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週刊エコノミスト(3/7号)の東証の記事

現在発売中の週刊エコノミストの3月7日号の15ページに、金融ジャーナリスト・森岡英樹氏による「『魔の30分問題』市場の歪みを放置する東証の怠慢」と題した文章が載っている。

「魔の30分」を例の30分の間の先物の仕掛けだけによって起こる現物・先物の乖離の問題であるかのように書いている物足りなさはあるが(実際は、バスケット注文のヘッジが多く入っているだろう)、東証が市場の歪みに対して鈍感すぎるという趣旨は、その通りだ。

この記事に注目した理由は別にある。議論の本筋ではないのだが、文章の終わり近くに「・・・問題は裁定が働かない空白の30分を放置している東証にあろう。東証はライブドア株の大量売買によりシステムがダウンする懸念から現物株の取引開始時刻を30分遅らせているのが本音であれば、早期にライブドアを上場廃止にし、カジノ化している市場を正常化する必要があろう」とある部分が捨て置けない。

先ず、市場を見ている(或いは日経くらいは読んでいる)人ならご存知だろうが、目下ライブドア株の取引は14時-15時の一時間に制限されている。つまり、エコノミストの記事のこの部分は、まず事実誤認しており、従って、筆者の邪推なのだ。

筆者である金融ジャーナリスト森岡氏の他に、「週刊エコノミスト」のこの欄の担当者、同じく編集長(さすがに読んでいるだろう)の3人がこの点を見逃したか誤解していたということなのだろう。

お粗末といえば、何ともお粗末だが、経済誌に書いてあることを、簡単に信じてはいけない、ということだ、と一応言っておこう。経済誌にも信頼度の違いがあるような気がするが、「雑誌も間違うことがある」という一般論には間違いない。経済誌各誌の比較は、書いてみたい気もするが、事実を収集してから書かないと、民主党の永田議員のようになるから、今は、止めておく。

ところで、先の引用の中の、「カジノ化している」という一節だが、確かにライブドア株の売買と値動き(特に比率で見た動き)は激しいが、同株を抱えて苦労している個人投資家もいるわけで、ライブドア株の売買をカジノに喩えるのは失礼・不適切だろう。

ライブドア=悪い会社=早く上場廃止にせよ!、という観念連合があるのかも知れないが、些か視野が狭いように思う。株主の立場で考えると、ライブドアの旧経営陣がもちろん大いに悪いが、こうした会社の決算を見抜けなかった監査法人、分割その他を許してきた東証、さらに事件発生後はシステムダウンして、通常なら管理ポストでも普通に売買できるはずなのに、時間を制限し、信用取引を制限して、株を有利に売るチャンスを制約したやはり東証も「悪い」のだ。

東証は、「お客様に悪いことをした」という意識をまず持つべきだし、その罪滅ぼしに、むしろ整理ポストに入れてから(今後、上場廃止を正式に決めてから)、通常よりも長めの売買期間を設定するくらいでいいのではないだろうか。

現在のライブドアに対して、早期の上場廃止で罰を与えることに意味があるとは思えないし、「ライブドアのことを早く忘れたい」であろう東証に加担する必要もない。
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テレビの予定(2/27~3/3)

今週は、金曜日にフジテレビの「とくダネ!」(朝8時~10時)、月、火、水、金の各日の夜10時~10時25分に「ニュースGyaO」に、何れも生出演する予定です。

生番組は、やり直しが出来ないので、失敗できない、というプレッシャーはありますが、収録の番組でも、失敗がそのまま流れることがありますし、後から編集されると、どこがどう使われるか分からないので、どちらかと言えば、生番組の方がいいかな、というのが今のところの感想です。生でも収録でも、どのみち失敗はするが、致命的なものでなければ、まあ、いいだろう、というのが目下の割り切り方です。加えて、生番組は、ほぼ必ず時間通りに終わるので、それも、多少の魅力です。

とはいえ、番組が終わると、たとえばニュースGyaOのような25分の番組で、私の話す場面がそう多くない番組でも、「○○については、最初に言葉の定義と、結論をいうべきだった」とか、「△△については、やや言い過ぎた」とか、画面が切り替わってこちらが映った時の姿勢が良くなかった、とか、毎回、二、三は必ず多少の後悔があります(プロデューサーやディレクターは、もっと見つけているのでしょうが)。

そろそろ不慣れを言い訳に出来ないくらいの出演回数になるのですが、テレビについては、毎回、緊張しながら本番に臨み、同時にそれが練習でもある、というのがテレビ出演に関する私の現状です。
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民主党のメール問題

ライブドア堀江被告から自民党・武部幹事長の次男に3000万円の送金を指示したとするメールの問題は、「新たな証拠をしめせないなら、民主党なんていらない」と書いた方向に進んできた。民主党が、よもや、ここまで裏取り不十分なままに追求を進めていたとは驚きで、正直なところ、「想定の範囲外」だが、ネタ元に乗せられてしまう時とは、こんなものか。

