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新サルカニ合戦

 ドゴン。スミス&ウエッソンM29の巨大な銃口から、44マグナムが射出される。弾丸が銃口を出た次の瞬間、猿田の両手に握られたM29は上に跳ね上った。
 44マグナムが銃口から出るエネルギーは回転式弾倉のケツを強烈にキックする。その反動は尋常じゃない。M29を支えている手にまともに衝撃が伝わると、手の股が裂ける。銃を上に向けてエネルギーを逃しているわけだ。
 未熟者が拳銃を撃つと、反動で銃口は跳ね上がる。猿田は熟練の拳銃使いだ。
 栗田の額にポツッと赤い穴が開いた。44マグナム弾は持っているエネルギーを栗田の頭にぶちまけた。後頭部のほとんどが消し飛んだ。顔の部分だけお面のようになって残った。
 猿田はM29をホルスターにしまうと、そこを立ち去る。ボロ屑のようになった栗田の死体の向こうの壁には、栗田の頭の内容物が張り付いている。
 ポケットから車のキーを出す。先のコイン駐車場に車を停めてある。古い車だ。四角い2ドアセダン。スカイライン2000GT-R。いわゆるハコスカと呼ばれているスカイラインだ。GT-RはDOHCエンジン特有の音を響かせて去る。

「栗田がやられた」
「あいつのしわざか」
「そうだろうな」
 三人の男が深刻な顔で座っている。四角い身体に四角い顔。すべて四角い。その中で目玉だけが丸い。丸くてでっかい。大目玉をむいて四角い男がいった。
「猿田の息子か」
「間違いないだろう」
 その男は細い。細い三角だ。とがったアゴを下の支点に、細長い二等辺三角形の顔。四角い男とは逆に目は丸くない。顔の上に細いスリットは2本あるだけだ。
「で、どうする。臼井に蜂谷」
 四角男と三角男に問うたのは、巨漢だ。そいつがそこに座っているだけで、圧倒的なボリュームの質量が物理的な圧迫感をもたらす。常に口を動かしている。ガムでも噛んでいるのだろう。
「もちろん見つけ出して斬る」
「探さなくてもヤツの方から来るだろう」
「栗田はいないが、われわれ3人でヤツのオヤジにしたようにしよう」
「いちおう蟹崎さんの耳に入れておこう」
 巨漢が携帯電話を取り出した。彼の手で持つと電話が切手ぐらいの大きさに見える。
「はい。わかりました」
「蟹崎さんはなんといってた。牛田」
「なんとしても猿田を殺せと」

 ポケットで電話が鳴った。
「はい。猿田だ」
 ひと言、ふた言言葉を交わした。  
「待ってろ。蟹崎」

「猿田か」
 併走するレクサスの運転席から四角男が怒鳴った。わざわざ確認しなくとも、いまどきハコスカGT-Rに乗っているのは猿田ぐらいだろう。
「そうだ。臼井か」
「どうだ。ワッパで勝負をつけないか」
 臼井はそういうとレクサスをGT-Rのすぐ後ろにつけた。パッシングライトを光らせる。ぞくにいうケツあぶり。後ろから挑発している。
 次の瞬間、猿田はギアを2速にシフトダウン。スロットルを踏み込む。タコメーターの針がはね上がる。7000回転を超えた。日産製S-20型DOHCエンジンが吼えた。猿田は右足でスロットルを踏むと同時に左足でチョンチョンとブレーキペダルに触った。ブレーキは利かせない。GT-Rは猛然と加速。しかしブレーキランプは点灯。目の前でブレーキランプを点された臼井は本能的にレクサスを減速させた。GT-Rは加速。レクサスは減速。両車の距離はあっという間に広がった。 
「しゃれたマネを」
 臼井はにやりと笑うと、キックダウン。レクサスはオートマチック車だ、GT-Rのようにシフトダウンは必要ない。スロットルをボンと蹴飛ばす。オートマチック車はそれでギアが1段下がる。加速する。GT-Rに追いつく。追い抜く。
 レクサスは最新式、排気量も馬力もGT-Rを凌駕する。しかし、レクサスはセダンだ。GT-Rはマツダのロータリーエンジン車に敗れるまで、レースで無敵の50連勝を記録した。
 2台の車は街中を抜け山道に入った。七曲のワインディングロードとなると、両車の戦闘力の違いが出た。外見は双方ともおとなしいセダンだが、レクサスは見たとおりの羊だ。GT-Rは外観はセダンだが、中身はレース用のエンジンを搭載している。ハコスカGT-R。かってはこういわれた。「羊の皮をかぶった狼」
 GT-Rのすぐ前をレクサスが走る。かなり急なカーブ。「バカ、それじゃ曲がれん」猿田がそう思った時には、レクサスはガードレールを突き破って、空中に飛び出していった。
 猿田は一瞬でダブルクラッチ。ギアを2速から1速にシフトダウン。息をつかずブレーキ。GT-Rは巨人の手で捕まれたように減速。その時は前輪がカーブにさしかかっていた。クラッチを踏むと同時にサイドブレーキを引く。後輪がロック。車の尻が大きく流れる。尻がガードレールに触れかかる瞬間。大きくステアリングを切った。カアウンターステアー。尻の動きがぴたりと止まる。車が真っ直ぐになった瞬間、スロットルを踏む。急加速。背中がシートに押し付けられる。

