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 年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

彰義隊遺聞 森まゆみ著 2

2008年11月27日 | 福神漬
彰義隊遺聞 森まゆみ著 2
『皐月晴上野朝風』を明治23年5月に上演した菊五郎が彼の扮する回向院にある天野八郎の墓を訪ねて、墓を修復した。この行動に対して明治4年に墓を建立した元彰義隊の同志は施主に無断で修復したとのことで怒り(芸人風情に修理された)円通寺に改葬し、天野八郎の碑をたて榎本武揚の額がある。また問題の菊五郎の修復した台石もあるという。つまり今の墓は菊五郎の芝居がなければ円通寺になかったこととなる。芸人に対して『』という差別感がまだ残っている時代だった。今の歌舞伎役者はこの人達の苦労の上に成り立っている。
 福神漬の生まれた上野周辺の状況がこの明治23年の第三回内国博覧会のあたりから変ってきた気がする。それは戦後の復興期から『もはや戦後ではない』と言われた時代になった時に似ている。
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