たぶん、追求を始めてみた後も、ネタ元は、振り込み先金融機関と口座番号は押さえてある、と言ったのだろうし、後戻りが出来なくなると、それを信じたい気持ちになってしまうのだろう。

しかし、フジテレビのインタビューによると、永田氏はメールを入手してから10日後に質問に立っており、この間に、民主党執行部と相談していないはずがない。この段階で、確たる物証を集めないまま、いわば当て推量で質問に臨んだのだとすれば、野田氏、前原氏も責任を問われて当然だ。特に、国対委員長として永田氏に質問させた野田氏は、実行犯ではないが主犯格だ。

前原代表のように、この問題を、「武部氏も自信を持っているなら、国政調査権に基づいた調査に応じるべきだ」とすり替えるのは、間違っている。武部氏をめぐる事実とは独立に、民主党の過ちは十分成立している。

振り込みの真偽に関わらず、十分な根拠無しに国会の場で他議員(それが武部氏のような人物だとしても・・)を中傷するような質問を行ったこと自体に責任があるのだから、先ず、この問題の責任を処理しなければならない。しかる後に、自民党とライブドアの癒着等の問題があるなら、これを改めて追求すべきだ。

民主党の執行部はさっさと退陣すべきだろう。特に前原氏は、潔く責任を取れば、自分自身の問題ではないので、政治生命は残り、再起は可能と見る。先ず、管理責任の引責を委員長辞職で示して、武部氏周辺に関する国政調査権発動を再提起するのも一法だろう。後を、例えば、小沢一郎氏にでもやらせて、もう一度「4点セット」の追求体制を再構築すべきだ。

もちろん、永田議員は議員辞職が妥当だし、野田国会対策委員長も関わりによっては議員辞職まであっていい。メールの信憑性を「まだ信じている」という態度だけを示して混迷の時間を長引かせることは、国民にも、民主党にも、何の利益ももたらさない。

根拠不十分な民主党の質問の問題と、自民党とライブドアの問題は別々の問題だ、という認識が重要だ。

それにしても、昨年秋の段階では、地検はライブドアの内偵を進めていたはずなのに、「ライブドアはヤバイ」という情報を政権与党が持っていず、しかも、確認不十分なまま堀江被告を選挙に利用してしまうという、自民党側の裏取りの甘さにも恐れ入るし、もちろん、こちらの方が、国民への影響は大きい。

但し、いわゆる4点セット(耐震偽装、BSE、防衛施設庁、ライブドア)の中のライブドア問題は、何が問題なのかをはっきり再定義した方がいい。ライブドアの献金等の政治腐敗の問題なのか、「拝金主義を助長した」との構造改革批判なのか、焦点が絞れていない。前者なら、証拠の呈示が説得力の決め手として必要だし、後者なら、そもそもライブドアの興隆は自民党政権とは無関係だし、その他のベンチャーもまとめて批判することが妥当とも思えない。
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ドンキホーテの選択

24日金曜日の引け後(証券取引所が閉まってから)に、ドンキホーテが、オリジン東秀の買収を断念して、イオンのTOBに応じる意向を表明したというニュースが入ってきた。

ドンキ安田会長とイオンの岡田社長が会談して、合意したという。ニュースによるとドンキがイオンのTOBに対して応募する株数は発行株数の48%だという。

ドンキが失敗したTOB株価2800円とイオンのTOB価格3100円の差額300円の利益で計算しても、ドンキにとって25億4千万円強の利益となる。もともとオリジンの創業一族から引き取った株価からの利益も含めると莫大な利益になるはずで、上手くいくかどうか分からない経営統合に踏み込んで、大きな資金を固定するよりは、200億円以上のキャッシュが自由になる計算でもあって、ドンキにとって遙かに経済合理的だ。こんなものの当たり外れを自慢しても仕方がないが、当ブログの17日の拙稿の読み筋で良かったようだ。

ただ、ここで一つ問題を残したのは、ドンキが46%超のオリジン株を持ったことを発表して、イオンのTOBが不成立になる可能性が漂った数日間に、オリジン株は2000円台後半に2500から2800円程度の株価に低迷したが、この時に売った少数株主が少なくとも儲け損なった期待利益の喪失をどう考えるかと、この間に、ドンキが買い増しした(46→48)株数に関する利益が正当なものかということだ。

これは企業買収や株式取引に関する今後の規制の見直しに影響する可能性のある事例だと思う。

厳しくやるなら、①一定比率以上の株主が株式を追加取得する場合(この主体は他者のTOBの成否について有利な情報を持っているので)、②他の主体がTOB期間中は、③自分もTOBをかけなければならない、といったルール化だろう。

