tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

晩鐘の鳴る里(8)

2007-09-12 20:42:13 | 日記

「なによ、よけなさいよ。大丈夫?」
「よけろって、おまえ。現役はとっくに卒業したし。っていうか、お前のパンチ、中学校の時よりも数倍早くなってるし」
「大丈夫?」
久美子はタツヤの頭に手をあてて、タツヤの目を覗き込む。こんなに近くに久美子の顔を見たのは、中学と時に彼女とキスした時以来だった。久美子のキラキラと輝く瞳がすぐ目の前にあって、タツヤの心臓がドキっとなった。あと数センチ顔を前に移動させれば、久美子の唇にふれる。手を少しだけ伸ばせば、柔らかな久美子のからだを両手で抱きしめることができるだろう・・・・・・。
「早く冷やさないとあざになっちゃうわよ」
「・・・・・・」
うつむくタツヤの目に気付いて、久美子もあわてて下を向いた。
「・・・・・・」

わずかな時間だったが、そんな気まずい沈黙を破ったのは久美子だった。
「金魚どうするの?」
「ああ、金魚屋に返そうかな」
「なによ。せっかく獲ったのに」
「久美子は、どうする?」
「鳥居のところで、ちっちゃな子に配ろうかな」
「じゃあ、オレのも配ってよ。情けは人のためならず」
「また、意味わかんないこと言ってる」
「将来の日本を背負って立つ子供達だろう。情けをかけとけば、なんか良いことがあるかも」
「うーん。諺の意味はあってると言えばあってる」
「だろ?」
「うん。で、いつ帰る?」
「あさって」
「おばさんによろしくね」
「ああ」
「目は大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、もう帰るね。目を早く冷やしてね」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「・・・・・・」
「やっぱ、おれも金魚配るのを一緒に・・・・・・。子供たちに顔を覚えておいてもらわないと、忘れられちゃうから」
「うん」
二人は座っていた階段から立ち上がった。