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日経CNBCの「三原・生島のマーケット・トーク」に出演

昨日夕方、日経CNBCの「三原・生島マーケット・トーク」の収録に行ってきた。1/1日まで何回か放映される。

年末スペシャルで一時間拡大版の前半に出演したが、テーマは今年出た株本を評価しようという内容で、いい本、悪い本を、木村剛氏と共に語った。ちなみにいい本として、私は、山口揚平「なぜか日本人が知らなかった 新しい株の本」(ランダムハウス講談社)を挙げた。ダメな方も実名なので、この方面にご関心のある方は見てみて欲しい。

もっとも、この種の本の評は雑誌で何回かやっているのだが、あまり気持ちのいいものではない。本を書くのは大変ということは分かっているから、よほどのクズ本でも、本の売れ行きのマイナスになるようなことは、書きたくないし・言いたくないのだが、何かを書いたり・言ったりするからには、ネガティブな事実にも触れなければならない。

本の値段などたかが知れており、投信や生命保険のようなものの手数料の暴利の被害と較べると可愛いものなのだが、今年は前者の評に関するオーダーが多かった。もっとも、株本の著者達に私が憎まれるのは私だけの問題で済むが、マネー誌の場合、金融商品は広告が入るから、私に好きなように記事を書かせるわけには行かないのだろう。この事情は、さる有名マネー誌の編集長さんから直々にお聞きしたことがある。
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株式市場にバブル発生

来週月曜日配信号のJMMのお題は「2006年も株価は上昇をつづけるか?」。「上昇を続ける」、「まだバブルではない」というような原稿を書こうと思って、いざ書き始めてみると、どうも説明が上手く行かない。

詳しくは来週のJMMを見て欲しいが、結局、これ以上の株価上昇はバブルであり、「買いが、買いを呼ぶ」というポジティブ・フィードバックの現象に過ぎないという結論になった。

それにしても、同じ原稿に書いたが、2000年4月の銘柄入れ替えによる日経平均の不連続性は深刻だ。日経平均が正しくつながっているとすれば、現在の株価は、大体2万2千円から2万3千円くらいの水準にある。

何れにせよ、これ以上の株価上昇に対しては、かなりの「疑いの目」が必要に思える。
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民間検査機関の嘘

朝日新聞の記事によると、耐震偽装に関わったイーホームズとERIが、①偽装を見抜くことは難しい、②国交省の認定プログラムが改竄可能であることに問題がある、③検査には26.5日かけており「見ていないに等しい」という姉歯氏の指摘は正しくない、と反論しています。
http://www.asahi.com/national/update/1226/TKY200512260262.html

しかし、彼らの論旨はおかしい。
①を前提条件として認めてしまうと、何日見ていようと急所を見逃してしまうことはやむを得ないということになるので、③は反論になっていません。「意味はないと思うのですが、手間はかけています」と言っているわけで、他人からお金を貰うこと自体がおかしい。

加えて、プログラムというものは、改竄しなくても、使いようによってどうにでも使えるものです。また、彼らが検査機関でありながら、このプログラムを持っていないというのは、業務上の必要性を満たしていないということです。

それに、常識の問題として、そもそも大きな物件が他よりも目立って安く建設可能であるということ自体に、検査機関(イーホームズ、ERI)でも、建築屋(木村建設)でも、コンサルタント(総研)でも、販売業者(ヒューザー)でも、気づかないというのは全くおかしいと思います。

安いマンションやホテルを販売して稼いでおいて、「私は知らなかった」は通用しないと考えるのが「まとも」だと思います。
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日銀は名目GDPの数量目標を持つべきでない

自民党の中川政調会長が、読売新聞のインタビューで、日本銀行が量的緩和策を解除する構えを見せていることに関し早期解除に懸念を示した。以下は記事の抜粋だが、その中で、以下のように述べている。

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「政府と日銀は消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率を安定的にゼロ%以上にするという目標は共有しているが、名目成長率2%という目標も共有していただきたい」と述べ、日銀は名目成長率も解除条件に加えるべきだとの考えを示した。

日銀が「一義的にみんなで共有できるデフレの定義は難しい」(福井俊彦日銀総裁)としていることについては、「様々な指標を総合的に判断するべきで、(定義が)はっきりしないことはない。デフレ脱却の定義を政府と日銀が合意して共有するべきだ」との考えを表明した。

