先日、読んだ、「地図から消えた島々」に続き、島つながり
ということで「南洋通信」中島敦著書を読んだ。
著者は戦前から戦中の小説家で、かなり若くして病死している。
「南洋通信」は戦時中、彼がまだ本格的な作家になる前に書かれた
ものである。1941年、文部省のお役人として悪名高い「皇民化教育」
のため、南洋のパラオに赴任した中島敦が、主に妻に宛てて書いた
手紙を集めた書簡集で、他にも南の島を題材にした話も二編入っている。
当初、皇民化教育は素晴らしいものだと吹き込まれてやってきた彼は
島を支配する日本人の横暴を見て、徐々にその有害無益さに気づかさ
れていく。
検閲の目を気にしながら、妻に宛てた手紙の中で心情を吐露する言葉が
歴史的事実の証言としてリアルに感じたのと、日本に残してきた妻や幼
い子供に会いたがる普通の父親としての姿も切なかった。
しかし、彼だけではなく、当時、日本人は南洋の島々の現地人を普通に
土人と呼んで蔑んでいたにも関わらず、パラオなどは戦後もずっと親日
国であることがちょっと不思議に思えた。
おそらく、もう少し長生きしていたら、大きな賞でもとっていた作家
だったに違いない。
CENTER>
ということで「南洋通信」中島敦著書を読んだ。
著者は戦前から戦中の小説家で、かなり若くして病死している。
「南洋通信」は戦時中、彼がまだ本格的な作家になる前に書かれた
ものである。1941年、文部省のお役人として悪名高い「皇民化教育」
のため、南洋のパラオに赴任した中島敦が、主に妻に宛てて書いた
手紙を集めた書簡集で、他にも南の島を題材にした話も二編入っている。
当初、皇民化教育は素晴らしいものだと吹き込まれてやってきた彼は
島を支配する日本人の横暴を見て、徐々にその有害無益さに気づかさ
れていく。
検閲の目を気にしながら、妻に宛てた手紙の中で心情を吐露する言葉が
歴史的事実の証言としてリアルに感じたのと、日本に残してきた妻や幼
い子供に会いたがる普通の父親としての姿も切なかった。
しかし、彼だけではなく、当時、日本人は南洋の島々の現地人を普通に
土人と呼んで蔑んでいたにも関わらず、パラオなどは戦後もずっと親日
国であることがちょっと不思議に思えた。
おそらく、もう少し長生きしていたら、大きな賞でもとっていた作家
だったに違いない。
CENTER>