また、そこまで少数株主を(と同時に経営者も)保護する必要はない、と考えて、上場株式をマーケットで買い増しすることは誰でも原則自由だ、というルール化もあり得る。少数株主も、原則は常に自己責任だし、企業の株式価値を正しく評価していれば、損はしないはずだ、という思想になる。
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株価のボラティリティー拡大と「魔の30分」

ここしばらく、株価の動きが上下共に激しい。これは何故だろうか。

明らかになりつつあるのは、大証とサイメックスの日経平均先物は動いているが、現物の株式の売買が止まっている12:30~13:00の「魔の30分」の影響が大きいということだ。

典型的な流れは以下のようなものだ。
① 機関投資家のまとまった売り買いは前場の終値をベースに昼休みに取引されることが多い。証券会社は、「前場終値マイナス何ベーシスで売り(或いは、プラス何ベーシスで買い)」というような注文を受け、場外取引が成立する。
② たとえば「売り決め」を受けた証券会社は、株価が下がるとまずいので、12:30から開いている主に大証で日経平均先物を売って、リスクをヘッジする。
③ 東証の昼休み中に先物価格が動いているので、13:00に東証が開くと、先物と現物の株価の乖離が拡がっており、裁定取引のオーダーが入る(たとえば先物買い戻しの、現物売りの裁定)。
④ 裁定取引の現物注文が入り、現物ベースの日経平均が大きく動くと、これをトレンドと見た投資家の追随的な注文が出て、変動が拡大する。
⑤ こんなメカニズムで、株価の動きは、昼休みの機関投資家の売買注文に大きく影響を受ける。

こういったパターンで株価変動が拡大するので、アウトライトの売買でこれを利用するトレーダーや、裁定取引を仕掛けるトレーダーも、大いに儲かっているにちがいない。

全て「東証が悪い」とまではいえないかも知れないが、先物と現物でオープンしている時間にズレがあれば、裁定取引が大規模に入るのは、殆ど自明であって、容易に想像できることだ。絶対とまではいえないまでも、株価の変動を後押しするような裁定取引が入りやすい市場運営になっている。

これは、少なくとも、株式市場の運営としてはかなりまずい状態だし、東証はここでも投資家に大きな迷惑を掛けているといえるだろう。西室泰三社長は、「法律違反があれば取りしまる」というような、あまりに当たり前の、寝ぼけたことを言っているが、こうした裁定取引が誘発されて、株価変動が加速することは、当然想像できることだ。何とも粗末な市場運営といっていいだろう。
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堀江メールの解決方法

堀江容疑者が武部幹事長の息子に3000万円を振り込むように指示したというメールを巡って、民主党と自民党が対立している。「ガセネタでの追求は名誉毀損だ」という自民党、「ネタ元は出せないが、信憑性は自身がある」という民主党の組み合わせは、このままでは、民主党が不利だし、十分な根拠がないのに批判したのなら、民主党の永田議員が悪いし、これは懲罰に十分値する。

どうすればいいのだろうか?

これは、予算委員会でさっさと秘密会を開けばいいのでは無かろうか。秘密会という制度はこういう時のためにある。もちろん、ネタ元の保護は重要であり、秘密の漏洩には厳しい罰則(議員罷免+損害賠償+刑事罰)を与えることを確認して行うべきだ。それで、民主党が証拠を示せないなら、もう民主党なんていらないし、やはり事実だったというなら、少なくとも武部氏の責任問題ではあるだろう。

民主党の現在のもたつきが、この問題を、小泉首相の責任問題に格上げするための戦略だというならかなり面白いのだが、さて・・・?
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藤原正彦「国家の品格」

この頃、読書は主に風呂の中でしている。タオルと共に本を持ち込んで、風呂の蓋の上に本を置いて読む。夜中に長風呂しながら読むので、新書なら二日に一冊くらいのペースで読める。

最近よく売れている藤原正彦「国家の品格」を読んでみた。著者は海外通の数学者だが、数学者なのに、「論理はダメだ」ということを執拗に述べていて、情緒の重要性を説く。論理がダメであることを説くにも、情緒の重要性を訴えるにも、言葉とその論理性に大きく依存しなければならないところがパラドキシカルであるが、そう目くじらを立てて読まなくてもいい本であることを途中から感じる。

たとえば、「卑怯」とか「惻隠」といった武士道の概念(と言いきって良いのかどうかは浅学な私には分からないが)を教える方が、市場の論理の貫徹よりもよりも良い、というようなことが言われているが、まあ、その通りと言えばその通りだが、こうした重要な概念をどうやって実効あるものにするかについて思索が深まっていないから、早くこの本を読み終えて新渡戸稲造「武士道」を読もう、という気が読書中に起こってしまう。

