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鼓動と脈動

 連日の午前様である。ここ数日、この道をしらふで歩いたことがない。
 郊外の私鉄の駅から、小さな商店街を抜けると、あとはもう田畑が続いているだけ。
 小さな里山の手前に唐突に住宅が何軒か並んでいる。今、降りた私鉄の、不動産部門が開発した新興住宅地。わが家はそのうちの一軒。通勤には不便だが安かった。
 わが家の少し手前、田んぼにつながる用水路がある。このあたりの農家は無農薬で農業をしているから、この用水路には小動物がたくさんいる。さすがにタガメ、ゲンゴロウといった大型の水棲昆虫はいないが、ガムシ、タイコウチ、ヤゴなどがいる。また、川エビ、小ブナなども見かけられ、夏休みの子供たちのかっこうの遊び場所になっている。
 三日ほど前から、そいつはそこにある。いや、「ある」というよりも「いる」といった方が正確かもしれない。なぜなら、そいつは生きているから。
 最初に、用水路の中で、そいつを見かけた時、ビニール袋が水を含んでふくらんでいる物と思った。色は淡いピンクで、表面を血管のようにオレンジ色の網目が包んでいる。
 最初に見かけたときは、握りこぶしぐらいの大きさだった。それが、見るたびに、少しづつ大きくなっていく。しかも心臓みたいにピクピクと脈動している。
 家に帰った。妻と子供は、もちろんもう寝ている。一人で牛乳を一杯飲んで寝る。
 昨日の酒が少々残っている。少し胃がムカムカする。頭が痛い。有給休暇を取りたいところだが、今日は朝一番から会議がある。
 もう、ずいぶん休暇を取っていない。昼間は会議、得意先回り、夜は接待。日曜日も接待ゴルフでつぶれることが多く、家には寝に帰るだけ。身体が休息を欲していることがよく判る。
「それでは、よろしくお願いします。失礼します」
「うん。とりあえずこの見積もりは常務に渡しておくよ」
 大手の機械メーカーの一次下請けの、この鉄工所が、NCマシンの買い換えを検討しているとの話を、ここに工具類を納入している商社の営業から聞いたのは、一ヶ月前だった。 その営業の口利きがあったとはいえ、飛び込み同然の営業活動だった。なんとか見積もりをさせてもらうまでこぎつけた。
 今のNCマシンはライバル社のもの。数字では絶対に負けていない自信がある。あとは私の営業活動次第である。こういう客先をあと、五社抱えている。その他、固定客先が十社ほど。
 そいつはサッカーボールほどの大きさになっていた。動きはピクピクではなく、ドックンドックンという動きになっている。その大きさと、その動きだと、周囲の水面に波紋が立っている。
 めずらしく早くに帰宅できた。まったく久しぶりに家族三人で夕食を摂る。
「お仕事、少しは楽になりそう」
 妻がビールを注いでくれながら聞いた。
「いや、一社なんとか受注がとれただけだ。あと四社受注しないと、ウチの課のノルマを達成できない」
「課長のあなたが受注取りに走り回らないといけないわけ」
「課員にハッパをかける立場上しかたないな」
 結局、私が家族と夕食をともにしたのは、その日一日だけだった。自宅には寝に帰るだけ。
 そいつのことは完全に忘れていた。そらそうだろう。私の中で一番大きな存在が仕事だ。
道端の用水路にある不思議な物体なんかは、私の仕事にまったく関係ない。生きているらしいが、知らない生物かと思っていた。私は生き物はよく知らない。それに、めずらしい生き物ならば、地域で評判になっているし、妻も私にいうだろう。
 今朝は久しぶりに、そいつに目がいった。大きさが、また少し大きくなった。色も変わった。淡いピンクだったが、真っ赤になっていた。相変わらず、ドックンドックンと脈動しているが、動きがリズミカルになっていた。
 この動き、なにか憶えがある。ふと思いついて自分の脈をみた。完全に一致した。そいつの脈動と、私の心臓の鼓動は同調している。
 試しに、全力疾走で少し走り、全力疾走でそこに戻ってきた。当然、動悸が速くなっている。そいつを見る。脈動が早くなっている。
 自宅に帰ることさえできなくなった。工作機械の展示会にわが社も出展することになった。その企画も命じられた。もちろん今までの仕事はそのままで。
 
 そいつの脈動は一段と速くなった。そして、さらに加速した。

 海外の展示会も担当することになった。

 そして脈動が止まった。

 ・・・・・・・。 
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阪神、雨中の敗戦。ま、いいか。

 阪神VS横浜。2対0で阪神負け。う~ん、貯金どころか、なかなか5割にならへんな。
 今日はみごとな投手戦であった。阪神打線は三浦に2安打におさえ込まれた。三浦はやっぱり阪神には強いな。安藤もよう投げたけど、ホームランと四球の押し出しやったらどうしようもないな。
 きょうは納得のいく敗戦であった。こういう負けは良しとしよう。
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