート価格は決まっているのだ。

 すると、何かおかしいことに気付かないか? そう。シンジケート価格が安すぎることと、その中途半端な時期だ。

 ディープインパクトが使用したとされるイプラトロピウムは、日本では流通していないが、喘息の薬であり、呼吸機能を改善する効果がある。また、その後の報道によると、ディープインパクト号は、日本でも喘鳴というほどではないが、呼吸器系のトラブルがあって、呼吸機能を改善する治療を行ったことがある、という。もちろん、少なくともレース後の検査で分かる形で禁止薬物を使ってはいないので、ルール上は問題がない。

 但し、凱旋門賞の3着が薬物問題で取り消されることになると、国際的な評価は下がるだろう。また、イプラトロピウムは日本で禁止薬物ではないというだけで、ディープインパクト号が呼吸器系に弱さを持っていたことや、過去にもこれを治療しながらレースに出走していたことは、同号の評価を大きく下げる可能性のある情報だ。いくらか刺激的な言い方になるが、「ディープインパクト号は、種牡馬としてキズモノなのだ」ということが、現時点では、なにがしか言える。この点は、薬物の投与が陣営の意図的なものであっても(普通はそうだろうが)、フランス競馬界の陰謀(?)であっても、基本的には変わらない。

 この薬物は競争能力には関係がない、との意見もあるが、呼吸機能・心肺機能は馬にとって重要であり、特に、馬が息を止めて走る、最後の直線にどれだけ力を残せるかという点は、馬の酸素摂取能力に大きく関わる。過去に、ディープインパクト号が使ってた薬や行った処置が、同号の競争能力を増進していた可能性も疑われることになる。「馬に罪はない」ので、同馬を悪く言うことははばかられるが、「ディープインパクト号はドーピング馬だった!」という疑いさえも可能だ。もちろん、日本のルールでは問題のない状況で使われていたのだから、これを「悪事」であると批判することは現段階で不当なので、注意しなければならない。

 ディープインパクトに帯同していて、本来なら、事情を説明してしかるべき、池江調教師がこの問題についてコメントしないことは、好ましくないし、不自然だ。彼を口止めできるのは、馬主かJRAということになるが、シンジケートがご破算になることを避けたい馬主サイドから堅く口止めされている、という事情なら、彼の立場は理解できる。ただ、JRAの立場も、国民的な人気のあるディープインパクト号を汚れた存在にはしたくないだろうから、JRAからも、コメントするな、という圧力がかかる可能性はある。

 それにしても、薬物投与の事情については疑問が残る。フランスでは、同国の免許を持った獣医師以外に馬に対する治療行為を行えない。この点で、ディープインパクトが「ハメられた」というフランス人陰謀説が成り立つ余地はあるが、調教師や助手、日本から帯同した獣医などが、レースまでに残存する可能性のある薬物の投与をOKすることは不自然だ。この点については、池江調教師のコメントが求められるところなのだが、どうなっているのか? 最もありそうな状況は、薬の残存期間について、コミュニケーションの問題があって、陣営が勘違いをした、ということだが、どうだろうか。

 フランスの競馬会は、禁止薬物は発見されたが、投与に悪意は無かったと思われるというような、微妙なコメントを発表して調査を続行中だ(それにしても、これしきの調査に、そんなに時間が掛かるものなのか?)。ルール違反なので凱旋門賞の3着は取り消されるが、関係者は処分されないので、日本の競馬に出走することは問題ない、ということであれば、フランスの競馬界にとっても、JRAにとっても、良い落とし所になるが、さて、どうなるのか。

 ともあれ、ディープインパクト号は、弱点が公表される以前に急いで割安にシンジケートされたのであり、株式でいうと、創業者(この場合、馬主)が、重要な経営問題を隠したまま公募価格を決めて、急いで公開して売り抜けようとしている、といった状況に見える。51億円は、一見割安に見えるが、実は、とんでもない割高価格なのかもしれない。

 ファン心理(私はディープインパクトが本当に好きだった)としては、ディープインパクト号の名誉を保ち続けたいという気持ちもあるが、これまで、どのような治療行為をしてきたのか、そして、フランスで何があり、シンジケートの事情がどのようなものだったのか、といった事実が、納得の行くように明らかにされないと、この馬を素直に応援することは出来ない。

 また、競馬サークルが、現在、どの程度閉鎖的なものなのか良く分からないが、マスコミは、今後の取材の都合もあって、ディープインパクト号のこの問題について、厳しく追及していないように見える。この国のジャーナリズムは、一事が万事こんな感じなのだろう。
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子供の「いじめ」自殺について

過去一週間のニュースを解説する原稿を書いていたら(来週の「週刊SPA!」の「ニュース・コンビニエンス」に掲載予定)、今回は、北朝鮮の核問題、NHK海外放送への政府の命令、子供の自殺、娘夫婦の子供を代理出産した母親(50代後半。私は拍手を送りたい)と、議論を呼ぶような内容のニュースが上位に並んだ(まあ、私が選んだわけであるが)。何れも、賛否や、あるべき対応について、意見が分かれる出来事だと思う。