内容的に救いなのは、タイトルから想像されるよりは著者の主張がナショナリスティックではないことだ。著者は、日本を、美しい国土、高い道徳を以て、世界史上に残る天才(たとえば数学の)が育つような国にしよう、と言っているに過ぎない。身構えて読んでみた割には、案外に爽やかであった。右翼論客がよく使うような、「国を売るな」とか「国益」といった下品な言葉は出てこない。

それにしても、このもとになった講演を、「国家の品格」というタイトルで本にしようと考えた編集者のビジネスセンスは立派だ。国としては、アメリカにも中国にも勝てないが(そのこと自体、個々の国民にとって何ら問題ではないが)、日本の国民性に拠り所を持ちたいと思っている多くの日本人の存在と、少し景気が回復して、ややホッとすると共に、ちょっとは褒めて欲しく思っている彼らの心境をよく見抜いたタイトルだ。ただし、ビジネスとしてのピントが合っている分、内容とタイトルは乖離している。

尚、普通そんなことはないのだが、この本は、お湯の中に落としてしまって、ごわごわになってしまった。この本を酷評するつもりはないが、私との相性は良くないようだ。
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ドンキホーテとオリジン東秀

ドンキホーテとオリジン東秀の問題が面白い局面を迎えている。

この問題は、そもそもオリジンの創業一族がドンキに株を売ったオリジンの内紛に端を発しているが、ドンキが1/3超の株式獲得を目指して2800円でかけたTOBが、ホワイトナイト役のイオンの3100円でのTOB(期限は3月1日)によって失敗して、オリジンはイオンの傘下に入るのかと思われた。しかし、2月16日になってドンキはオリジン東秀の株式を市場で買って、46%超を保有していることを明らかにしたのだ。

これで、オリジンの経営陣と共にあわてたのは、イオンのTOBを当て込んでオリジン株を持っていた投資家たちだ。ドンキがイオンのTOBに応じなければイオンのTOBが成立しなくなる公算が大きいから、彼らは持ち株の売り場が無くなってしまうかも知れない。オリジン東秀は魅力のある会社だが、3000円近辺の株価は、さすがにかなり割高だ。そんなこともあって、16日のオリジンの株価は前日比310円安の2780円で引けた。

持ち株の処理に困ると見えていたのに、一転して有利な立場に立ったのはドンキホーテだろう。理由は、彼らのみが、イオンのTOBが成立するか否かを事前に分かるからだ(自分で決めるのだから)。彼らは、あわてた投資家が投げた株を市場で買ってオリジンの過半数を確保して経営権を取ろうとしてもいいし、或いは、3100円よりも安くオリジン株を買えるだけ買って、イオンのTOBに応じて大儲けする手もある。

イオンはもともと3100円で全株買ってもいいと言っているのだからいいとして、現在、困っているのは、一般株主ということになる(オリジンの経営者にはあまり同情を感じない。注意力が足りない)。もっとも、オリジンの株式の価値が株価に見合うだけあれば損はしない理屈なのだから、この状況をもって、TOBルールの見直し等、企業買収ルールの見直しの必要性を訴えるのは、やや無理があろう。

一方、ドンキは、印象として汚いし、冷静に考えると、これでオリジン東秀を傘下に入れても、上手く経営できるとは思えない。過半数を抑えても、オリジン側の不測の抵抗を受けるリスクがある(筋のいい手は無いが、抵抗手段はいろいろある)。

私がドンキの経営者なら、オリジンの株を出来るだけ安くたくさん集めて、イオンに売って巨利を得るのがベストだと思うが、これは何とも興味深い状況だ。
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ライブドア株と外資系運用会社の力量

ライブドア・ショックで大幅に下落したライブドア株について、面白い事実が明らかになった。

フィデリティーとキャピタル・リサーチといえば、あまたある米国系の運用会社の中でもレピュテーションの高い運用会社だが、これらの日本法人がライブドアの株式をそれぞれ同社の発行株数の6%を超えて持っていたのだ。取得時期は多少異なるようだが、昨年末の時点で両社がこれだけのライブドア株を持っていたことは確実だ。

業界外の方の為に補足すると、フィデリティーは「世界最大」の運用会社だし、キャピタル・リサーチはたぶん評判を集計すれば「世界最良」(本当かどうかは知らないよ!)の運用会社と言っていいだろう(チャールズ・エリスが「キャピタル」という本を書いており、日経から翻訳が出ている。ちなみに、訳書の帯のコピーは「こんな会社にお金を預けたい!」だ)

ところが、1月末時点では、フィデリティーは保有割合0.54%までライブドア株を売却し、キャピタル・リサーチは逆に8.58%へと2%以上買い増しした。

注目点は二つある。

一つは、調査力だの運用力だのといっても、外資系の大手の運用会社でも、ライブドアの粉飾を見抜くことは出来なかったということであり、運用会社に(もちろん証券会社にもだし、プロ一般に対して、ということでもあるが)過大な期待をしない方がいい、ということだ。