「臼井もやられた」
「なんとしてもわれわれで猿田を殺らねば」
「ヤツはもうすぐ来るはずだ」
「よし、俺が殺る」

 GT-Rのドアが開いた。猿田が出てきた。屋敷の入り口に向かう。この中には父の仇蟹崎がいるはず。蟹崎の首を取って父の墓前に供えなければならない。父の仇は蟹崎だけではない。栗田と臼井はかたづけた。あと、蜂谷と牛田だ。
 殺気。殺気が物理的な圧力を伴って襲ってきた。とっさに胸のホルスターからM29を抜いた。チャリン。日本刀をM29の銃身で受けた。刃が滑った。銃口の照星の所で止まった。
「さすが猿田。俺の太刀をよく受けた」三角男の蜂谷だ。
 蜂谷は刀をぐるりと回した。M29が猿田の手を離れて横に飛んだ。
「どうだ。浮田一刀流小手返しの技」
 そういうと蜂谷は青眼に構えた。
「さすがの猿田も素手で真剣の相手はできないだろう」
 そのまま一気に刀を振り下ろした。斬った。と、蜂谷は確信したが、斬ったのは猿田の残像である。足首にするどい痛みを感じた。右足首がざっくりと斬り裂かれている。グラッとした。地面に倒れる前に頚動脈を斬られる。血が噴出する。猿田はナイフを足首にガムテープで留めてある鞘に収めた。
「さて、あと一人か」
 地面に落ちているM29を拾う。
「あと一人というのは俺のことか」
 うしろから声をかけられた。ふりかえったら目の前に大きな壁がそそり立っていた。M29の銃口を上げる。巨大な手のひらが瞬間移動して銃口をふさいだ。
「撃ってみろ。暴発するぞ」
 一瞬ひるんだ。もう片方の手のひらが猿田の胸を突いた。吹っ飛ばされた。強烈な突っ張り。猿田は5メートル離れた後方の地面にたたきつけられた。
「どうだ元大関牛王山の突っ張りの味は」
 巨大漢牛田だ。牛田はかって大相撲の力士だった。大関まで務めて横綱は確実といわれたが親方とケンカしてみずから髷を切って部屋を飛び出した。
「蟹崎さんは俺が力士の時熱心なタニマチだった。俺が力士をやめてからもずいぶん世話になった」
 M29の銃口を点検する。油粘土が詰めてあった。掃除しないと撃てない。猿田はM29を捨てた。足首からナイフを抜いた。
「おや、こんどは刃物か。突いてこい」
 猿田がナイフを突いた。牛田はまともに左腕で受けた。上腕部に刺さった。ナイフの先端が骨に当たった。それ以上深く刺さらない。牛田が左腕にグッと力を入れる。ナイフは万力で固定されたように動かない。
「ほら、刃物はいらんぞ」
 牛田がナイフを刺したまま左腕を後ろに引いた。右腕を突いて猿田の腹を押した。ズン。重い衝撃が猿田を襲った。ナイフから手を離した。腹をかかえてうずくまる。
「ほうら、刃物もなくなったぞ。素手で牛王山と相撲を取ろうか」
 猿田のアゴを持って立たせて、わきの下に腕を差し入れた。
「そうら上手投げ」
 地面にたたきつけられた。
「どうした。立て」
 猿田の体重は70キロほど。牛田は200キロ以上はある。しかも牛田は元大相撲の大関だった男だ。まともに当たれば猿田に勝ち目はない。
「立てよ。相撲を教えてやるよ」
 と、猿田が地面に寝たまま滑った。そのままの勢いで牛田の足首を蹴った。200キロの体重が牛田の敵に回った。グキッ。牛田は足首をくじいた。猿田はその痛んだ足首をわきの下に抱え込んだ。そのまま極める。アキレス腱固め。
「グギャー」牛田が絶叫する。ブチッ。アキレス腱が断絶した。猿田は滑るように牛田の背後にまわって首に手をかけた。締める。牛田は落ちた。
「相撲に寝技はない。関節技に体重差は関係ない」下に落ちているナイフで牛田の頚動脈を斬った。M29を拾って、持っているブラシで銃口を掃除した。
 屋敷に入る。
「どこだ蟹崎。出てこい。隠れてもムダだ。屋敷に火をつけるぞ」
 そういうと猿田はガソリンを床にまいた。GT-Rのタンクからペットボトルに移して持ってきていた。周囲にガソリンの臭いが充満した。
「わかった。いま出て行く」
 本棚の影から小男が横歩きで出てきた。ドン。M29の銃口からマグナム弾が射出された。小男の頭が消滅した。
「オヤジのカタキだ。これでサルカニ合戦もおしまい」


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