これらの中で、自分に近い問題として一番気になるのは、子供の自殺だ(北朝鮮は、なるべく「遠い問題」のうちに解決してほしい・・)。

今度は、福岡の中学二年生の自殺で、これは、教師も「いじめ」に加担していたというから、全く呆れる。教師、学校に問題があったことは、間違いない。自殺した生徒は、ぎりぎりまで、自分が死んでもいいのか(=誰か、助けて)というメッセージを発し続けていて、決して死にたくなど無かったと思われるので、胸が痛む。誰かが気付いてあげることが出来れば、救える命だった。

最近、「いじめ自殺」の報道が多く、これを見て、「いじめは、被害者が死んでもおかしくないくらいの問題なのだ」「自分が、死ぬと、メッセージが残るのだ」といった意識を、たぶん全国に数多くいるだろういじめの被害者学童たちが持つことが心配だが、やはり、こうした事件を、徹底的に報道しないというのは、問題を隠蔽することになるし、間違いだろう。

それでは、学校から「いじめ」を無くすることができるだろうか。或いは、教師の質を上げることが出来るだろうか、と考えると、現実問題として、数年単位では、ほぼ無理だと思う。特に、「いじめ」は、大人の職場などでもあるのだし、子供というものは、案外残酷なものなので、これを根絶するのは無理だと思う。

それでは、当面何が出来るかと、考えると、「いやなら、学校など行かなくてもいいよ」というメッセージを徹底させることではないだろうか。学校に行かなくなれば、少なくとも、何かの問題があることが分かるし、そこで、はっきりと「親」が問題の当事者になる。

もちろん、この段階で、子供にどう接するのがいいかは、ケース・バイ・ケースだろう。親が乗り出さない方がいい場合もあるだろうし、休学・転校などの措置が必要な場合もあるだろうし、教師と相談した上で、子供に再チャレンジさせるのがいい場合もあるだろう。私も親だが、自分の子供が同様のトラブルに巻き込まれた場合に、どうすればいいのか、うまく対処できるのかは、全く自信がないが、少なくとも、自分の子供の問題に向き合うための時間的チャンスが欲しい。

「学校に通う皆さんに言いたいので聞いて下さい。学校がいやなら、無理に通うことはありませんし、それは恥ずかしいことではありません。学校の方が、皆さんに通って貰えるように努力しなければならないのです」といったことを、安倍首相にでもテレビで言って欲しいものだと思う。

ついでに、「借りたお金は返す努力をすべきですが、返せないものは仕方がありません。命に代えてまで、返済する必要はありません。胸を張って生きていて下さい」ということを言うのもいいだろう。「でも、国のために、命を捨てる行為は美しい!」などとついでに言われると困るから、安倍さんには頼まない方がいいだろうか。

ともかく、私自身は、子供に対して、(1)親である私は何があっても子供であるキミの味方である、ということと、(2)嫌なことは無理にしなくてもいい、(3)思っていることは話してくれ、というメッセージを伝え続けたいと思っているのだが、心配し始めるときりがない。

ところで、写真は、拙宅に配達される新聞六紙を四週間分ほど平積みしたものだが、紙の量は朝日新聞が突出して多く、夕刊が無い産経新聞が少ないのは仕方がないとして、同じ全国紙でも、毎日新聞との差は随分大きい。量があればいい、というものではないのだが、「新聞紙」がたくさん欲しい人は、断然朝日新聞なのだな、と妙に感心した。しかし、同じニュース・コンビニの記事の中には、朝日新聞への批判もちょいと書いておいたので、ご興味のある方は、来週発売号の「週刊SPA!」(たぶん30-31ページ)をご一読下さい。
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10月16日~17日にかけて飲んだ8杯

ここのところ、当ブログでの私の発言は、エントリーもコメントも、憤ったり、心配したり、というものが多い。もちろん、「怒るべき時は、正しく怒る」ということも大切だし、議論もいいのだが、たまには、お酒の話でも書いてみよう。16日(月)から17日(火)にかけて、飲んだシングル・モルトウィスキーだ。

実は、土曜・日曜・月曜と、原稿書きの〆切が9本ほど立て込んでいた。16日の夜に、神保町に借りているオフィスで、9本目を書き終わったときには、さすがに少しくたびれた。近所にある、師匠M氏(勝手に入門したのだが)がやっているバーに、一人で飲みに行くことにした。いつも、一緒に会社をやっているH氏と一緒に行くことが多いのだが、今回は一人だった。

結局、8杯飲んだのだが、簡単に思い出してみる。私は、ウィスキー通でもなんでもないので、以下のコメントは、話半分くらいに読み流して欲しい。また、「酒を飲んでいて、覚えていない」というような言い訳は嫌いだが、これを書いている現在は、ショットで8杯飲んだ酔っぱらいである。アルコール検査をされれば、間違いなく陽性だろう(もちろん、タクシー&徒歩で帰ってきました)。