年金基金などには、まだ外資(外人?)コンプレックスを持っていて、「外資系のファンドマネジャーは本当のプロだから、日系のサラリーマン・ファンドマネジャーと違う」などと半可通の運用会社グルメ的解説をしながら、外資系運用会社を偏愛する運用担当者(運用執行理事など)がいる場合があるのだが(黒船と太平洋戦争敗戦の影響は大きい!)、こういう人たちは、今回のケースをよく噛みしめて理解すべきだ。

現実を言ってしまえば、外資だろうが、国内だろうが、運用パフォーマンスにつながる「運用力」には大差がない。これは、日米の投信の運用成績で見てもそうだし、「本当に儲かられると思うなら、他人のお金なんて運用しないだろう」という身も蓋もない経済常識が正しいのだ。

詳しくは別の機会に書こうかとも思うが、外資系の運用会社で優れているのは、イメージの作り方であり、マーケティング戦略であって、且つこれと一致したマネジメントが出来ていることだ。これとて、日本の証券会社や保険会社(まして銀行)出身の素人経営者には真似が難しいことなのだが、彼我の差は「運用力」にはない、というのが運用ビジネスの現実である。

ところで、ライブドア・ショック以降のフィデリティーとキャピタル・リサーチの正反対の対応は興味深い。

結果はどっちがいいか分からないが、ライブドアをここに来て投げ売りしたフィデリティーよりも、株価よりも実態価値はあると判断して実際に行動するキャピタル・リサーチの方が、運用会社のあり方としてはサマになっている。

気楽な見物人としては(ああ、良かった!)、良し悪しではなく、好き嫌いで、キャピタル・リサーチに1票を投じたい。
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トリノを見て、採点競技について考える

トリノで冬期オリンピックが開幕した。ここのところ、テレビの情報番組に関わる機会が多いこともあって、無関心でも居られないので、開幕初日の幾つかの競技を、原稿書きをしながらテレビ観戦した。ジャンプの原田選手のあっけない失格で何やら日本選手のツキが落ちたような流れで始まったオリンピックだが、初日の目玉は、上村愛子、里谷多英両選手が出場する女子モーグルだった。

結果は、上村選手5位、里谷選手は15位だった。里谷選手の15位は、第二エアの着地失敗ということで分かるのだが、上村選手が、3位、4位の選手とどのように違うのかは、少なくとも素人である筆者には分からない差だった。

第二エアの「コーク720」とやらの完成度が高かったので、もっと高得点が出ても良かったのではないかとも思った。あれだけの大技をきれいに決めたなら、少々タイムが遅くても問題ないではないか。要は、採点者の主観に大きく左右されている競技なのではないか、という印象を持った。

尚、念のため言っておくが、筆者は、むしろアンチ・ナショナリストであって、日本選手を応援するのが当然だというような感覚は持っていない。上村選手は、あの競技にあって殆ど無駄な素晴らしいルックスを持っているが、これも関係ないとも一応言っておく。

冬季オリンピックは、フィギュアスケートを筆頭に、審判員の採点が勝敗を左右する競技が多い。ジャンプのような目的が明確に見える競技でさえも、飛型点という曖昧な要素がある。

どちらかというと曖昧が嫌いな筆者は、競技としては、たとえばスピードスケートやアルペン・スキーのような、タイムで勝敗を測るものの方が、客観的で純粋なスポーツとして見られるので、爽やかだ、という感想を持たないではない。採点競技に、ある種の「不純」があることは確かだ。

国や、人脈、スポンサー、それに容姿などが影響するように見える女子のフィギュア・スケートなどは、ショーとして見るには良くても、スポーツとして評価するには躊躇を覚える。(たとえば、日本の女子の最終選考会、中野友加里選手の点は不当に低かったと思った)

しかし、物の見方を変えると、ビジネスパーソンの評価などは、上司との人間関係や、血筋、学歴などが評価に影響を与えることが日常の、大変曖昧な世界だ。しかし、曖昧ながらも、損得、勝ち負けのある勝負の世界でもある。冬の五輪に多い採点競技は、こうした現実社会の勝負を模したものだとはいえないか。

たとえば、容姿が不利なフィギュアスケート選手は、ジャンプの回転数など、目に見える実績を見せないと評価されないのは、現実世界に、良し悪しは別として、よくあることだ。

これは社会の縮図なのだとすれば、採点競技にも、人間そのものを賭けたある種の純粋な戦いを見ることが出来る。
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ライブドア上場廃止

報道によると、東証がライブドア株の上場廃止を決めつつあるようだ。先般来、西室社長が「上場廃止には基準があるので、これに抵触したら廃止することになると思う」と予防線を張っていたが、いよいよ現実化するようだ。この種の不祥事の場合、社長逮捕で管理ポスト、基礎で上場廃止が決まって整理ポストへ、というのがスタンダードらしいから、起訴と前後して上場廃止になるのは、市場参加者にとって、それこそ「想定の範囲内」だ。

