ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「熱海殺人事件」

2021-10-05 10:50:41 | 芝居
9月3日文学座アトリエで、つかこうへい作「熱海殺人事件」を見た(演出:稲葉賀恵)。ネタバレあります注意!

熱海の浜辺で一人の女性が殺された。「くわえ煙草伝兵衛」の異名をとる部長刑事・木村伝兵衛(石橋徹郎)と、富山から赴任してきた新任刑事・熊田留吉(上川路啓志)、
そして婦人警官のハナ子(山本郁子)は、容疑者・大山金太郎(奥田一平)を取り調べる中で、事件を「華麗に」改ざんしていく・・・。

1973年に、つかが25歳の若さで文学座に書き下ろし、翌年、最年少で岸田國士戯曲賞を受賞した不朽の名作。
今回、初演版台本を再構築し、48年ぶりに文学座アトリエで上演の由。

伝兵衛は終始ハイテンションで、「警察の捜査方法に実存主義を導入したのは私なんだよ」と自慢するw。
熊田刑事も負けてはいない。「昨日ママンが死んだ。」熱海の海辺で、熱い砂、まぶしい太陽に興奮したのか、唐突にカミュの「異邦人」冒頭の有名な文句を口走るw。
ハナ子も被害者である女工・山口アイ子に扮し、容疑者・金太郎を相手に、事件当日の場面を何通りも再現する・・・。

4人とも熱演。と言うか、この芝居は、熱がないと上演できない!
ベテランの3人は当然うまいが、金太郎役の、若い奥田一平がうまいのには驚いた。
この役は意外と難しい。何度も気持ちが揺らぐし、後半、せっかく嫌疑が晴れて(いや、正確には彼の自供が刑事らの求めるイメージに反していたため)「もう帰っていいぞ」と言われたのに、「ちょっと待ってください」と言って、逆に自分が犯人だと主張し始める。この難役を、彼はなかなかの説得力で表現して見せる。

キャスティングもいい。石橋徹郎の鬼気迫る演技と言い、他の3名の適材適所な配役と言い、文学座の実力を(久々に)感じさせた。

時代が少々古いので、ブスなどという差別語や、工員や女工に対する侮蔑の発言など、現代の芝居では決して聞かれなくなった言葉が頻発する。
富山弁と長崎弁が出てくるが、長崎弁の方は、例によって変だ。どこの言葉かと思った。

初演当時は教養主義というものがあったから、「異邦人」だの実存主義だのは、大学生なら誰もが知っていたし、しかもみんな大いに関心を抱いていたから、
途中何度も爆笑が起こったことだろう。今日では、さてどんなものか。我々シニアは大いに楽しませてもらったが。

ラストの伝兵衛のセリフが生演奏の音でかき消されて一部聞こえなかった。わりと重要な箇所なのに。
それと、ここのセリフの言い方を、もっと工夫してほしい。すべてが彼の妄想だったということが、観客にはっきり伝わるようにした方がいいと思う。
これは演出の問題だが、彼の狂気が伝わるようにしないと。この芝居の、そもそもの意味と構造が、ここで初めて観客に明かされるのだから。

あの頃の熱い空気が懐かしくなった。初演を見ていたら、さぞかし興奮したことだろう。残念だが、今回見られただけでもよしとせねば。
熱に浮かされた芝居を存分に楽しむことができた。
コメント
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