天然居士の独り言

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暗殺の幕末維新史・・・

2021年10月23日 18時17分17秒 | 日記
 先日、一坂太郎さんの「暗殺の幕末維新史」を読みました。
 一坂さんについては、今年の1月25日に書きましたが、
 信頼出来る幕末維新史の研究者だと思っています。
 https://blog.goo.ne.jp/tennenkozi/d/20210125

 幕末から明治維新にかけて、多くの暗殺が横行します。
 一坂さんが「はじめに」で書いている事によると、
 ペリー来航から王政復古までの僅か10数年の間に、
 その数は100件を超える暗殺事件との事です。
 西洋人と言う異分子を排除し、天皇と言う古くとも新しい価値観を
 力任せに押し通そうとした人々の存在が
 その理由と浮かび上がって来るとの事です。
 また、さらし首に興味津々で、血まみれの写生画を流行らせる
 歪んだ民衆の残忍さも見えて来ると述べています。
 そして、政権交代としての「明治維新」を正当化するため、
 靖国神社への合祀や贈位が便利なシステムとして利用されたとも指摘しています。

 本文では、こうした暗殺事件の詳細を、その背景、実行者の名前やその後、
 更には明治政府が名誉回復のために贈位したか、靖国神社に祀られたかを、
 多くの資料に当たりながら、コンパクトに記述しています。
 この時代については、多くの作家が歴史小説を描いていますが、
 その中の主人公の多くは、実際に殺害に加わらないまでも指示するなど、
 暗殺事件に関与していない人はいないような感じがします。
 吉田松陰も当初はペリーの暗殺を企み、
 それが叶わないとペリーの艦船で世界中を見て回ろうとしますが、捕らえられます。
 野山獄にいる間に、門下生に紀州藩付家老の暗殺を指示します。
 もっとも、これは実行されませんでしたが。
 自らも老中間部詮勝殺害を計画した事を自白してしまい、これで処刑されています。

 こうした暗殺事件を思想的に支えたのが、
 水戸学から起こった復古主義の尊王運動であり、
 神国思想の狂信者によって暗殺が行われ、
 更に海防論から生まれた攘夷運動によって、多くの外国人が殺害されました。
 そして明治維新後には、不平士族や狂信者が今度は政府高官を暗殺します。
 尊王攘夷で蒔いた暗殺の種は、明治維新後にも惨劇を起こしたと思いました。

 また、土佐の岡田以蔵など実際に手を下すのは下級武士が多く、
 長州藩では、薩摩藩の船舶を攻撃する加徳丸事件が起こり、
 この解決策として、無実の下級武士2人を無理やり切腹させてしまいます。
 こうした例を挙げながら、
 いわゆる志士たちの冷酷さも述べているような感じがしました。

 とにかく、「明治維新」の実態を明らかにしていて、
 若干血生臭い感じもしますが、好著だと思いました。

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