長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

今日は金継教室 いろいろ引き継がれる

2014-07-05 08:16:20 | Weblog

昨日は「ねんどの会」だった。

元気な女子たちが、「つちこねーる」になって、思い思いのものをつくる。

途中で、タマちゃんがやってきて見学。「やなか」でお座敷を終えた後に

そのままきて珈琲を飲んでいった。相変わらず、江戸弁でお元気だ。

「やねせんは、じじばばも多いけど、イキスジ?がいい」

三味線の弟子になった女子の「スジがいい」という話の後に、「やねせんは、イキスジがいい」

「粋のスジがいい」か、いきいきとしている、繁栄しているみたいな意味だろうか・・?

いつものように「マイウー」といって珈琲を飲みほして、踵をかえして帰っていった。粋な女性である。

昨日は「天ぷら」をやった。江戸時代に隠元さんが黄檗山を開いて、禅とお茶と、普茶料理を

伝えた。普茶料理はその後、いろいろな形になって普及した。野菜のてんぷらも、その後に

「精進揚げ」という形になった。隠元豆、かぼちゃ、蓮根、人参を扇形にしたものや、梅干しと紅ショウガなんていうのも

ある。「もどき料理」というのもあって、「うなぎ」は、山芋と豆腐とのりでつくる。

先週閉店した前のパチンコ屋さんにもらった染付の大皿に和紙をのせて、天ぷらを供した。

とても絵がいいし、呉須(ごす)の色合いがいい。みんなちょこっとかけているので、今日の

「金継ぎ教室」で、金継ぎすることにした。器は使えば使うほど味がでる。「美人になる」とか

「古色(こしょく)がつく」なんてことをいう。そして欠けたりしても、そこに金継ぎすることに

より、「より美人になる」方法を古人はあみだしてきた。ヒャッキンや定量生産品では、そんな味わい

はできない。器はやはり、一生使っても飽きないようなものを使いたい。一回の「使用料」として考えたら、

安いもんや。ヒャッキンで100回して飽きたら、一円(一回)。1万円の器でも毎日一生つかったらいくら?

金継ぎして、次の人やその次の人が引き継いで、ますます美人になって・・・・高いとか安いとか計算するまでもない。

今日は、甥っ子が結婚式を博多でやる。久保さんの器をひととおり贈ってお祝いにした。美人のかみさんと仲良く

器や花やお茶を楽しみながら、生き暮らしていってもらいたいものだ。ともに白髪がはえるまで・・・

奇しくも、ぼくの大学の後輩であるので、東京で「立命館大学の寮歌」を歌って、祝いたいと思う。

ぼくらの時代は友人が結婚する時など、必ず肩組んで歌ったものだ。

1.夕月淡く梨花(りか)白く 春宵(しゅんしょう)花の香(か)をこめて
都塵治(とじんおさ)まる一時(ひととき)や 眉(まゆ)若き子等相集(らあいつど)い
希望の光を一(いつ)にして
厚き四年(よとせ)を契(ちぎ)りたり 厚き四年(よとせ)を契(ちぎ)りたり

2.柴扉(さいひ)を排せば暁に 君は川流(せんりゅう)我は薪(まき)
他郷憂(たきょうう)しと云うなかれ 椎(しい)の葉蔭(かげ)に相倚りて
手をとり友と語らえば
春は四年に尽きぬべし 春は四年に尽きぬべし

3.秋陽落ちて野は寒く たどる帰り路(じ)暗くとも
我待つ寮の灯(ひ)は赤く 朔風(さくふう)天にどよむとも
来(く)る日思えばあかあかと
希望は燃ゆる胸の灯(ひ)や 希望は燃ゆる胸の灯(ひ)や

4.学びの道は遠けれど 暮るるに早き春の日や
春風秋雨巡(めぐ)り来て 今此の丘を去らんとす
ああ我が友よ我が丘よ
いつかえりみん想い出ぞ いつかえりみん想い出ぞ

 

 



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