写真は、私が飲んだお酒のボトルを、右から飲んだ順に並べたもので、鞄の中に入っていたデジカメ(リコーのGR)を、ブレないように、チェイサーのグラスの上に乗せて、撮ったものだ。

以下、飲んだ順に印象を思い出してみる。尚、飲み方は、何れもストレートだが、消化器のために、チェイサーをたっぷり飲みながら、飲んだ。

1)ラフロイグのオフィシャルボトルだが、字体が現在のものと少し違う。実は、60年代に仕込まれて、70年代にボトリングされたオールドボトルで、店主が、最近仕入れた自慢の一本だ。度数は43度で、加水されたものなのだが、ラフロイグなのに、メロンのようなフルーティーな味がする。穏やかで、深い、余韻の残る不思議なお酒だが、オールド・ボトルの全てがこんなに美味しいわけではあるまい。どうしてこうなるのか分からない、神秘的な一杯からスタートした。

2)二杯目は、ここ二ヶ月くらい、ほぼ毎回飲んでいる、ハートブラザーズというボトラーが詰めたラガバリンだ。カスク・ストレングス(樽のままで、加水していない)なので、50数度あるが、これは、ラガバリンらしいインパクトが存分にあり、多少煙くてオイリーだが、しかし、香ばしいという、申し分ないお酒だ。

3)ウィスキーフェアのタリスカーで、度数は46度だ。タリスカーらしいスパイシーさと、蜂蜜とまではいかないまでも、ある種の甘さとが、バランス良く、同居している。こんなのが、家にあるといいな、という一本。

4)ウィスキーフェアのラフロイグで、熟成は16年、度数は確か50度強。これは、多少のヨード臭とピートの煙臭さ、しかし同時に、上手く言えないが、麦の陽性な香ばしさとでもいった感じが程良く詰まっていて、しかも、年数の割に「枯れた感じ」(師匠)もあり、深い。

5)やっぱり、アードベッグも飲みたいと、ケイデンヘッドがボトリングした、1994年仕込みの12年物を頼んだ。度数は、59度強あり、90年代のアードベッグに独特の乳酸臭が一際強い。同じケイデンヘッドのボンドリザーブシリーズも乳酸臭が強かったが、あちらの方が金属的な鋭さと煙さがあった。これは、麦の香りを何やら「太く」感じる逞しい風合い。最近のケイデンヘッドの(オーセンティック・コレクションというのだろうか)瓶詰めのものには、どこの蒸留所のものでも、こうしたニュアンスを感じる(実は、事務所に置いてある、グレンファークラスとラフロイグもなかなか旨い)。

6)ベンリアック、という私は聞いたことがなかったスペイサイドの蒸留所のもので、1968に仕込まれた37年物で、度数表示は47度だが、これは、上品でトロピカルな香りの不思議なお酒だった。本日、一番の収穫だ。優しくて、フルーティーなのだが、果物で言うと、生臭くないパパイヤ、あるいはライチのような感じだろうか。

7)本日は、これが目当てであった、1972年仕込みのロングモーンだ。度数は、確か、45度だったが、十分に深い味わいだ。シェリー樽のもので、干しぶどうのような風合いと、いくらかミントのような香りがするのは、長期熟成のロングモーンに共通だが、味が濃いのにしつこくない。しかし、余韻は十分ある。これは、いい、これで、仕上げと思ったのだが・・・。

8)自らにトドメを刺すために、キングスベリーのタリスカーを注文した。1979年仕込みで14年物というのは、ケイデンヘッドの緑のボトルで、同じものがかつてあり、これは、翌朝までフィニッシュ(喉からの戻り香)が残っている、というような、桁外れの一品だった。このタリスカーも素晴らしく、スパイシーな感じと、香ばしさが、交互に登場して、いつまでも余韻が残っている。度数は64度もあり、これの次に飲んで「負けない」お酒を探すのは、難しい。納得のシメであった。

今日の話は、単に、こうしてお酒を飲んで、大変幸せな気分で帰宅した、というだけで、それ以上に何か思索があるわけではない。

シングルモルト・ウィスキーにご興味のある方のために、師匠の店(カウンターのバー)をご紹介しよう。「Bar, Polka Dots & MOONBEAMS」 という店で、場所は、神保町交差点のキムラヤの裏にあると思えばいいだろう。地下一階の店で、店主は37才くらいの渋めのいい男だ。電話番号は、03-3263-3211。営業時間は平日は「約」午前2時までで、土曜日は0時まで(日祝休日)。音楽は、ジャズかブルースだ(音量は大きくない)。詳しくは、お店のホームページをご参照下さい。(http://www.ff.iij4u.or.jp/~yukiom/)

酒飲みなら、バーの中に入って、席に着いたら、どんなお酒があるか見回してみよう。置いているお酒の8割以上は、シングル・モルトで、とりわけアードベッグの種類が多い。「何か、美味しい、シングルモルトはありますか?」と質問すると、大いにヤル気を出してくれるだろう(バーボンやカクテル、ビールなども、あるにはあるが、店主の頭の中には無い、と言った方が正確だ。悪いことは言わないから、店内を見てから注文しよう)。「取りあえず、ビール」などと言いたくなる場合は、「ラフロイグのソーダ割り」あたりを代わりにオーダーしてはどうか。今なら、ソーダ割りにすると非常に美味しい、オールド・ボトル(70年代のボトリング)のホワイトホースなどもある(いつまでもあるとは限らない・・)。ともかく、何を飲むか、相談してみることをお勧めする。
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北朝鮮の核実験問題について当面考えること