影響が重大な粉飾(有価証券報告書の虚偽記載)が組織的に行われていたなら上場廃止、という基準に照らすと、ライブドア株を上場廃止にしないことの論理構成はかなり困難だ。カネボウや西武鉄道など、他の事例との比較からも、上場を継続すした場合に集まる首尾一貫性の無さへの批判には抗し難いということだろう。私も、今上場を廃止することについて東証を批判する積もりはない。

ただし、22万人と言われる個人株主には相当の不便を掛けることになる。また、「上場廃止では仕方がない」と見切り売りして、ライブドア株を不当に安く売ることになる投資家が多数出そうだ。

ところで、考えてみると、この事件の主な時期は2004年の秋である。ライブドアは、100分割を二度も行うなど、まことに行儀の悪い会社だったし、また、悪い噂が頻繁に流れていた会社でもある。東証も、そして、証券取引等監視委員会も、もっと早期に摘発できなかったのか。いわゆる「垂れ込み」「告発」は多数あった筈だ。なぜ、これを早期に見抜けなかったのかは、検証する必要がある。

もっとも、この点については、総選挙の時に自民党が見抜けなかったくらいなのだから、仕方がないのか。

尚、国民は、総選挙の時に、自民党が間抜けだったことを見抜けなかったのだから、他人ばかりを責められない、という皮肉な構造になっている。ちなみに、私は自民党には投票しなかったが、それは、ライブドアの悪事を見抜いていたから、というわけではないから、私も似たようなものだ。だが、プロである監視委員会と東証はもっと早く見抜いてくれないと困る。

放火犯は勿論悪いが、大火になったのは、防災体制がしっかりしていなかったからだ。

ライブドア株では、今回のショックで、ざっと6000億円の時価総額が消し飛び、それだけ投資家が損をしたということだが(TVコメンテーター風には、「3億円犯人が、2千回盗まなければ追いつかないくらいの被害をもたらした」とでも表現するか)、もちろんライブドア社の経営陣が一番悪いとしても、市場の監督者が、その用をなさなかったことで、これだけ被害が拡がったのだともいえる。

東証に関しては、多分割への対応が遅かったし、ライブドアが売買単位を余りに小さくしたことに対しても無頓着すぎた、という点の非難も受けなければならないだろう。金額だけでなく、件数という意味で、これだけ被害が拡がったことの責任の一端は東証にもある。
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取材される立場について

原稿を自分で書いたり、テレビで話したりする仕事の他に、インタビューなどの取材を受ける仕事がある。通常は、取材を受けて、後から送られる原稿を確認して、「OK」と伝えたり、修正を連絡したり、という手順になる。

概ね、自分で原稿を書くよりも楽なのだが、時には、「行数を変えずに修正せよ」というような先方の指定を守るのに四苦八苦したり、言ったことが全く誤解されているのを見つけて、修正に時間が掛かったりする。後者の場合、単に時間が掛かるだけでなく、腹が立つこともあるので、インタビューを受けるときに、字数と行数を聞いておいて、自分で書けば良かったと思うこともある(たまには、本当にそうすることもある)。だが、多少の苦労をしても、最終的には、「出してもいい」と思う記事になることが多い(そうでなければ、取材を受けること自体が合理的でない)。

しかし、時には問題がこじれることがある。たとえば、先方がまとめようとする記事の本文の一部や、別枠のインタビュー・コラムのような形式で、先方が取材内容を使おうとするケースで、こちらが考えているのと反対だったり、無関係だったりするようなコンテクストの中で、こちらの発言が利用される場合だ。

このような場合、こちらとしては、自分の名前・発言・写真などを使って欲しくないが、先方は、原稿の〆切もあれば、ページレイアウトの都合もあるので、なかなか取り下げが難しいことがある。こうした場合は、取材に応じたことを本当に後悔することになる。

こうしたときに、名前・発言・写真などの掲載が、法的にどの程度拒否できるものなのか、確かめておかなければならないと思うのだが、本当のところ、まだそこまで確認できていない。(どなたか、参考書でも教えてくれないものか・・・)

また、新聞や雑誌の場合、関連する原稿全体を見せてくれるとは限らない。一応、こうした媒体には「編集権」というものがあることになっており、親切な記者が原稿全体を見せて確認しようとすると、ウルサイ先輩に怒られることがあるという。

尚、自分の意図とアウトプットが一番乖離する可能性が大きいのは、テレビのVTR取材だ。どの部分を使われるか分からないし、どんな流れの中で使われるかによって、少なくとも印象は大きく違う。VTR取材の場合は、相手との信頼関係が重要だ。生番組なら出るけれども、VTR取材は原則お断りという人もいるらしいが、気持ちは分かる。「後から編集できる」ということは、「失敗しても大丈夫」ということであるよりも、「編集によって内容が変わるリスクがある」ということだ、と覚えておくほうがよい。

