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ミッション・イン・サンタ

 M16の予備弾倉はもうない。コルト・ガバメントの弾もない。ワシとトナカイの二人で血路を開いてなんとかここまで来た。あとは素手でミッションを遂行する。
入り口の前にヤツがいた。アジア人だ。上半身裸。30前後の若い男。細面でやさ男な顔立ちだが、胸と腕には異様に筋肉がついている。腹筋も発達していて割れている。かなり鍛えているようだ。
「アチョアー」怪鳥のような叫び声とともに蹴りを入れてきた。ワシはかろじてよけた。
 トナカイが前に出てきた。
「こいつはワシにまかせて、お前はプレゼントを持って先に行け」
 ヤツはチラッとトナカイの方を向いた。そのスキを見逃すワシではない。パンチを放つ。強烈なストレートだ。ワシは海兵隊出身だ。格闘技は自信がある。ヤツは手の甲でワシのストレートを受け流した。見事な受けだ。ヤツの横を走り抜けるトナカイの背にはプレゼントが一個ある。最後のプレゼントだ。これをあの子に渡せば今年のワシの仕事は終わる。
 ヤツは背中に手を回してヌンチャクを取り出した。「アチョオオオ」ぐるぐる回してピタリと止めた。スキをみせれば致命的な一撃を受ける。

「今年もキミの使命は、世界中の子供たちにプレゼントを配ることである。一人残らずだ。いかなる状況の子供であっても必ずプレゼントを届けることは例年通りだ。繰り返す。どんな子供にでも無条件でプレゼントを届けること。なお、キミ、およびキミの相棒が命を失うことがあっても当局はいっさい関知しないからそのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する」
 
 1人を除いて全世界の子供にプレゼントを配った。この最後の1人が難物である。彼は某国の王子である。今は某国の隣国に囚われている。某国は隣国の属国といっていい。某国の国王は王子の兄。この兄は隣国の意にそう国王ではない。チャンスを見つけて国王を亡き者にしようしている。隣国は密かに弟王子を誘拐、幽閉している。兄国王亡き後、幼少の王子を国王にしたてて某国をかいらい国家にしたてるつもり。「その日」が来るまで王子の存在は極秘にしなくてはならない。