10月9日、北朝鮮は地下核実験を行ったと発表した。実験の成否については、諸説あって、本当に核実験を行ったわけではない。核実験を行ったが失敗だったという説もあるが、「ある程度の核爆発を起こすことには成功した」のだろう、というくらいの前提条件で、今の段階で、思いつくことを述べてみる。

あらかじめ述べておくが、私は、国際情勢の分析が専門ではないし、兵器をはじめとする軍事知識に明るいわけでもない。また、この問題について、現在、素晴らしい考えがあるわけでもない。現在考えていることが、後日、明らかな間違いだったと分かる可能性もある。読者のご教示を頂けると幸いと思って、エントリーを立てるものだ。以下の拙見は、そのような前提でのものだ。

また、皆がそう考えなければいけないといおうわけでもないが、私は、この問題を、日本在住の一市民(以下、「日本国民」とはそういう意味だ)の視点から考えている(たとえば、現在外国籍をお持ちで日本に住んで居られる方たちとも、そう立場は違わないと思う)。

先ず、北朝鮮のような政情が不安定な隣国が核兵器を持つことは、大筋として、日本国民にとって好ましくはないことだ。但し、今回の実験以前にも、北朝鮮が核兵器の開発を行っていることは知られていたし、控え目に見ても、近い将来、核兵器を持つようになるだろうとは予想されてたので、今回の実験の情報上の意味は、「北朝鮮が、ついに核兵器を持つに至った」ということではなくて、「北朝鮮が、あらためて核保有を宣言した」ということに留まる。

今のところ、北朝鮮の現政権は、この「宣言」によって、大いに得をしているようには思えない。この宣言は、日米の制裁を強化するし、それのみならず、中国、韓国までもが、北朝鮮に対して距離を取らざるを得なくなるので、北朝鮮の現政権の立場を苦しくするにちがいない。それでも、核実験に踏み切らざるを得なかったのは、現政権がそれだけ行き詰まっているいるからではないか、と想像する。但し、この想像が当たっているとしても、金正日政権がいつ、どのような形で倒れるのか、また、倒れた後に何が起こるのか(たとえば難民の国外流出はあるか)は分からない。

これに対して、ごく当面の政治的な意味合いでは、安倍新政権は、北朝鮮から、非常に大きなプレゼントを貰った可能性が高い。

安倍首相が訪中・訪韓の途上の核実験であったが、たとえば中国に対して、こちらから訪問する形で、どちらかというと下手に出ざるを得なかった状況が、中国が北朝鮮の核実験を抑えられなかったことで、安倍氏の立場は大きく強化された。これは、韓国に対しても、同様だった。

また、外国との緊張関係が高まると、国民の関心は、与党対野党よりも、日本対仮想敵国に集中する。政権スタート時の、あれこれと欠点をあげつらわれる可能性があった時期に、「北朝鮮対日本」という構図が出来たことは、安倍氏にとっては極めて好都合だ。

まして、拉致被害者の取り戻しが唯一の政治的な実績であり、対北朝鮮に強硬であることが売り物の安倍氏にとって、北朝鮮の暴走が目立つ形は、政治的には、理想的だ。今のところ、防衛庁の情報収集の遅れが露呈するなど小ミスはあるが、野党も含めた衆議院の全会一致で北朝鮮非難決議を出すような展開は、民主党以下の野党がすっかりかすむものである。もちろん、対処に失敗があれば、安倍内閣の失点になる可能性があるが、安倍氏は、事態の推移と世論の両方を見ながら、硬軟両様の手を打つことが出来る。

経済的には、どうだろうか。核実験発表の後、日本の株価は、冴えないものの、安定した動きになっている。これは、多くの人が、この核実験発表によって、北朝鮮に対する認識が大きく変わったわけではない、と思っているということの表れだろう。

但し、これから、北朝鮮がさらに先鋭的な動きを強めた場合に、日本の株式市場に対して影響が大きい外国人投資家が日本株を嫌う可能性は頭に入れておく方が良いだろう。そうした事情で株価が下がることがあれば、なかなかの投資チャンスになるのではないかと思うが、株式を持っている人は、ある程度の心の準備をしておくべきだ。

新首相の安倍晋三氏は、統一協会と深い関係があるとの噂が頻繁に流れる人だ。統一協会人脈を通じて、北朝鮮とも(誰となのかは分からないが)太いパイプ(メディア的な大雑把な表現で恐縮だが)を持っているという話をしばしば聞くことがある。しかし、他方では、基本的には祖父の岸信介氏を全面的に復権したいと考えるナショナリストでもあるだろうし(これは表面の顔かも知れないが)、もちろん、日本で首相に就いた以上、アメリカの覚えのめでたい人なのだろう。

