tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

晩鐘の鳴る里(9)

2007-09-13 20:23:52 | 日記

久美子が、さきに立ち上がったタツヤに声をかけた。
「あのね、教えて欲しいことがあるの」
「ん?」
目を合わせないときは、真面目な話。それは久美子の昔からの癖だ。それを知っているから、タツヤは何も聞かず頷く。
「東京で1人暮らしって大変なの?」
「・・・・・・」
一瞬、タツヤは何を言い出すのかと、彼女を見る。久美子は、やはり視線は合わさないで、まっすぐ前を見ていた。
「私も東京に住もうかな」
「・・・・・・うん」
なんとなく、久美子を見つめるのがつらくなって、タツヤも前を見る。夜の闇にのって、祭の音が流れてくる。手に持った金魚の入ったビニール袋を振ると、中で金魚たちが大慌てで身を翻した。
「タツヤは何も聞かないんだね」
「そうか?」
「『どうしてそんなこと?』 なんて聞かないの?」
「……どうしてそんなことを?」
手に持った金魚の袋をつっつきながら久美子に聞く。袋の中で、つつかれた金魚たちがあわてている。
「東京の方がいろいろ刺激があって面白そうじゃない」
そういって、彼女はまたエヘヘと笑う。久美子が東京へ行ったら、もうタツヤの手の届かないどこかに行ってしまうのだろう。
たまに田舎に帰ってきても、もう、こうして逢う事はできないかもしれない。
「・・・・・・でも、もう、決めてんだろう?」
「うん」
用意されていた解答に、タツヤは頷いた。
タツヤの返事に満足したのか、久美子は勢い良く階段を数段飛び降りる。
そして、途中で振り返り、
「東京で会えるといいね。それとね」
一瞬、口ごもり、久美子は視線をそらす。タツヤは久美子を見つめたまま、無言で続きを待つ。
「タツヤのこと、――だったよ!」
同時に、祭の最後を飾る花火のヒューと風を切る打ち上げの音がした。その音に打ち消され、彼女の声はタツヤに届かなかった。
「え?」
<聞こえない>そう言おうとしたときには、既に久美子は背を向け走り出していた。
<バーン>
花火が夜空を焦がし、爆裂音が夜気を引き裂いた。
久美子の走り出したその背中は、中学校時代にいきなりキスされて怒って駆けていったその背中だった。
<どうすんだよ、この金魚>
境内に取り残されたタツヤは、手にした金魚の袋を指で突っついた。突付かれた金魚たちは、また袋の中で暴れた。
秋はどんどん深まっていく。境内には虫の声が響いていた。

おわり (みどりさんにささぐ)