<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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そんなこんなで最初に購入したC-TRACEはレイトレーシングのソフトとして正直いって私レベルのパーソナルユーザーでは実用化にいたらなかった。
広告の恐竜の絵のように本格的な作品を作成できることはわかっていても、プログラムを組まなければならないという煩雑な点に於ても、計算に気が遠くなるほどの時間が必要なことを考えても「よし、これを使おう」という気にはならなかったのだ。

しかし、転機は突然訪れた。

とあるきっかけで私は建築業界を離れることになった。
私は大阪市内の広告代理店N社でコピーライターとして働くことになったのだ。
某大手家電メーカーの空調製品のカタログを作成するために私の「建築設備屋」としての経歴が買われて採用されたのであった。
芸大卒の私としては、少しでもクリエイティブな仕事をしたいと考えていたので、卒業後の建築設備業界での経験も生かせる仕事として大いに張り切ったのであった。

ところが、この新しい会社の上司というのが自分の意思で決めたこと以外、すべてを否定したがるという、とんでもなオッサンなのであった。

広告業界で30年近く働いてきて、自分で会社も設立。
ところがその会社が傾いたので懇意にしていたN社の社長に拾われた。
そして自分のやっていた仕事を継続し始めたところに採用されたのが私だったというわけだ。

このT野という名のオッサンは後にも先にも一緒に働いた人間の中では最低の人間だった。

私はコピーライターとしてカタログの文章を作成していたが、やらい映像系出身であるため写真やイラストがどうしても気にかかる。
「この人は、テクニカルイラストレーターとしては第一級なんや」
と紹介されたデザイナーはメカを描くのをほぼ専門にしている人だった。
確かにエアブラシを駆使して描いた手書きのイラストは目を見張るものがあり、家電メーカーの担当者もここ数年、ずーっと満足してくれていたのだという。
しかし、私はこのときすでに「テクニカルイラストはCGや」という信念ができており、

「CGで描いたほうが分かりやすいンちゃいますか」

とT野氏に言ってみた。
するとどうだ。
意見の詳細も聞かず、世の中にどんなものがあるのかも検討せず、私に一言、

「君はコピーだけ書いてたらええねん。他を気にする必要は、ない」

クソッタレなのであった。

こんなことを言うのなら、どうしてデザイナーを私に紹介したのか理解に苦しんだ。

悔しいので私は自分でコンピュータを使ってテクニカルイラストを描いて見ようと試みた。
しかし、先述したように肝心のレイトレーシング3DCGソフトであるC-TRACEはレンダリングをするのに恐ろしいほどの時間がかかる。
悔しい。
ほんとに悔しかったのだ。

そんなところにC-TRACEの発売元の会社から1通の郵便が届いた。
電子メールが存在していなかったので、普通の封書が届けられたのだ。
開封して中を確認すると、
「トランスピューターボード販売!初回につき記念価格」
というチラシが出て来た。

このトランスピューターをX68000に組み込むと、C-TRACEのレンダリング演算が飛躍的に早くなるのだという。
しかし、価格がなんと40万円以上もするのだ。
私は悩んだ。
軽自動車を購入できそうな金額のボードを果たして買っていいものかどうか。
もし、使いこなせなかったらどうするつもりだ。

私は自問自答しつつ、建築設備業界で働いたときに蓄積した貯金をはたき、清水の舞台から飛び降りたつもりでそのトランスピューターボードなるものを買い求めたのであった。

後にも先にもこれほど高価なソフトウェア関連製品を購入したことはない。
今や、アドビCS4、その中のイラストレーターだけでさえ、高すぎて買うことができない安月給の身分に落ち込んでいるのだ。
当時の若かった私は、オッサンになった今の私よりも金持ちだったことになる。

ああ、若かった私よ。
金貸して。

ということで、トランスピューターを使いこなすために、私は真剣にC-TRACEのプログラムについて学習を始めたのであった。
まずは球体から。
そして光の設定方法から。
さらにマッピングとはなんやら、というところまで。

100x80ぐらいの小さなイメージサイズで特訓を積んでいる私のもとに、ついにトランスピューターボードが届いた。
そしてX68000本体に取り付けて私は驚いた。
本当にレンダリング速度が早いのであった。

つづく



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