望ましい物価上昇率を掲げて金融政策を運営する「インフレ目標」の導入については、「高い名目成長率を達成するために物価上昇率(の目標)をプラス2~2・5%とするのはいけないことだろうか。世界の常識だ」と述べ、導入に前向きな考えを示した。(2005年12月23日3時6分 読売新聞)
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(出典:http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20051223i101.htm)

中川氏には一度テレビ番組の収録でお会いしたことがあるが、その時にも、名目成長率が最も重要な指標であるというようなことを仰っていたから、根っからの成長論者なのだろうが、今回の発言には、これに加えて、日銀を数量目標でコントロールしたいという意図が覗くことが気になる。

ズバリ言って、日銀は名目成長率の数量目標を持つべきではないと思う。成長率は、大まかには、民間の活動、海外の需要、財政の影響、金融政策の四つが関わるが、ここで日銀が左右できるのは金融政策の中心部分だけだ。つまり、日銀は主として自分でコントロール出来ない政策目標について約束することになるが、それは、金融政策を不安定化させるだろう。

たとえば、成長率を高めるために実質金利(長短両方)を人為的に低く据え置こうとした場合に、これが成功している間の低金利と、その後の(抑えきれなくなって、或いは、次の引き締めのための)高金利といった、金利の乱高下が起こる。金利は、特に債券のようなキャッシュフローの固定した資産(不動産もこれに近いし、もちろん株式にも影響がある)にとっては価格そのものと言っていいくらいのもので、名目成長率を機械的に目標とすることで、日本の資産価格全体が不安定化し、国民の間に巨大な損得が政策によって人為的に起きてしまう。

これは、名目GDPについてほどではなくても、機械的な「インフレ目標」にも言えることであり、機械的な目標で中央銀行を縛るのではなくて、金融環境のコントロールについては、政府(政治的にも、国債のファイナンスコストの上でも、利益相反のはる当事者だ)の直接介入を避けて、中央銀行に任せようとすることの方がむしろ「世界の常識」(世界の賛成・不賛成は本質的ではないけれども)だろうし、経済が「無難」に運営されるために過去の経験を踏まえて開発された英知というべきだろう。

小泉政権の竹中大臣、中川政調会長、それにおそらく彼らのバックについているであろう官僚(どうやらごく少数が影響力を持っているらしいが)の日銀に対して強制力を持ちたいと指向する意図には危険を感じる。彼らの政治的ポジションは、①当面の景気を好調に維持したい、②景気の維持に関する責任を日銀にも分散したい(不調の時に責める相手になる)、③当面、国債金利を低く抑えて財政再建路線でもまあまあ上手く行っていることをアピールしたい、という辺りにある。後のことはともかく、これに当面、日銀を協力させたいということだろう。

もちろん、日銀という組織についても、いかにも無駄が多そうであり、地方の「日銀支店」なんて役に立っているのか、というようなことも含めて、現在のあり方に大いに疑問を持っているのだが、一個の主体(この場合政府)が経済政策全体を一体として左右しようとする動きには警戒感を持ちたい。

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人口減少は問題か?

予定よりも早く日本の人口が減少に転じたと新聞各紙が大きな見出しで報じました。しかし、人口減少は問題なのでしょうか?

人口減少が問題だ、という理由は、①将来の稼ぎ手が減り高齢者を面倒見る若手が減る、②国力(GDP?)が落ちる、③モノや不動産などが売れなくなったり余ったりする、ということのようです。

しかし、①は高齢者がそれなりの資産を貯えていれば物を買うこともサービスを買うことも出来るし、技術の発達で生活は便利になっていますから、大きな問題ではありません。今の年金制度のように、高齢者が若者から収奪する(賦課方式の場合、個人と個人の受給/負担を較べるとそうなります)構造を温存しようとすると確かに若年人口の相対的減少は問題ですが、これは人口減少ではなく、もともとアンフェアで場当たりな制度の方に問題があります。

②国力が落ちるに至っては、「GDPオリンピック」を応援するかのような、下らないナショナリズムでしょう。基本的に、一人あたりのGDPが大きければ生活は豊かなのですし、個人の幸せを一国のGDPに結びつけて考えることにさしたる意味がありません。まあ、エコノミストがやれ「GDP」だ「成長」だと言うのがいけない面もありますが、エコノミストを喰わせるためにGDPに関心を持ってあげる必要もないし、GDPを軸に国民が一体化しなければならないということもありません。ちょっと汚い喩えで恐縮ですが、GDPとは国民の一年分のウンコの重さのようなどうでもいいものです。

③モノや不動産などが将来余る、というのは、それぞれのビジネスをしている人には重要な変化ですが、たとえば日本では希少な資源である土地を、一人あたりで広く使えるようになるのだから、かえって好ましい変化です。

何れにせよ、「人口減少それ自体が問題だ」という理解は不適切です。そういえば、少子化担当大臣に就任されたドラえもんこと猪口邦子さんは、ご自分の存在意義と役割について、どう理解しているのでしょうかね。他人事ながらちょっと気になります。
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姉歯元建築士を守れ!?

耐震偽装問題は大体の構図が見えてきたように思う。

もともと関係者は全て、設計内容に不備のあるマンションやホテルであることを知っていて検査を通し、施工し、販売していたのだろうし、コンサルティング会社はこうしたスキームを指導していたのだろう。彼らが、不動産物件のコストがなぜ安いかに興味を持たないはずがないし、扱った案件について知らないはずがない。これを利用して、安くて・建築が早い物件で荒稼ぎしていたに相違ない。

そして、全体像としてこの仕組みは、構造設計をする建築士(姉歯氏)に設計の責任を負わせて、自分達は法令違反に関与しない善意の被害者であるような仕掛けとなっている。(「誤入力した担当者が悪い」というような態度である)

総研も木村建設も自社には責任がないと開き直るつもりだろうし、あのヒューザーの小嶋氏に至っては、公的資金で救済されるかもしれない。また、証拠隠滅の時間を十分に与えて、今頃になってやっと強制捜査(単なるショーだね)に踏み切った政府も、この問題を、「姉歯問題」に矮小化したがっていることが明らかだ。

彼らにとって邪魔なのは、「弱い自分がいた」と自らの責任を認めて、しかし「私一人で出来ることではなかったことをご理解いただきたい」と正論を述べる姉歯元建築士だろう。彼らにとって、世間の非難が彼に集まるのは好都合だが、彼に本気でいろいろとしゃべられては困る、というのが政府も含めた関係者の利害だ。

そうなると危険なのは姉歯氏の安全である。既に罪を認めている彼を適切に保護することが重要ではないか、と敢えて今言っておきたい。

「姉歯元建築士を守れ!!」

もちろん、姉歯氏に同情の余地は乏しいし、彼に重罰が下るのはいいことだと思うが、率直にいって、関係者の中で見かけ住居が一番貧乏くさい(例の風体の偽装の具合もチープであり、あまりメリットを受けているようには思えない)彼が偽装問題の実質的な主役であるとは思えない。彼を真相の解明に有効活用することこそが重要だ。メディアも姉歯氏の「ヅラ」などという些末な問題を面白おかしく取り上げるのではなく、主役のあぶり出し(官の側も含めて)に注力すべきだ。
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誤発注問題で一番大切なこと

みずほ証券がジェイコム株について誤発注し、300億円ともいわれる損をした問題の余震がおさまならい。主な論点として、以下のようなものがある。

① 東証の責任。システムのミスは認めたが、さて、幾ら負担するのか。
② 東証の態度。問題が生じた時の、「みずほ証券の初歩的な問題であり、東証の問題ではない」と言わんばかりの態度の感じの悪さは忘れまい!
③ プロ(証券会社の自己勘定取引)どうしでも約定の取り消しが出来ないモラルが低く、かつ不自由なマーケットは、このままでいいか。
④ みずほ証券と東証の発注・受注システムの問題。システム開発会社の責任はどの程度か(東証は富士通)。ゼロではないだろう。。。
⑤ 東証の組織のありかたと、後任の社長がどうなるか(当面は西室泰三氏会長が兼任)。たとえば上場審査部門などは分離が求められるだろう。
⑥ みずほ証券経営者の責任問題(まだトップの進退がはっきりしていない)。
⑦ 大儲けした証券会社の利益の問題。基金に拠出するのがいいか、自分のものにするのがいいかどうか(世評リスクの問題の他に、株主の利害も絡むのでややこしい)。
⑧ 個人で大儲けしたネット・トレーダー(20億円とか、5億円とか)に対する世間の嫉妬と、「働かずに儲ける」風潮への批判。