そう考えると、北朝鮮が軍事的に強化されることは、日本にとってミサイル防衛網のニーズが高まったり(私はいらないと思うが)、日本の自衛隊が強化されて、米軍の負担を軽くする方向に変化したり、といった、米国の「本音」を実現するための追い風の役割を果たしているのかも知れない。

今のところ、一日本国民としての私は、この問題に対して、強烈な緊張感を持っているというわけではない。もちろん、後から見て、これが危機感の足りない間違いだったという可能性もあるが、さてどうなのだろうか。また、理屈を追って考えると、北朝鮮の現政権が強化されるとしても、崩壊するとしても(私はこちらの可能性が高いと思うのだが)、その後の状況については、不確実性が大きい。今後の北朝鮮の動きから、目を離せないことは、間違いない。
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森山大道「昼の学校、夜の学校」(平凡社)が面白い!

推薦図書です。

写真家の森山大道さんが写真学校の学生達の質問に答えた対話を本にまとめた、「昼の学校、夜の学校」を読んだのですが、なかなか良い本でした。語る言葉に無駄がない、素晴らしい対話です。

森山大道さんは、ほとんどをモノクロで、主に都市の路上を取り続けている写真家ですが、日本を代表する写真家だといっていいと思います。都市を強引に切り取るような強い視線と、ぞくぞくするような独特のグレーの出し方が素晴らしく、「日本にはいいアーチストがいるのか?」と外国人に訊かれたら、「フォトグラファーのダイドー・モリヤマが素晴らしいぞ」と答えてみたくなるよう人です。事実、近年は世界的に評価が高く、海外でも、何度も個展が開かれています。

写真の大家が、写真学校の学生に対して話をするわけなのですが、若者を対等なライバルとしても尊重し、激励しつつも、一切甘やかさない、誠実なやりとりをしています。

例えば、森山氏の写真を「汚く見える」と評して質問する若者に対しても、その人物の見方を尊重しつつも、その見方が一つの見方に過ぎないことをきちんと相対化して諭し、そもそも世の中や人間が、そんなにきれいなものでないという世界観を語り、写真が必ずしもきれいでなくてもいいのだ、というご自分の写真観を過不足無く説明します。

また自己表現者の持っている自己顕示欲について、ご自分の持つ自己顕示欲のあり方を隠さず説明し、同時に、他人の写真を見て感心する暇があったら、もっと自分の写真を撮って、他人に見て貰いたいと強く思え、と若い写真人達を叱咤しています。

過去の修行や仕事の歴史、どうやって食べてきたかという経過、現在の仕事の仕方の凄まじさなども、淡々と語られていて、プロの職業人のあり方も考えさせてくれる本です。大まかにいうと、路上をフィルム1千本から2千本撮って(リコーのGRが2千本で壊れるらしいということを始めて知りました)、一週間かけて一気に現像し、一ヶ月間毎日朝9時から午前3時まで暗室にこもって写真を焼く、というようなプロセスで一冊の写真集が出来上がるようです。

もちろん写真そのものについても、特に森山氏の写真の撮り方、焼き方、本の作り方などについて、詳しく語られているので、写真ファンも満足するでしょう。

「最近の若手写真家で、こいつはいい人は?」という質問に対しては、「思わずのけぞって腰を抜かすって人はいない」と言っていますが、他方では、「ぼくらが呆然とするような、『これが写真だぜオッサンよ』というとてつもないことをやって見せてほしいと思っている。何てったってカメラマン同士だからさ」と答えています。聴衆に対して、「君たち、やってみろ」と言っているわけで、森山氏ならではの、優れた教育だと思います。

若者を恐れず、ナメず、しかし、甘やかさず、という姿勢は、個性を確立した一流人でなければ決してきれいに出せない姿だと思いますが、森山氏はその辺りを実に格好良くやっています。これは、何とも羨ましい。

ちなみに、最初の講義の最後には、「ひとまず量のない質はない、ただもうそれだけです、ぼくの唯一のメッセージは」と述べておられます。ともかく、撮らなければ始まらないし、その後も、取り続けるしかないよ、と言っておられるわけです。

一気に読んで、たいへん感心しました。
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ライブドア・堀江裁判のここまでに思うこと

夕方、たまたまTVをつけたら、NHKの「クローズアップ現代」で会計監査の話をやっていて、ライブドアの話題が出てきた。そういえば、堀江貴文氏の裁判は、どうなっているのか、と、ちょっと久しぶりに思い出した。

東京地裁では、堀江貴文氏の公判が、例の公判前整理手続きのおかげで、急ピッチで進んでおり、一つの山場と見られていた、ライブドアの元No2.だった宮内氏が証人に立つ、堀江被告との「対決」が終わった。

物的証拠の乏しい裁判なので、宮内氏が証人に立って、何を証言するかが注目されていたが、印象としては「検察の失敗」という感じの展開になった。

宮内証人は、検察のシナリオ通り、堀江被告が粉飾決算を指示したという印象を与えるような証言をしたが、反対尋問で、株式の売却代金を自分(たち)の会社に一部環流させていた事実を指摘され、これを認めざるを得なくなってしまった。(それにしても、この種の人たちは、妙にフェラーリが好きですね)