雑誌や新聞の場合も、本文中に引用される形の場合には取材する側の誤解も含めて意味が変わることがあるし、全文を確認しても、見出しの付け方でニュアンスを変えられてしまうことがある。

最近受けた取材で、1200字くらいのインタビュー原稿の全文を確認したのだが、全体を通じて「今後、量的緩和の解除による長期金利の上昇が株価への不安材料だ」という趣旨の文章の、最後の部分にある、「量的緩和解除が先に延びた場合には、株価が大幅高になる可能性がある」という補足説明があるところを見出しに立てられて、唖然としたことがある。(ヤラレタ!)

新聞など〆切を急ぐ媒体の場合は、私の発言としてカギ括弧に入る部分だけ確認させて貰えると有り難い、と頼むことが多く、多くの場合この希望は聞いて貰えるが、取材を受ける以上は、先方が内容を誤解する可能性も含めて、取材者が正しいと思った通りに報じられても文句が言えないのだ、と最終的には覚悟しておく必要がある。

そういう意味では、取材される側になることはリスクがあるが、私の場合は、仕事柄、意見を届けるチャネルは多く欲しいし、名前が出ることは(悪い内容でなければ)仕事のプラスになるので、取材はできるだけ受けるようにしているし、相手に関しても、○○新聞なら受けるけれども、××出版の取材は受けない、というような分け隔てはなるべくしない方針だ。

多くの場合は、取材する側とされる側は持ちつ持たれつの協力関係にあり、いわば「繰り返しゲーム」だから、お互いに便宜を図り、信頼関係を保とうとするのだが、それは、先方にとってこちら側の利用価値が無くなるときには、裏切られる可能性があるということだから、特に、一回限りの取材を受ける相手には注意するべきだろう。

取材する側の誤解ということも多いものだし、「繰り返しゲーム」的な関係にはないことが多いだろうから、一般の方は、私よりももっと慎重に取材を受ける必要があると思う。

なぜ、わざわざ、こんな辛気くさいことを書く気になったかというと、さる雑誌のライターと、状況的に修正のしようが無さそうな(救いようのない)原稿の修正について、現在、メールでやり取りをしているからだ。これは、後悔の多い結果になりそうで、こういう引っかかり案件があると、他の原稿を書いている間も、何とも憂鬱だ。
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皇室典範

政府が用意していた皇室典範改正案が、紀子さまご懐妊で、提出取りやめの方向になった。「長く議論すればいいというものではない」と言って提出を推進していた小泉首相が、「全会一致が望ましいので、慎重に」と言いだして、今国会での提出を諦めた様子だ。

物事の理屈を考えると、皇族の懐妊といった一般的にあり得る状況変化で判断を変更しなければならないような原則なら、もともとがおかしい。皇室典範改正案が正しいと思うなら、「政治家・小泉純一郎」は主張を貫くべきだろう。

しかし、世論は、次に男子が産まれた場合もともとの皇位継承順位に今回の改正案が影響することを嫌っており、皇室典範改正に反対だ。この空気の中で、皇室典範改正を強行しようとすると、これを争点として「政局」(政治的闘争)に発展しかねない。そして、この政局は、皇室典範改正派に不利だろう。「政治屋・小泉純一郎」はこうした状況を読んで、方針を変えたに違いない。

小泉首相の中で、「政治屋」が「政治家」に勝った理由は、”皇室典範政局”は安部官房長官にとって負担が重すぎるからだろう。この点を考えると、谷垣財務大臣に財政と消費税、麻生外務大臣に米国産牛肉、などとそれぞれ難題を抱えさせて居る一方で、安部氏の負担を軽くするのだから、安部氏が次の総裁候補の本命ということなのだろう。

仮に、小泉→安部、と継承されるなら、これは、日本の大企業の社長が、自分と似ていて、自分よりも少し劣る社長を後継に選びがちなのとそっくりだ。言語の使い方などから判断するに、安部氏はオツムの程度は小泉氏並だろうし、ルックスから来るイメージは小泉氏並に良く、政治的には小泉氏と同程度(以上?)に明確に右寄りで、政局的センスはたぶん小泉首相に及ばない。彼が小泉首相に勝るのは、国民が右傾化を指示した時の勇ましさくらいだろう。

それにしても、小泉首相は、今年に入って、中東訪問はシャロンが倒れて肩透かしを喰い、ライブドア問題、米国産牛肉問題、マンション偽装問題と、立て続けに不人気になる問題が発生して、ツイていない。歴史に名を残したいと意欲を見せていた、北朝鮮との国交正常化、皇室典範改正も共に難しくなった。昨年秋のツキ過ぎの反動でもあろうが、レームダック化が急速に進んでいる。

