goo

震災雑感

 東日本大震災が起こった時、私は自宅にいた。仕事の合間にたまたま戻っていた。拙宅はマンションの低層階(2階)なので、物的被害は、本棚に置いてあったモルト・グラスが一個割れただけだった。
 揺れ(おそらくはタテ揺れ)を感じてから横揺れに移るまでの時間が長かったので、「震源は遠いな。まあ大丈夫だろう(東京の直下型ではないから)」と思っていたが、横揺れの時間が長いので、揺れの終盤は幾らか心配な気持ちにはなった。
 割れたグラスを片付けて、急いで次の仕事に向かおうとした。しかし、近所の大通りには多くの人が歩いていて、タクシーに空車はなく、地下鉄もJRも動いていないので、自宅に戻った。結果的に、「帰宅難民」にならずに済んだ。
 拙宅は、新宿区にあるので、目下、東京電力の「計画停電」の対象外だ(一方でありがたいが、他方で不公平なので申し訳なく思う)。
 総合的にみて、私は、この震災に関して、東京都民としては恵まれた状況にあると思う。



 震災発生の直前、石原慎太郎都知事は都知事選への不出馬を表明していた。しかし、その後に、大きな揺れが東京にも伝わった。
 その後の津波の被害を見た石原知事が、これを日本人への「天罰」と語って問題になった。彼の人間性がよく表れた無神経な発言というしかないが、その後に陳謝して発言を撤回、さらに消防団員を激励に訪れるという一連の動きを見ると、石原氏といえども選挙を気にする普通の政治家に過ぎないことが分かる。
「政治家になるのは止めたほうがいい。選挙区に帰ったら犬にまで頭を下げるのだから」とよく私に言っていた母の言葉を思い出す。
 石原発言に関しては、「『天罰』なんてない。ご本人があの年まで何もないのだから」とツイートしていた人がいて、これは気が利いていると感心した。
 雑誌を読んでいたら、なぜか石原氏には甘い評論家の福田和也氏が、石原氏はオカルト的なものを信じる傾向があると語っていた。ご本人の世界の中では、彼の意に沿わない日本人に天罰が下った、というような実感がきっとあったのだろう。誰が言っても不適切な発言だったが、彼が政治家であったことが不都合だった。自由に発言できない不向きな職業を長々続ける巡り合わせは、ご本人にも、東京都民にも不幸だろう。



 東京電力の福島第一原子力発電所の事故が収束しない。収束しないばかりか、まだまだ影響が拡大する可能性がある。
 数日前の北風と雨に運ばれて、放射性物質は東京の水源までやって来た。飲料水汚染のニュースが出る一週間くらい前からメディア関係の知人の中には、出来れば子供は東京から離した方がいいと勧める人が出始めていた。子供を疎開させるかどうか、正直なところ毎日考えているが、今のところ子供の飲食物に気をつけながら東京で暮らす方針だ。



 原発に関しては、さまざまな情報があって何を信じたらいいのか判断が難しい。東京電力や政府が積極的に嘘をついているとも思えないが、彼らが持っている情報を素直に出しているとも思えない。
 「原発は大丈夫か」、「東京に居ても安全か」と東電や政府に訊くのは、「この投信は大丈夫ですか」と証券会社のセールスマン(この頃は銀行員でも同じ)に訊くようなものだろう。
 では誰の情報なら信用できるか、というと判断が難しい。敢えて考えるなら、アメリカ大使館の職員が家族を変わらず東京に置いているのか、彼らがどんな水を使ってメシを作っているか、ということが知りたい。彼らの子供が東京を離れる時は「危ない」ということだろう。



 東京電力という会社がどうなるのかは興味深い問題だ。
 原発事故の今後、農業・漁業などの被害も含めた補償を要する被害額(土壌汚染を考えると莫大だろう)、東電の責任がどの程度あるかに関する法的判断、政府が東電をどうするか、という何れも不確定要素の大きな問題があって、簡単には結論が出ない。
 企業体力の範囲内で一過性の事故なら、株価が下がった(正確には「下げすぎた」)ところで買っておくのが災害時の投資のセオリーだが、東電の場合は簡単ではない。
 「コストが掛かっても、どうせ将来の電気料金で穴埋めできる」という判断から、「補償が巨額の場合、設備は残っても会社としてはいったん潰して再建するのがスジだろう」という考え方までいろいろな可能性がある。
 電力政策を考えると、この際東電の発電部門と送電部門を分離して、発電に関してフェアな競争が行える形にして、安全でクリーンな発電業者を育成すると良さそうだ。既存の原発をどうするかは難しい問題だ。民間会社には無理だから政府の管理下に置け、とも言いたくなるが、よく考えてみると、これは一層の無責任と不透明をもたらす道のような気がする。事故を起こせば損が出てボーナスが減る人々を信用する方がましか。
 東電の場合、株式もさることながら、東電債がどうなるかという問題もある。格付け会社の動きも含めて興味は尽きない。
 ただし、東電は広告の大スポンサーなので、大手メディアから正確な情報や厳しい批判が出てくる見込みは薄いと考えるべきだろう。



