tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

目の前に誰も居なくていい

2008-09-18 22:30:33 | 港町 YOKOHAMA

 
 
 
 

【撮影地】横浜市西区高島、中区海岸通り(大桟橋)(2008.6月撮影)
Copyrights© 2005-2008 TETUJIN
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JR桜木町駅の北側に広がる「みなとみらい21地区」は、変わりゆく横浜の象徴の一つだ。国際港都ヨコハマは、幾多の歴史をながめつつ、今後も港町構想を重ね成長していくのだろう。
司馬遼太郎の「街道をゆく21/神戸・横浜散歩、芸備の道(朝日新聞社)」によれば、1859(安政六)年、わずかな戸数の漁村があるだけの横浜が、米国(代表・ハリス)と幕府との間で結ばれた日米修好通商条約(1858年)により開港された。本来は神奈川が開港されるはずだったのだが、神奈川宿には東海道が通っているため、日本人の攘夷感情を刺激するのを嫌った幕府は、街道からはずれた横浜村を「神奈川村のうち」と言いくるめて開港したとのことだ。


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ポートタウンフェス(3)

2008-09-17 20:46:34 | 港町 YOKOHAMA
 
 

【撮影地】横浜市中区新港一丁目(赤レンガ倉庫)(2008.6月撮影)
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恋人たちのデートコースとして人気の高い横浜だが、ここには、やむにやまれぬ用事がない限り来ることがなかった。「横浜で」という用はほとんどない。記憶の中の横浜は、エリアが広く、異国情緒にあふれ見どころが盛りだくさんだった。また、緑が多く、季節によって表情が変り、いろいろな種類の人々が散歩を楽しんでいた。聞けば、ヨコハマは変わりつつあるという。リハビリがてら変わりつつある横浜を見届けるために。ということで、デイパックを背負ってヨコハマに。


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やわたんまち 神輿の宮入

2008-09-16 21:24:59 | 日記

 
 
 
 

藍染ゆかたの君が、はやくおいでと振り返る。
手には去年と同じだね。大きく膨らんだ綿菓子ひとつ。

晩夏の午後、千葉県館山市安房国総社の鶴谷八幡宮で、房国南部10の神社の御神輿の入祭が、
そして、その翌日、市内5町の山車・お船の入祭と一夜を明かした10社の御神輿の還御が行われる。
フィナーレは八幡宮の御神輿の御浜出。
山車と神輿のそろいぶみ、年に一度の晴れす が た
山車やってる男達。男気あふれる神輿の粋な担ぎ。どの町内も見せ場はビシッときめる。
それが祭り。
 


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落日 リゾートしらかみの車窓から

2008-09-15 21:37:33 | 日記

 
 
 
 

【撮影地】青森県西津軽郡深浦町(JR快速リゾートしらかみ6号車窓から)(2008.6月撮影)
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たぶん、人間の存在なんて、どうでもいいことなんだろうな。
約45億年前に地球が誕生してから、ずーっと繰り返されてきた落陽。
まだ、地球の地表がどろどろの溶岩のころから、夕焼けが繰り返されてきたのだ。
当時は、火山のダストが光を散乱して真っ赤に空を染め上げていたかもしれず、
硫酸の雨が、時おり降っていたかもしれない。

息を飲むような、夕日の赤。夕焼けはドラマだ。
生物が誕生するはるか前から、ドラマが繰り返されてきた。
その昔、恐竜たちも、さんごの海に沈む紅い夕日に涙したのだろうか?

夕焼けの町が好きだ。何処にでも在る何でもない海辺だけど、見渡す限りの全てを優しく染め上げてしまう。
あそび疲れた帰り道、やさしく美しいひとときに、胸の奥が震えてくる。

どこにいても、夕焼けはいい。太陽はまるくて。まじで、でっかいのーー。まいったさ。
時間よ、とまれ・・・ってかんじで。

沈む夕日を追いかけて、列車は進む。オレは、いったいどの方向に突っ走っているのだろうか。


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小さい秋を見つけに(あとがき)

2008-09-14 22:48:53 | プチ放浪 山道編

 
 

帰ってきた翌日、右の足首は痛々しいほど腫れ上がった。骨折脱臼から9ヶ月目。いろいろなスポーツに復帰はしたものの、復活にはまだほど遠いようである。
今回、一緒に登ってくれた石井君たち。5合目のスタートで偶然に前を歩いていたという縁なのだが、長く苦しい登坂の時間を共有することで、旧知の間柄のように親しくなった。今回は彼らは途中でリタイアと言う結果だったが、来年リベンジするから一緒にと誘われた。だが、「富士山に一度も登らぬバカ、二度登るバカ」という。また登るとしても、しばらくは下から富士山を眺めていたい。
今回の登山では、トイレを含めて一度も山小屋を利用することはなかった。だから、その気になれば、山小屋が閉鎖されても、雪が降る前であれば一人で登ることができるかもしれない。たぶん、その時は今回の登山のように、天気予報を参考に、思い立ったその日にということになるだろう。いずれにせよ、骨折した足首は完全に前のようには戻らずに、これから先は、だましだまし痛みと付き合っていかなければならないのだろう。
最後に、厚い雲に被われて、秋空に浮かぶ雲を見せてくれなかった今回の富士山だったが、そのかわりに、風のようにさわやかさを運んでくれた石井君たちにお礼を言いたい。ありがとう。

追記 甲府・長野から帰ってきた日、自宅へ帰る途中で寄ったスーパーで、信州産のりんごが売られているのを見つけた。買い求めたそれは、なつかしい故里の味がした。・・・・・・という、結末については、だれも納得しないであろう。スローライフを掲げて、文章を書いている本人がまったく納得していない。
この先、どんなに時間がかかっても、小さな秋を自分で見つけるつもりでいる。そして、実は、意外な方法で甲府のブドウを入手できたことを書き添えておく。まだまだ、ぼくの旅は続く・・・・・・。




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