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究極の少子化対策

「この法案こそ、少子化対策の究極の形であり、ごく近い将来に必ず訪れる年金制度崩壊に対応できる法案でありまつ。国民のみなさま、いまこそ、この国の未来を選択する時でちゅ。私はこの法案に政治生命をかけているのでちゅ。この法案1本で、抜本的に少子化に歯止めをかけ、しかも年金に頼らない老後を保障しまつ。まさに救国の法案でありまちゅ。私は、首相在任中に必ず法案を成立させまつ。そのためには解散総選挙を行うこともやぶさかではありまちぇん」
 結局、解散総選挙となった。結果は与党圧勝。その法案は成立した。アヘ内閣は異例の長期政権となった。

「おめでとうございます。男のお子さんです」
 看護師に呼ばれて分娩室に行った。妻の横に生まれたばかりの赤ん坊がねかされている。私はこの時ほど安堵したことはなかった。数年前、癌の手術後五年後の検査をした。再発はしていない。完治を医者から告げられた。あの時も心底ホッとしたが、40を過ぎて子供を授かった今回の方が安堵感は大きい。
 私と妻は12年前結婚した。私30歳妻20歳。10違いの夫婦だ。子供を熱望した。なかなか子供ができない。3年たった。5年たった。子供ができない。私も妻も親兄弟からヤイヤイいわれる。いわれたって子供はできない。なにより周辺より、私たち夫婦が一番子供が欲しかったのだ。
 不妊治療は、その分野の名医といわれる医者を訪ね回った。どの医者も首を傾けた。「おかしいですね。あなたたち夫婦は子供ができる身体なんです」人工授精も試みた。民間療法も山ほどやった。加持祈祷にまじない。ダメだった。毎日、はげむが妻は妊娠の兆候を見せない。
 とうとう私は40妻は30を超えた。人生に絶望した。そして昨年、ついに妻が妊娠した。そして、今日、私の人生で最もうれしい日を迎えた。

「道徳の教科書、ちゃんと入れた」
「うん。入れたよ」
 息子も小学校3年になった。小学校の授業で最も重要視されている教科は道徳。算数、国語、理科、社会などに比べて道徳の時間が多く取られている。道徳の成績が悪いと、小学校でも留年させられる。子供の道徳教育に力を入れる。これは超長期政権となったアヘ政権の最重要政策である。
 道徳、その中でも「親に孝行」が最も大切なカリキュラムとされている。「親を大事に」「親につくす」「成人したら親を見る」「親の老後を保証するのは子供の義務」こういうことが繰り返し繰り返し教えられる。
 9年間の義務教育。小学校、中学、そしてアヘ政権になって義務教育化した高校まで、日本全国で生まれてくる子供全員に、「親のめんどうは子供がみる」が洗脳されていく。

「あなた区役所どうでした」
「だめだ。親戚が1人でもいれば施設も補助金もダメなんだ」
「でも、顔も見たこともない遠い遠い親戚でしょう。そんな人に老後の世話になれっていうの」
「そうなんだ」
「お隣の池田さん、息子さん、四葉重工に就職なさったんですって。ご主人、今月退職なさるんですって。あとは息子さんがめんどうみてくださるようよ」
「そうか、お隣は40過ぎてからのお子さんだったな」
「そうよ。ところで区役所がだめなら再就職は」
「区役所の帰りにハローワークに寄ったよ。60過ぎて再就職の口なんてあるはずないよ」
「昔は年金があったんだがな」
「ないもんいってもむなしいだけだわ」
「二人で首でもくくるか」

「おかえり。長い散歩だったわね。今晩は秀和が、家族3人で泊まりに来るって」
「おい、お隣の吉田さんえらいことだぞ」
「どうしたの」
「夫婦で心中だ。二人そろって首吊ってたって」
「お気の毒に、お隣は、子供がいなかったからね」
「そうだ。年金もなくなったし子供のいない夫婦は死ぬしかないってことだな」
「おかえり。秀和。おお、これがオレの初孫か」
「清美さん、秀洋の教育はなんかお考えですか」
「はいお義母さま。神戸で最も『孝行教育』に熱心な幼稚園にいれます」
「そう、それは良い心がけだわ」
「おとうさん、ぼく、来月昇進なんだって係長になるよ」
「そうかその若さで四葉の係長とはたいしたもんだ。これも清美さんの内助の功があったればこそだ」
「あなた鍋がもういいですよ」
「おお、秀和まず一杯いこう。清美さんもいけるんだろう」
「こいつ、ぼくよりのみすけなんだ」
「ともかく、お前たちも子供できて老後は安心だな」
「うん、こいつも四葉に入れようと思ってるんだ」
「そんなにうまくいくなか」
「いくよ。そのころぼくは四葉の社長だ」
「大きく出たな。ハハハハ」
「秀和ならやりかねませんわ。ハハハハ」
「子供がいるから安心ね」
「そうだ。ハハハハ」
「ハハハハ」
「ハハハハ」

「あなた。吉田さん夫婦、心中だって」
「吉田さんってだれだ」
「ほら、あなたのお父さんのお父さんの弟の嫁さんの従兄弟の伯父さんの」
「ああ、確か、子供がいないから老後のめんどうを見てくれっていってきた」
「そう、その吉田さんよ。お葬式行く?」
「行かないよ。一度も会ったことがない人の葬式なんて」
「ご香典でも送っとく」
「いいよ」
「では弔電でも打つ?」
「それもいいよ。お金がもったいない。ぼくたちも子供がいないんだから老後のために一銭でも節約しなくちゃ」
「そうね。もう年金はないんだから」

 長年続いた少子化傾向に歯止めがかかり始めた。年金制度が崩壊し、老後は子供にめんどうを見てもらうべし。それがアヘ政権の方針だ。日本国民は必死で子供をつくりはじめた。
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