tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

晩鐘の鳴る里(5)

2007-09-09 18:59:06 | 日記

「いよいよ、本格的に始めたんだ。徹夜仕事だな、大変だろ」
「出版モノなんかの翻訳は、出版社の売上に大きく関わるから有名翻訳家じゃないと仕事がもらえないのよ。私に依頼が来るのは、日本語のマニュアルの簡単な翻訳。中学生でもできちゃうかも」
そういって、久美子はエヘヘと笑った。彼女がそうやって笑うときは、嘘をついてる時だ。きっと辛いのだろう。目のまわりには、かすかにクマが浮き出していて、睡眠が充分にとれていないような印象を受ける。翻訳は英語の能力はもちろんだが、それを違和感のない日本語に翻訳するためにも日本語を正しく理解し表現する能力が必要不可欠だ。また、学術的な論文を担当する場合は専門用語について詳しくなければ翻訳は難しい。きっと、負けず嫌いの彼女は、1人で必死で頑張っているのだろう。だからタツヤは何も聞かず、そうかと頷いた。

結局、久美子のポイは34匹目をすくったところで破けた。金魚すくいのオヤジは、ほっとしたように息をついて、次の煙草に火をつけた。
水槽に残っている金魚は、元気良く泳ぎまわっているたくさんの小さな金魚たちと、それに混ざって数匹のかなり大きめの金魚や小さめのコイなどいわゆる『紙破り』と呼ばれるものだった。これらの大きめの金魚やコイは、金魚すくいの初心者たちのポイをやぶるために仕込まれたワナだ。金魚すくいの鉄則の第1番目は、<決して、こいつら見栄えの良い大物を狙ってはいけない>である。狙うは小さめの表面近くを漂う金魚のみだ。表面近くに上がってきている金魚は酸欠であっぷあっぷしている状態で、早い話が弱っている。 数をすくいたいのなら、弱っている金魚をねらうのが鉄則だ。ちなみに、金魚すくいの鉄則2は、ポイを水に漬けるときはいっきに全面をつける。鉄則3は、金魚を追いかけない。鉄則4は、ポイの表(おもて)面を使ってすくうである。


松任谷由実 - 晩夏