ところが、宮内氏は彼の裁判にあって、横領では起訴されていない。

この状況から容易に推測できるのは、
(1)検察は宮内被告の横領(粉飾よりも刑が重い)を知りつつ、
(2)しかし横領ではなく粉飾で起訴する代わりに、
(3)堀江被告の裁判で検察側に協力せよ、
という取引をもちかけたのではないか、ということだ。

飛躍のある推測と思われる方が居られるかも知れないが、朝日新聞「AERA」の大鹿靖明記者の著書「ヒルズ黙示録」には、宮内氏らが株式の売却益を私的に流用していたかどうかは確信が持てないとしながらも、宮内被告らが海外に作ったペーパーカンパニーへの資金の流れが指摘されている。検察がこの点を看過して、宮内氏の取り調べを行ったとは考えがたい。また、堀江被告の裁判で宮内氏が簡単に認めたように、調べていれば、この点を明らかにすることは、そう難しくはなかったはずだ。

もちろん、今後の展開を見なければならないが、今の段階での印象は、検察側の捜査プロセス全体の適切性に大きな疑問符が付くし、したがって、検察側はかなり苦戦しているのではないか、ということだ。堀江被告が、「無罪」あるいは「微罪」という可能性がかなり出てきたのではなかろうか。

もちろん、その場合には、検察は相当の批判に晒されることになるだろう。

但し、仮に、堀江被告が刑事裁判で無罪になったとしても(もちろん有罪だとしても)、以下の問題が残ることを忘れずにいたい。

(A)先ず、違法行為を指示したか否かはともかくとして、堀江社長が、決算数字を操作して赤字を黒字に見せかけて、投資家を偽ったこと。このセコイ、インチキの事実は消えない。正直に赤字を出して、あとは正々堂々と(?)大風呂敷でカバーすれば良かったではないか。

(B)刑事事件としては無罪でも、監督責任も含めて、堀江氏の民事的な責任は、相当に大きいにちがいない。当事者同士の問題だから、第三者がとやかく言うことではないかも知れないが、「損害賠償」はあり得るだろうし、覚悟すべきだろう。

(C)検察の捜査プロセスは、本当に良かったのか? 投資家に対する賠償があるべきだとすると、その請求の何割かは、検察に向けられるべきかも知れない。ペイントハウスの粉飾(ざっと100億円)は行政指導で済み、ライブドアは強制捜査でざっと6000億の時価総額が飛んだ。扱いは、公平なのか? また、方法は適切だったのか? 仮に「国策捜査」的な意思が働いていたとすると、検察は不遜というべきだろう。

何はともあれ、今後の展開を見守ることにしよう。それにしても、大鹿記者の「ヒルズ黙示録」は見事な取材だ。強制捜査から、ここまでの裁判にいたるまで、事実の大枠はほぼこの本で捉えられており、基本的にこの本の枠内で物事が進んでいる。これだけの事実を掴んでいるのだから、ノンフィクション関係の賞をあげてもいいのではなかろうか。

ところで、村上世彰氏も公判で「全面否認」の方針を固めたという。いったん罪を認めて、何らかの時間稼ぎをするつもりだったのか、真意は分からないが、こちらの方は、「全面否認」されると検察は少なくとも苦労しそうであり、彼が交渉カードを持っていたと見ることが出来る。

こちらでも苦戦するようになるとすると、東京地検はどうするのだろうか。
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山本モナさん、その他について考える

 アナウンサーの山本モナさんと民主党の細野代議士が、路上でキスをしていた写真を撮られ、また一緒に泊まっていたという事実について、報道された。また、山本モナさんのケースとどれくらい似ているのか違うのかは、定かではないが、女優の杉田かおるさんと、さる出版社の幹部社員(妻子持ちの50代の男性)とが、路上で口論して、その後、ラブホテルに入ったという一部始終が報じられた。

 これらの、どこが問題なのか、それとも、問題だということが不当なのかは、案外はっきりしない。

 山本モナさんのケースについては、知り合いの雑誌の記者によると、取材する側では、山本モナさんを追いかけると何らかの男性絡みのニュースを取れるであろう可能性が非常に高いだろうと言われていて、彼女を追いかけたら、たまたま細野代議士との関係が出てきたという事であったらしい(正確な確認は取れないが、そのような事情と聞いている)。全くの推測だし、それで、山本さんや細野代議士自身の問題が軽くなるわけでもあるまいが、そういうことであったらしい。

 細野代議士には、奥さんがいるので、山本モナさんとの関係は、「不倫」であると、報じられている。今のところ、細野代議士も山本モナさんも、何もコメントしていない。特に、細野代議士については、コメントすることから逃げているという批判があるが、批判されて当然なのかも知れないし、このようなことに対して、コメントは不要なのかも知れない(どうなのだろうか?)。