この調子では、小泉後継を狙う、安部一派(竹中、中川など)も安閑とはしていられまい。
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証券取引等監視委員会の位置

ライブドア問題に絡んで、今回の不正摘発で存在感の乏しかった、証券取引等監視委員会をどうしたら良いか、と訊かれることがままあり、「強化が必要でしょう」と答えるよりないのだが、今一つ釈然としない思いだった。

釈然としない理由は、同委員会の「強化」は、人員の増加につながり、ただでさえ大きな権限を持っている金融庁の強化につながるので、行政改革に逆行するように思えるからだった。

だが、良く考えてみると、そもそも、この委員会が金融庁の中にあることがおかしい。金融庁は、銀行、証券、保険といった金融業界の利害を代表する(少なくとも繁栄を願う)官庁だから、金融庁は彼らを十分に監視できるかどうかは怪しい。また、利害上、基本的に株高を願う官庁でもあるので、株価を下げかねないコワモテの摘発活動をビシビシ行えるかにも疑問がある。

また、それ以上に決定的と思えるポイントは、金融庁の官僚自体が、インサイダー取引など、証券取引の不正に関わる可能性が大きいことだ。委員会が金融庁の中にあっては、金融庁自身の不正など暴けるはずがない。

つまり、人員増強その他の問題以前に、証券取引等監視委員会を金融庁から分離独立させることが肝心なのだ。

証取法の罰則強化、上場会社の取締役会の強化(→半数以上は社外取締役に)、会計監査の改善(→監査法人の定期的交替義務と、東証による監査法人指定を)、と共に、証券取引等監視委員会の独立も、「ライブドア事件の教訓」として、加えておきたい。

尚、監督の強化は、規制の強化ではあるが、これは取引のもとになる情報の質を改善する効果があるので、「規制強化だから、自由の拡大と経済効率の追求に反する」という形式的な批判は当たらない。それに、そもそも不正を犯す自由は必要ない。

ところで、証券取引等監視委員会が独立したら、これは、なかなか面白い転職先候補になるかも知れない!
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ライブドア事件報道の危うさ

次の文章は、2月5日の日経の社説の一部だ。

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事件の全容が解明されるまで、事実関係の扱いは慎重でなければならない。確かなのは市場を舞台にした「錬金術」まがいの取引が、証取法に違反する疑いが強いことだ。
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これ自体としては、当たり前のことを書いているが、それでは、ライブドア本体の粉飾決算といった(粉飾決算は明らかに証取法違反だ)これまでの日経の報道は何がもとになっているのだろうか。「疑い」だけで、大きな見出しで報じるのは乱暴だし、まさか、同社が、これまで調べて来たが、まだ公表していなかった独自の調査報道の結果ではあるまい。

他社の報道も大同小異なのだが、家宅捜索で証拠が押収された今となっては、独自に根拠を集めることが難しいような事実が次々に報道されてきた。これらの報道の根拠になっている事実は何なのか。地検以外に、信頼に足る情報源は無いように思うが、どうなのか。(※正確に言うと、ライブドア問題は、各社「大同小異」ではなかった。たとえば、読売は、今回、朝日よりも、半日以上、一日未満早くて的確だったと思う。記者クラブ発表以外がソースになる事件はメディアによって報道に差が付く)

大きな問題は、地検が、必ずしも「信頼に足る情報源」ではないことだ。彼らは、世論の支持と関心を得たいと思っている筈だし、家宅捜索や逮捕を正当化したいと思っているはずだ。ライブドア以外の刑事事件でも、メディアが、検察の発表をそのまま大きく報じて、実は後から無罪になった事件があるのではなかろうか。

私の個人的な心証としては、ライブドアの場合、証取法に抵触するだろうし、それ以上に、市場の倫理にそむく行動を取っていたことはほぼ間違いないと思う。彼らを弁護したい気持ちは無い。

だが、しかし、ライブドアに関する報道についても、検察の提供した情報を新聞社等のメディアが勝手に消化して、間違いない「事実」であるかのように報ずるのではない、確度に関する判断材料の提供を含む情報が欲しい。

取材源の秘匿が大切だとしても、たとえば、「地検の責任ある地位の者のコメントによる」とか「ライブドア関係者に対する、小社の独自の取材と判断による」といった記事の判断根拠をはっきりさせるような記事を求めたい。それで、拙いような情報を地検が提供している(「洩らしている」という方がいいかも)とすれば、それは地検が悪いのであり、それ自体が、別の重大ニュースではなかろうか。

記者クラブ、放送免許、外人の持ち株規制、などに加えて、記事は根拠を示さない書きっぱなし、しゃべりっぱなし、でいいのだとすれば、日本のメディアはあまりに甘やかされているような気がする。

それにしても、日経の社説の書きぶりから推測すると、地検は、堀江容疑者の黙秘に意外に苦戦しているのかも知れない。
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