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屁落語

「とざい、と~ざい。ここに控えまするは、桂星来改め、三代目桂燕雀でござりまする。今を去ること20年前、私どもに入門して以来、日々精進を重ね、このたびの桂燕雀襲名の運びとあいなりました。ご来場の各位におかれましても、隅から隅までよろしく、お引き立てのほどお願いもうしあげまする~」
 師匠の5代目桂文鳥の口上が終わった。この日のために新調した羽織袴に身を包み、本日の主役、星来改め3代目燕雀は、頭を下げ続けている。
 入門前から、彼が上方落語に興味を持っていることは、大勢の人が知っていた。しかし、実際に、文鳥に入門してプロの落語家になると聞いて、ほとんどの人はわが耳を疑った。常識的に考えて、彼が話芸の専門家になることはありえない。しかし、彼は落語家になり、若手のホープとなり、当代随一の人気落語家になった。
 めずらしいといえば、こんなめずらしい落語家はない。デビュー当時から売れた。ただし、めずらしさだけがウリの色物タレントとしてであった。本格的な古典落語がやりたい彼としては、不本意なことであったが、なんでも勉強と思って、どんな仕事でも請けた。もちろん、その合間を縫って古典落語の稽古は積んでいた。
 で、今日の襲名披露である。彼本人も未だに信じられない。上方落語の大名跡、桂燕雀を襲名する。本当に自分でいいのかというのが、正直な実感である。
 思えば、大使館職員として、この地に赴任して25年。主に母国のPRの仕事をした。仕事の性質上、彼はマスコミにたびたび登場して人気者になった。昔からよくいた「ヘンなガイジンさん」というタレントになったわけ。
 信じられないスピードで日本語をマスターして、軽妙なそのおしゃべりは、おおいにうけた。そうこうしているうちに、あるテレビ番組で、人間国宝、桂文鳥と知り合って、上方落語にとりつかれて入門した。
 燕雀は、若いころはライブの星来と呼ばれた。彼の落語は、寄席で生で演ずれば大受けにうけた。
 当時、寄席は絶滅寸前だった。それを救ったのがライブの星来である。ともかく、星来の落語を生で聞けば死ぬほど笑える。笑いに飢えた人々が多い時代である。桂星来の落語は、たくさんの人を寄席に引きつけた。もちろん、星来はマスコミにも多く出て、桂枝雀以来の「浪速の爆笑王」の称号を得ていた。
「師匠、出番です」
 弟弟子の桂三鶏の「池田の猪買い」が終わって、師匠桂文鳥の「百年目」が終わった。いよいよ三代目桂燕雀の出番。出囃子が鳴って、高座に上がる。ぎっしり超満員だ。この瞬間が、自分にとって生涯最良の瞬間であろう。うっすらと涙が出てきた。手ぬぐいで顔をぬぐう。腹ぐあいは良好。きょうやるネタは1時間を超える、いつもとは違う。彼の落語は競走である。噺が終わるのが早いか、アレが始めるのが早いか。
 いつもギリギリ間に合う。三日前から、食物繊維の多いものはさけて、流動食中心の食事だったので、少々お腹がすいている。
「本日はお古いところをお付き合い願います。ここに登場しますのが、われわれ同様という、ごく気楽な男でしてな。この男、知り合いからサバをもらいまして、2枚におろし、骨付きを戸棚へしまい、あとの半身をアテに一杯やってましたところ」
 地獄八景亡者戯である。上方落語屈指の大ネタ。完全に演ずるには1時間を超える。師匠文鳥をはじめ、みんなこのネタは反対した。燕雀の限界は30分。それを超えると高座の上で悲惨な光景が展開される。
 3代目桂燕雀は日本人ではない。それどころか地球人ですらない。落語史上初の異星人落語家である。外見は人間そっくりだが、彼はお尻で会話をする。口は食べ物を食べるのが専門で、言語は腸管より出されるガスで、肛門の内側を振動させて発せられる。要するに屁でしゃべるわけ。
 燕雀が落語を演ずると室内にガスが充満する。このガス、人体に悪影響はないが、笑いを誘う成分が含まれている。これがライブの星来の秘密である。
 ところが、この異星人、短時間ならいいが、30分を超えるおしゃべりをすると、腸が刺激されて、便意をもよおす。彼の高座は、いつも便意との競争であった。
「これより4人の亡者、針の山へと、登ってま~いる」
 お腹がグルグル鳴り、下腹が痛くなってきた。始まった。
「山伏が水の印というのを結ぶと。ぷー」
 いかん、落語とは関係ない音が出る。
「鬼さん、石鹸と手ぬぐい、ぷっぷっぷ」
 客が気付きはじめた。なんとしても余計な発音は押さえなくては。うっ、出口まできている。なんとしてでも我慢しなくては。あかんもう限界。どうとでもなれ。
 ぶりぶりぶりぶりぶりぶり。ぐっちょー。
 笑いの成分の塊が高座の上に大量に出現した。この日の客は、それから一週間笑いっぱなしであったとさ。
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4月15日(火) タイムの花

 
 去年の5月9日の日記で紹介した、タイムが育って花を咲かせた。ハーブとして使うには、花を咲かせてはいけないそうだが、まあ、いいじゃないの。かわいいから。
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