 先日名古屋に日帰りで行ってきたが、名古屋に較べて、東京は街も建物の中も暗い。日頃が明るすぎたのだという意見にも一理あるが、明るい方が消費を誘発できるから明るくしていたのだろうと考えると、誘蛾灯的な明かりといえども消えているのは経済的損失だ。
 それにしても、計画停電の対象地域は生活にも生産にも不便だ。電気料金を上げると東電の収入になってしまうから、「電力利用税」でも新設して節電を促す一方、必要な人や会社はいつでも電力を利用できる形にするといいのではないか。もちろん、サマータイムなどのピーク電力の分散策も実施すべきだろう。私は早起きが苦手だが、生活が不規則なので、適応できるような気がする。



 大問題の発生は、相対的に中小の問題の存在感を薄めるが、大中小それぞれの問題が消える訳ではない。解決しない限りそのまま残っている。
 震災の陰に隠れた問題を挙げると、菅首相の政治資金問題、国会の予算審議、名古屋の市議選、リビアの内戦(と欧米の介入)、大相撲の八百長問題、みずほ銀行のシステムトラブルなど、震災と原発事故がなければ大きなニュースになっていたはずの問題がいくつもある。
 菅首相は震災への対応でも精彩を欠く。原発問題にあっては東京電力を信じたためか、初動の対応を誤ったのではないかとの疑いもある。通常は、政治休戦が妥当だが、震災による人命救助最優先の時期が過ぎた今、彼が留任して、原発問題や被災地の復興を指揮するのは、国民にとって不幸なことではないかと私は思っている。
 もちろん、そう思わない人がいても構わないが、「大災害だから、挙国一致で」というヒステリー状態は(もし、そういう人が居ればだが)早く脱する方がいい。原発問題も復興も時間の掛かる問題だ。皆さんは、本当に菅さんが首相でいいのだろうか。



 停電、水汚染、それに自粛ムードが加わって、首都圏(ざっとGDPの4割)の経済活動が停滞する心配がある。現に停滞しているし、長引きそうだ。
 もちろん、電力の問題もあるし、食料・飲料の安全性の問題もある。停電の可能性がある中、遠くで飲み食いするのは心配あるいは億劫だし、外食では何を食べさせられているか分からないという問題もある。消費の停滞にはそれなりの理由がある。
 もちろん、行動は個人の勝手だが、経済活動の縮小は好ましくない。原発問題が流動的な中で新学期・新年度はきっかけにならないかも知れないが、ゴールデンウィークくらいまでにはムードを変える工夫が欲しい。
 「自粛」は別段正義ではない。他人が楽しんだり、無駄遣いをしたりすることにケチを付けるのは愚かで有害だ。
 他方、経済活性化が正義だと消費を勧めるのは押しつけがましいし、豪遊を誇るのは無粋だ。
 「愚かで、有害」と「押しつけがましくて、無粋」はどちらも嫌いだが、より避けるべきは、たぶん前者だろう。
 不格好でなく、気分良く消費に気持ちが向かうように、商売をされている方々や広告クリエーターの皆様方の手腕の発揮に期待したい。



 震災からの復興に関しては、被災地域の基礎的なインフラへの投資と速やかな都市計画が必要だとして、それ以外は、被災者への現金給付(災害復興版のベーシックインカムか)、今後振興したい地域での特別減税による企業誘致、規制緩和を伴う大規模な「特区」の活用など、個人及び企業の自由な行動を優先する振興策を推進して貰いたい。
 アイデアマンが官僚・政治家・関連業界を巻き込んで地域開発にカネを使うような形は望ましくない。マニフェストを破りまくっている民主党政権には、せめて震災復興では「コンクリートから人へ」の方針を思い出して欲しい。



 原発問題は解決まで長く掛かりそうだ。
 一日に何度かニュースを確認して、風向きや雨を気にする生活は気疲れするが、被災地のことを気に掛けつつも、消費や趣味も楽しみながら、幾らか余裕を残し気味のスケジュールを心掛けて生活しようと思っている。
コメント ( 107 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする