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試験をやってみてのあれこれ

 さる7月22日に、獨協大学で春学期に担当した「金融資産運用論」と「会社と社会の歩き方」の試験を行った。

 形式は両科目とも同じで、問題は4題のうち1題を選択し800字~1000字くらいの記述式で回答して貰う試験にした。問題は事前の授業で公開し、持ち込みは全て自由とした。サラリーマンなら文章を書く時にネットを検索できるわけだから、試験中の携帯での検索もOKとした。

 こちら側の趣旨は、相談抜きで自分の力で書けるベストの答案を見たい、ということだった。要は、私の話が理解されたかどうかを知りたかった。内容を理解しないで書くと、何を持ち込んで書いたとしても、記述式だとボロが出るので、答案から理解度を推測することが出来ると考えた(この狙いは、そう外れていなかった)。
 もう一つには、試験をきっかけに何かを勉強してくれたら、それも良かろうとも思っていた。
 こちらとしては、今年の秋学期以降の授業の参考データが欲しいということが主目的だから、正確に答えて貰えるならレポートでもアンケートでも良かったのだが、レポートは代筆が容易だし、1時間でも(獨協大学では授業が90分、試験は60分が基本のようだ)時間を決めて真剣に書いて貰う試験の形式の方が、一人一人の学力や理解が正確に現れるだろうと思った。

 もっとも、この形式にも穴があり、他人に作って貰った回答を試験場に持ち込む手もあるし、携帯が使用可能なのだから、模範解答をクラウドに置いて参照したり、「やらないでね」とは言って置いたが、試験中に他人と通信して相談することも出来る。

 何はともあれ、一斉試験に漕ぎ着けて、試験をしてみると、自分が作った問題に、それぞれ300人近い学生が向かう訳で、何とも言えない感慨があった。自分がやったこと(出題)に対して、多人数が影響を受けている状況を目の当たりにした新鮮な驚きだ。もっとも、新鮮だったのはこちらの経験ばかりでなく、授業では見たことのない顔と人数が試験会場にはいた。

「こんにちは、山崎元です。初めてお目に掛かる方もいらっしゃるようなので、その方々には『はじめまして』。読み甲斐のある答案を期待しています」と挨拶して、試験を始めた。

 携帯の使用可、という条件には多少の問題があった。試験は、両科目とも、教室を二つ使って行われたが、試験監督で協力していただいたある先生から、「携帯を検索に使っているのか、通信に使っているのか、責任を持って監督することが難しい」とのご指摘を受けた。また、大学の一般的な試験注意事項の中に、「携帯電話の電源を切ること」が含まれており、これとの矛盾もあった。
 今回は「携帯は通話に使用しなければOKです」という基準で通したが、次回以降は携帯の使用を不可にする方がいいのかも知れない。
 1時間しかない試験時間の中で携帯を使うのは却って面倒ではないかとも思ったが、試験中に携帯を使っている学生は相当の数に上った。
 一部には、ものを考える際に携帯をあれこれと使うことが一種の癖になっているのではないか、と思えるような学生もいた。また、学生はiPHONE比率が高かった(見渡すところ、ざっと半分くらい)。早くもiPHONE4を使っている学生がいて、これは、羨ましかった。
 また、おそらく検索で調べたと覚しき共通の記述を含む答案が相当数あった。たとえば、投資教育について問う問題への回答で、授業では一切触れていないはずの英米、カナダなどの投資教育について述べた答案がたくさんあった。ネット検索を元に書かれたレポートが似た内容のものになりやすい、という現象の一端が確認できた。
 携帯以外には、電子辞書の持ち込みがかなりあった。外国人の学生が相当数居るので、漢字などを確認するのに使っているのだろう。
 尚、誤字は非常に多かったが(「債券」を正しく書く人よりも「債権」と書く人の方が多いくらいだった)、意味さえ誤解無く通じていれば誤字は減点対象にしていない。採点する側も、先日出たクイズ番組で気圧配置の「西高東低」の「低」がその場で書けなかった(何度も「底」と誤記した。なぜだろう?)くらいの阿呆であるから、「意味が通じるならいい」を原則とした。

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 選択式や計算問題の方が採点は楽だが、間違った答案は救済のしようがない。記述式にしたのは、少なくとも真面目に受験した学生には全員に単位を与えるという目的もあった。
 このように書くと、我ながら、なかなかの善人だが、率直に言って、私は、獨協大学の学部生がどのくらいの知識と理解力を持っているのか、少なくとも事前には知らなかった訳なので、サービス業の立場としては、これが妥当だと思った。
 決して、一般論として大学の授業と試験がかくあるべきだと思っているわけではない。学生のレベルに合わせた授業を行い、緊張感のある試験によって評価をフィードバックするやり方が出来れば、教育的にはそれこそが親切なのであり、理想的なのだろうと思う。

 もっとも、採点では、私なりに差を付けた。
 獨協大学の成績評価は、90点以上が「AA」、80点~89点が「A」、70点~79点が「B」、60点~69点が「C」で、60点未満は単位が与えられない。
 今回の私の採点基準は、基本的に加点方式で、「まじめに試験を受けたこと」に対して60点を配した。問題のテーマに関連する記述で充実した記述が1つあれば10点、これに及ばないが正しい記述の場合に5点をそれぞれ加点し、問題毎に書くべきテーマが3~4あるので、よく書けていると90点、つまり「AA」を取ることが出来る、というようなものだった。

 採点した評価の分布は以下の通りだ。
「金融資産運用論」で、AAが2.5%、Aが12.9%、Bが37.1%、Cが47.5%。
「会社と社会の歩き方」は、AAが3.1%、Aが25.9%、Bが40.4%、Cが30.6%である。

 C評価の答案は、普通の採点基準で評価した場合「不可」だろう。また、B評価の学生は、通常の条件で試験を行った場合には、合格点に達しなかった可能性が大きいと思う(特に「金融資産運用論」で)。

 以上の結果から自己反省すると、先ず、「金融資産運用論」は、授業の内容ないし、教え方に何らかの変更か工夫が必要なのではないかと思われる。
 今回の採点基準を前提とすると、B以上が最低7割、できれば8割くらいになるようでないと授業としては成功と言い難い。厳しく見ると、内容に十分ついて来ることができたのはAとAAの15%強、人数にして43人だけということになる。
 一般向けの投資教育のような(A)「役に立つ投資の知識」と、大学の授業であることを意識した(B)「投資理論の位置づけと応用」とを両方盛り込もうとしたのだが、内容が難しかったか、私の教え方が下手だったかということだろう。

 次回以降、内容を修正する必要があるが、(A)に傾斜するのが多数の学生の将来の経済生活を思うと正しいのかも知れないが、一般向けではなくて大学の授業なので(B)を諦めるのも寂しい。内容の配分を変えずに、(B)の部分の教え方を工夫すべきなのか、悩ましい。
 コースを二つに分けるか、半年単位でなく、通年でやるかなども含めて対応策を検討しようと思う。

 「会社と社会の歩き方」は、授業内容が、キャリアプランニングに関わる話と、経済トピック中心の理屈っぽい世間話だ。話の理解そのものには大きな負荷は掛かっていないはずなのだ。こちらも、もう少し点数が伸びて欲しかった。
 出題・採点者がそう立派な人ではないので、C、あるいはB評価の学生も、今回の結果だけで悲観するには及ばないが、問いの形をうけた回答が作文できていない、厳しい言い方をすると「コミュニケーション能力不全」の答案が相当数あった。
 時間のある中で、文章でやりとりしてこうなるのだから、就職の面接などで、言葉のやりとりが正確に出来ていないのではないかと、非常に心配になる。

 キャリア・プランニングの一般論として重要なポイントを三つ挙げよという問いに対して、「過去の自分の振り返り」「現在の自分の分析」「なりたい自分と現在の自分の対比(不足の検討)」といった趣旨の答案が相当数合ったのだが、このような「過剰な自分探し」(探したってたいしたものが出てこないのが普通だし、関心の向け方が不適切だ)はキャリア・プランニングの役にも立たないし、何よりも就職活動にとって逆効果だろう。
 また、この設問は、一般論として重要なポイントを挙げた上で、回答者自身のキャリアプランについて記述せよ、という問題だった。ポイントは事前に解説しておいたので、実質的には、一般論とこれに対応した自分の考えをどう表現するかというテストなのだが、問いに合った構成の作文が出来ていない答案が多数あった(C評価答案の半分くらい)。
 一般論と具体論の区別が付かない人(投資の話をするときには、よくいる)や、1000字程度の作文を破綻無く書けない人に対しては、話をすること自体が無駄なわけではないと強く思っているが、経験的に言って、「よく分かる人向け」の話とは別の内容や話し方にする必要がある。
 本来、「就活のもう一歩先に考えるべきこと」を伝えたかった授業なのだが、「就活に役立つこと」も伝えられたら伝える方が良いだろうし、木曜日の5限(16:45~18:15)という貴重な時間を使って授業に出る学生(偉い!)に対して「何が一番役立つか」という観点から、内容の練り直しが必要だと考えている。

 合計535枚の記述式答案の採点は、真に大作業だった。通常の「仕事日」換算で、丸4日は潰れた感じだ。原稿の〆切その他の仕事と並行して作業したので、採点が仕上がったのは成績評価〆切日の前日だった。途中で、突発的な仕事や用事が入ると危ないスケジューリングだった。
 試験の形式も、もう一工夫必要かも知れない。

 自分の反省材料を求めるためにやった試験とはいえ、反省材料の多い夏休みだ。
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