だが、この際大切なのは、誤発注した担当者の精神的なケアではないだろうか。人間は時々ミスをするものだし、今回は幸い立派な会社(ちょっと皮肉も込めて)だったから、巨額のお金を負担することができた(考えてみると、中小証券だとどうなっていたのか・・)。金額こそ少々大きいとしても、ごまかしをしたわけではないし、悪いことをしたわけではない、単純ミスでり、幸い「カネで済む問題」でもあった。

以上、来週・月曜日配信のJMM(Japan Mail Media。編集長・村上龍氏のメルマガ)のテーマがこの問題だったので、その原稿の内容を考えているうちに思ったことだ。もちろん、JMMには別の論点の原稿を書くつもりだ。
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CBDT

今、「決め方の科学 事例ベース意思決定理論」(イツァーク・ギルボア、デビッド・シュマイドラー著)という本を読んでいる。一年近く前に近所の大学の生協書籍部で買って読まずにいた本だ。

事例ベースの意思決定理論は「CBDT」(Casa Based Decision Theory)と略されるが、簡単に言うと、人間は過去の事例との類似性に基づいて意思決定しているとして、意思決定を説明する理論だ。

これに対して、これまで経済学の世界で主流だったのは期待効用理論・EUT(Expected Utillity Theory)だ。こちらの方は、将来起こりうる事象の全てに効用(自分の評価)と生起確率を割り振って、効用の期待値を最大にするように行動するというものだ。ポートフォリオ理論をはじめとして、「行動ファイナンス」以前の投資理論は基本的にEUTの枠組みの上に出来ている。

CBDTでは、たとえばある問題に対するある行動の選択肢は、「過去の事例の選択肢に基づくその結果の効用(評価)」と「ケースの類似性」の積が、過去に幾つあったかで評価される。たとえば、夜飲んだあるビタミン剤Xが+2に相当する効果を持ったことが4回あれば、同様の夜のシチュエーションでこのビタミン剤を飲むことの評価値は+8になる。ここで、別のビタミン剤Yが一回だけ+4という経験があっても、YではなくXが選択される。人間は自分の経験に基づいてものを決めやすいし、習慣に強力に左右される。また、ビタミン剤X、Yが効く程度とその確率とを抽象的に評価して意思決定するというような決め方はあまりしないだろう。ただし、この人の最低満足ラインを「3」と定義すると(3が0になる)、Xは-4、Yは+1と評価されるから、Yが選択されるといった、満足化原理的な行動についても分析できる。

実例を解釈する場合に、EUTでは起こりうる物事の状態と確率を、CBDTでは経験と類似性に関する定義を適当に拡大して操作すれば、どちらでも良さそうだが、「過去の事例との類似性とそれが何回あったか」という思考方法は、株式市場などの投資家の思考方法やストラテジストの論理構成に非常によく似ているので、CBDTは市場の分析に便利に使えるかも知れない。概念の枠組みとして便利だというのは重要なことだ。

具体的にどう使うかはこれから考えてみることにするが、ちょっと面白そうだと感じている。この種の理論的な枠組みはしばらく頭の中に入れておいて、熟成させないと味が出ない(熟成させるつもりが単に忘れることもあるが)。折に触れて考えてみることにしよう。

仕事への応用、という意味では、本命は株式市場に関するレポートに書くことだが、たとえばナンパ師の声掛けの戦法選択の記述などに使えそうだから、「日経ビジネスアソシエ」の連載(恋愛と経済理論をゆる~く結びつけるエッセイ)のネタ候補の一つに入れておこう。
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はじめまして

はじめまして、山崎元です。

職業はおおまかに言うと経済評論家です。
マネー運用を中心に経済の話題と転職の話題などを主に取り上げています。
詳しい自己紹介は、おいおいやろうと思っています。

何はともあれブログを立ち上げたので、よろしくお願いいたします!
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