 ガゴン。回し蹴りがヤツの側頭部にヒットした。ヌンチャクが手からすべり落ちた。ヤツはひざから崩れ落ちた。
 建物の中に入る。天井と側面がガラス張りの廊下に入った。5メートルほど先をトナカイが走る。
「気をつけろ。どんなワナがあるかわからんぞ」
 トナカイが急に立ち止まった。そこで廊下は終わっている。その向こうはちょっとした広場だ。広場の突き当りに巨大な石像がある。巨大な武人像だ。その石像まで石畳。飛び石に色の違う石が埋めてある。
「あの石像は動きますよ」
「わかっておる。あの石像の向こうに行く必要があるぞ」
「この石を踏めばいいのですか。踏まない方がいいのですか」
「わからん。ともかく行くぞ」
「ぼくが先に行ってみます」
 トナカイが石畳に足を踏み入れた。違う色の石にヒヅメを乗せた。パラパラ。小石が天井から落ちてきた。地面がかすかに振動している。石像の下半身を埋めていた岩にひびがはいった。
「あぶない。ふせろ」
 バン。下半身の岩が砕けて飛び散った。巨大なショットガンで撃たれたようだ。ワシとトナカイの背中を砕けた岩がかすめて飛んでいく。石像は全身を現した。3世紀から6世紀ごろの古代日本で造られた埴輪のようだ。その巨大な武人像の埴輪が動き出した。石の腕を顔の前で交差させると、無表情な埴輪の顔が一変した。青い憤怒の表情を浮かべた武人となった。黄色い目玉をぎょろりとワシとトナカイに向けた。
「こいつはぼくがなんとかします。早く王子にプレゼントを」
 そういうとトナカイはジャンプして石像に体当たりした。石像がグラッと傾いた。次の瞬間、トナカイは角を石像の足にからませた。そのまま首を振る。ズシン。石像が倒れた。
「いまのうちに早く」
 ワシは石像の横を駆け抜けた。また、廊下に出た。さっきの廊下より少し幅が広い。壁には等間隔で銃眼のようなモノがあいている。機関銃が埋め込まれているのか。6ミリ程度の小口径機銃弾なら、ワシがいま着込んでいる防弾チョッキでも有効だ。床をはうか。天井を伝うか。だめだ。銃眼はすきまなく設置されている。もし12.7ミリの大口径なら、1歩踏み出せばたちまちミンチだ。
 センサーはどういうものだ。床に仕掛けてあって重量を察知するのか。赤外線で察知するのか。
 小石を床に投げ込んでみた。反応なし。帽子を脱いで、フワッを空中に投げた。一瞬、光があふれた。レーザーだ。劣化ウラン弾を発射する20ミリバルカン機関砲よりタチが悪い。天井から床、左右の壁。格子状にレーザー光線が光っている。ここに入れば、人体が10cm角のサイコロ肉になる。横に金属製の箱がある。この箱がレーザー装置のコントロールボックスらしい。フタがあるが厳重に密封してある。
 ズーン。背後で爆発音がした。ううう。うめき声がして、トナカイがそこに倒れた。全身、血みどろ。
「しっかりしろ。石像はどうした」
「倒しました。手榴弾を使いました」
「手榴弾はまだあるか」
「あと1個。うう」
 トナカイは意識を失った。彼の背から手榴弾を取って、コントロールボックスに仕掛けた。上着の端をほぐして長い糸を作った。糸を手榴弾の安全ピンにくくって、端を持ってそこを離れた。トナカイも引きずって離す。
 手榴弾を爆発させた。コントロールボックスのフタにひびがいっただけだった。だめだ。これじゃ、レーザーを切ることはできない。
 フタのすき間から基盤が見える。ICがいくつか実装されている。あのICを破損できれば。しかし、すき間は小さく指も入らない。
「ここの空気は乾燥してますね」
 トナカイが話しかけてきた。苦しそうだ。
「だまってろ。体力を消耗するな。仕事がおわれば手当てする」
「ぼくはもうダメです。これでぼくの背中の毛皮をはいでください」
 トナカイはそういうとナイフそこに置いた。銃剣用のM9ナイフだ。
「ぼくの毛も乾燥してます。乾燥した動物の毛皮は静電気がたくさん」
 トナカイはそれだけいうと力がつきた。ワシは彼の意図を理解した。トナカイの背中の毛皮をはいだ。それを服でこすった。ワシの服は化学繊維だ。トナカイの毛皮は化学繊維との摩擦によってよりいっそう静電気を貯めた。
 たっぷりと静電気をふくんだトナカイの毛皮を、コントロールボックスのすき間に押し込んだ。フッと暗くなってレーザーが消えた。
 すき間から見えたICはC-MOSのICだ。C-MOSのICはごく少量の電流で作動する。ただし、容量を超す過電流を流されると破損する。だから、C-MOSのICを取り扱う時は、アースした作業台の上で、静電気帯電防止作業服を着用して、静電気帯電防止手袋で取り扱わなければならない。それが、たっぷりと静電気を帯電したトナカイの毛皮に直接接触したのだ。一瞬で基盤の全体のICが壊れた。

 王子は眠っていた。ワシは枕元にプレゼントを置いた。これで、ワシの今年の仕事も終わった。相棒のトナカイを亡くした。ワシももう引退だ。
 え、王子へのプレゼントはなにだったかって。ワシは届けるだけが仕事だ。ただ、聞いたところによると、プレゼント選びは彼の兄が行ったそうだ。

 C国の山岳地帯。そこに城がある。その城から一体の死体が人知れず運び出された。小さな少年の死体だ。
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