 恋愛あるいは、一時的な気分に任せて行動することに対して、当事者(たとえば細野氏の奥様)ではない第三者(週刊誌の読者など)がどうこういうのは筋違いの話かも知れないし、細野氏の場合は選挙民に選ばれた代議士だから、私生活にいたるまで、有権者に対して報ずるべき価値があるのかも知れない。この辺り、当事者と、第三者とを、どのように整理したらいいのかは、難しい問題だ。
 
 ただ、現状のような世間の反応があることを前提とすると、山本モナさんについても、細野代議士についても、この事件の影響は小さくない。彼らに関わるスタッフに、とっては、ある意味では生活を脅かされるような、相当に迷惑な話であっただろう。

 山本モナさんに関しては、マネジメントする側が、彼女の性欲を無難に処理してあげる手段を考えるべきだったのかも知れないし、細野代議についても、似たような事情だったのかも知れない。ただ、たとえば、山本さんの事務所のマネジャーあるいは、彼女を起用したプロデューサーなどにも、家族は居るわけだし、彼女が起こしたスキャンダルは、彼女以外の関係者の生活にも大いに影響しているから、問題は、彼女の自己責任ということでは整理しきれない公算が大きい。
 
 さて、それでも、彼女や細野代議士のような人々のニュースを報じる事に対して、どのような価値があるのかは、なかなか難しい問題だ。

 一つの仮説として、私は、第三者には関係のない話だから、メディアは彼らを放っておけばいいのではないか、と思うのだが、どうなのだろうか?

(コメントでは、ただの感想や、他人の意見への批判ではなく、個々の人の責任に基づく「自分の意見」をお聞きしたい)

<注:当初、「細野代議士」を「細川代議士」と誤記しており、ご指摘によって、訂正しました>
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NewsGyaO終了

2月の番組開始からほどない頃から、私がコメンテーターとして主に月・火・水の週三日出演していた番組「NewsGyaO」が先週末、9月29日をもって、いったん終了した。番組終了の話は、ある程度前に聞いていたのだが、番組スタッフや出演者でも事情を聞くタイミングにかなりの差があったらしいことと、正式発表がなされていなかったので(USENの株価が大きく動いている時期でもあったし)、これまで、このブログに書かずにいた。

私は、「ネットと放送の融合」というかけ声を実現するにあたり、(ライブドアや楽天のように)出来合いの放送局を買おうとするのではなく、「自分で作ってみようではないか」というUSENのGyaOに関するアプローチに好感を持っていたし、制作が難しく、また、費用もかかるであろうデイリーのニュース番組(しかも生放送)を立ち上げるという「正攻法」のアプローチも好ましく思っていたので、出られるだけ出ようと考え、週に三日間、出演させて貰っていた。

しかし、ビジネス的には、当面のUSENにとってはなかなか負担が大きかったようで、これは私の推測だが、USENをカバーしているアナリストの関心が集中しているであろう、「GyaOの黒字化はいつか?」という問題に対して、コストカットで答えを出すために、費用のかかるデイリー・ニュースから一時「降りる」と決断したのだろう。番組開始以来、8月上旬くらいまでは、現実もその後の計画としても、番組の時間枠やコーナーを拡充する方向に動いていたし、USENの新オフィスではGyaO用のスタジオを三つ作っている(現在は溜池に一つ。三つという話は、未確認の噂話なので、関心がある投資家はご自分で確認されたい)などとも聞いていた。NewsGyaOの打ち切りは、急に決まったものだろう。

「株価を意識すると、長期的な経営が出来ない」という事例として数えることも可能かも知れないが、それはそれとして、仕方がないとしたものだろう。大きな無理をせずに、GyaO自体を継続して、チャンスを待つことが重要だ。ただ、「NewsGyaO」という番組名は、GyaOをネット上の放送局として続ける以上、継続性を持たせたい名前だ。おそらく、何らかの形で、報道番組を立ち上げることになるのだろうから(たとえばウィークリーの)、連続性が切れる形になるのは、少々残念な気がする。

GyaOのような形でニュース番組をやろうとすると、幾つかの困難があるが、最大のものは、記者クラブの壁だったろうか。官庁関係にしても、自民党にしても、記者会見にカメラを入れて、出来れば質問もしたいわけだが、それぞれの主体に取材を申し込むと、「記者クラブの許可を得て下さい」ということになり、記者クラブの幹事会社(新聞社など)に問い合わせると、色よい返事が得られない。すると、自局(テレビマンの中には、GyaOをテレビ「局」と称することに抵抗感のある向きもおられようが、やっていることは「局」である)で使える映像を得ることが出来ないので、ニュースの画面としては、写真や建物の様子などを使うことになるが、ニュース番組としては辛い。

記者クラブは、一種の談合組織として、新規参入者に対する防護壁になっている。取材される側の都合を考えると、訳の分からない媒体やジャーナリストを排除できるので安心だし、記者クラブに参加しているメディアにとっても、取材が混乱を来さないという意味では、記者クラブは役に立っているのだろうが、ジャーナリズムの基本的なあり方としては問題だろう。長野県の前知事だった田中康夫氏が、長野県庁の記者クラブを廃止したが、これが本来の姿だと思う。長野県の場合、これでどうだったのだろうか。

何れにしても、個人のブロガー・ジャーナリストのようなものも記者会見への出席が認められるような方向のアメリカと較べても、日本のジャーナリズムは閉鎖的だといわざるを得ない。

もちろん、日本の現状には弊害がある。たとえば、前回の総選挙で、自民党圧勝の原因ともなった、小泉首相の記者会見は、彼に厳しい質問を浴びせることのない記者クラブ所属の記者達の協力によって、政権与党側にとって効果的なパフォーマンスに仕上がった。あの時に、何を訊かれても「どうして郵便局が役人でなければ出来ないのか、私には分からない。教えてくれ!」と言う小泉首相に対して、「総理、質問をはぐらかさないで下さい!」と言うような記者や、「郵政を民営化しても、同じ規模で行政と癒着した巨大独占企業が出来るだけではないのか」といった質問をする記者がいれば、印象は随分違うものになったと思う。

また、ニュースそのものの購入や、ニュースで使う映像の購入には、多額の費用がかかる。特に、後者に関しては、十分な動画映像を使えないため、たとえばスポーツ・ニュースのコーナーの制作上、大きな制約になった。スポーツコンテンツの映像に権利があるので、これはやむを得ないが、たとえばサッカーのワールドカップの時期には、他のスポーツニュースと大きな差が付く原因になった。スポーツ・コーナーの制作スタッフは、個人的には日本を応援しながらも、一次リーグでの敗退が決まって、ほっとした、というような案配だった。

新規参入で制作スタッフが少ないし(といっても、最後の打ち上げパーティーの出席者は70名以上になった。100人近くが、番組に関わっていたとみていいだろう)、多くの取材班をあちこちに差し向けるということは出来ないので、事件もののニュースが不得意だったのは、やむを得ない。もっとも、夕方の主婦向けの時間帯に放映するわけでもないので、殺人事件の現場や捜査状況などを細かく独自に取材する必要はなかったとも思う。

他方で、経済関係のニュースは、「それはどのような仕組みになっているのか」という話なので、原理的にそれほど差が付くわけではない。要は、伝える側が問題を良く理解していればいいし、必要があれば、的確に説明してくれる人を連れてくればいい。

また、インタビューについては、ゲストと聞き手の問題なので、上出来と不出来の両方があるが、企画次第では勝負になる。GyaOはアーカイブ機能がついているので、いわばVTRが自動的に回っているようなものだから、インタビューを資料的に残すことも出来る。もっと多用すれば良かったかも知れない。ネット関連の話題をニュースにした「ネット・ニュース」というコーナーも、時々後から見たくなるような内容(役に立つサイトの情報や、ノウハウなど)があった。GyaOは、ユーザーがネット上に自動VTRを持っているような仕組みになっているので、こうしたものは、必ずしもニュースという枠組みにこだわらずに、再チャレンジしてみる価値があるだろう。

また、どのみち素材映像などで予算のある地上波局のニュースには勝てないのだから、いっそのことニュースとコメントとの比率を後者重視に変えて、もっとその場でいろいろ考えてみる、というような井戸端会議的な伝え方でも良かったのではないかとも思う。

純粋にニュースだけを伝えるのか、ある程度中身に対する解説も加えようとするのか、番組によって差はあるが、既存の報道番組は、素材のVTRなどがパンパンに入って時間を食っており、内容についてその場で考えるというような余裕がほとんどないし、コメンテーターのコメントの大きな役割は時間調整である(そう考えると、分かりやすい)。内容の多くを出演者にゆだねるのは制作側としては不安が大きいかも知れないが、GyaOのようなチャレンジャーの場合、一つの方法としては、そうしたリスクを取っても良かったのではなかろうか。

USENとしては、月次なり、四半期単位なりで、まずGyaOを黒字化したいのだろうから、コストの掛かるデイリーのニュースをそのまま直ぐに復活させることはないだろうが、何らかの形の報道番組は遠からずまた始まるだろうから、これに期待したい。

個人的には、週に三日、数カ所ではあっても、ニュースにコメントするのは、面白い経験だった。ただ、午後8時半に赤坂溜池のスタジオに行き、9時半~10時15分に生放送、というタイム・スケジュールは、それなりに大きな制約ではあった。これが無くなると、友人と飲み食いすることがぐっと楽になるし、原稿書きに使える時間も増える。月に二回ほどコメンテーターを務めていた、日本テレビの夕方のニュース番組「ニュース・リアルタイム」のコメンテーターも9月で終了したので、この分の時間も増える。連載ものの原稿はもちろん〆切に間に合うように書いていたのだが、単行本の執筆が相当に滞っていたので、この時間的な余裕を全て飲み食いに回すのではなく、本の執筆に充てたいと思っている。

コメンテーターとしての反省記や、共演者の印象などは(週に三日、きれいな女性達に囲まれていたのだ!)遠からず、またこのブログに書くことにする。
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