この話は、とある記者が中国の列車の中で出会った一人の
地方出身者の男性との会話である。
「いや、最近は厳しいね。ここ空いてる? 座ってもいいだろう」。
男性はなまりのある中国語でまくし立てる。
個室は2人分の席が空いていた。ミカンを詰めた段ボールを床に置くと、
男性は数個を取り出し、「食え、食え。うまいから」としきりに勧めながら話し続けた。
男性は呉さん30歳。内陸の都市、武漢で線路工事の仕事をし、久々に湖北省の
襄陽という町の自宅に帰る途中だという。
ただ、呉さんには武漢からの定期券しかなく、満席なら座れない。
勝手に2等寝台に座ろうとして女性車掌に追い払われ、逃げてきたという。
呉さんには2歳の娘がいるが、離婚したため、仕事中は親類に預けるほかない。
月収は3000元(4万5000円)。内陸では少ない方ではない。
「西安に行くの? 何もないよ。行くなら上海だよ。上海はいいぞ」。
呉さんは以前行った上海を思いだし、うっとりした。
そして、出会いから2時間。列車は襄陽の町に近づいた。
「電話番号を知らせておく。困ったらいつでもかけてくれ」
そう言うと呉さんは続けた。
「そっちの番号も教えてくれないか。日本に行ったら絶対連絡する」
だが、一瞬顔を曇らせると自嘲(じちょう)気味につぶやいた。
「おれらの稼ぎじゃ日本へ行けないのは分かっている。でも初めて日本人と
話せてうれしかった」
襄陽の町の灯が見える。都会とは比べようもない、はかない灯。
だが呉さんにとっては、娘が待つかけがえのない町の灯だ。
「家に寄っていかないか。ごちそうする。おれは金をためて4階建ての
家を建てたんだ。すごいだろう」。
この話は、中国の上海と地方都市の格差を記事にした一部に使われて
いた話の抜粋である。
この記事を読んだ時、初めて中国を旅した時を思い出し、懐かしさを
覚えた。もう17年も前になるが、やはり長時間の列車の中での事である。
読んでいたガイドブックで日本人だとバレた時から、周囲の人々から
「これを食え、これを飲め、このタバコを吸えなど」と始まり、いつの間にか
私のガイドブックが回し読みされ、周囲の人らと筆談が始まった。
その後、1時間もすると筆談の限界を感じたのか、飽きてきたようで、
一人消え、二人消え、「これで、やっと開放される」とホッとしたところ、
そのうちの一人がなかなか解放してくれない。ひたすら漢字と絵で、自分の
収入やら、家族構成やら、建てた家の絵まで描いている。そしてなぜか、大中国、
小日本という文字も…。
そして彼は、その絵を指で指し自分の右腕の筋肉を、左手でぽんぽんと
叩いたのである。
おそらく「自分の手で、こんな家を建てたんだぞ」と、でも言いたかった
のだろう。
この記事の内容と良く似ているのである。
今でも、当事の筆談のやりとりを残す紙が、手元に残っている。この記事から
察すると、どうやら時代は変わっても中国人の本質は、あまり変わっていない
ような気がする。
国を問わず、家族と、より豊かな明日のために、一生懸命頑張っている
人のささやかな自慢話は、どこか微笑ましいものがある。
ただ、成長から立ち止まったとき、中国にはどんな未来が待っているのだろう。
そんなことが、ちょっと気になった…。

地方出身者の男性との会話である。
「いや、最近は厳しいね。ここ空いてる? 座ってもいいだろう」。
男性はなまりのある中国語でまくし立てる。
個室は2人分の席が空いていた。ミカンを詰めた段ボールを床に置くと、
男性は数個を取り出し、「食え、食え。うまいから」としきりに勧めながら話し続けた。
男性は呉さん30歳。内陸の都市、武漢で線路工事の仕事をし、久々に湖北省の
襄陽という町の自宅に帰る途中だという。
ただ、呉さんには武漢からの定期券しかなく、満席なら座れない。
勝手に2等寝台に座ろうとして女性車掌に追い払われ、逃げてきたという。
呉さんには2歳の娘がいるが、離婚したため、仕事中は親類に預けるほかない。
月収は3000元(4万5000円)。内陸では少ない方ではない。
「西安に行くの? 何もないよ。行くなら上海だよ。上海はいいぞ」。
呉さんは以前行った上海を思いだし、うっとりした。
そして、出会いから2時間。列車は襄陽の町に近づいた。
「電話番号を知らせておく。困ったらいつでもかけてくれ」
そう言うと呉さんは続けた。
「そっちの番号も教えてくれないか。日本に行ったら絶対連絡する」
だが、一瞬顔を曇らせると自嘲(じちょう)気味につぶやいた。
「おれらの稼ぎじゃ日本へ行けないのは分かっている。でも初めて日本人と
話せてうれしかった」
襄陽の町の灯が見える。都会とは比べようもない、はかない灯。
だが呉さんにとっては、娘が待つかけがえのない町の灯だ。
「家に寄っていかないか。ごちそうする。おれは金をためて4階建ての
家を建てたんだ。すごいだろう」。
この話は、中国の上海と地方都市の格差を記事にした一部に使われて
いた話の抜粋である。
この記事を読んだ時、初めて中国を旅した時を思い出し、懐かしさを
覚えた。もう17年も前になるが、やはり長時間の列車の中での事である。
読んでいたガイドブックで日本人だとバレた時から、周囲の人々から
「これを食え、これを飲め、このタバコを吸えなど」と始まり、いつの間にか
私のガイドブックが回し読みされ、周囲の人らと筆談が始まった。
その後、1時間もすると筆談の限界を感じたのか、飽きてきたようで、
一人消え、二人消え、「これで、やっと開放される」とホッとしたところ、
そのうちの一人がなかなか解放してくれない。ひたすら漢字と絵で、自分の
収入やら、家族構成やら、建てた家の絵まで描いている。そしてなぜか、大中国、
小日本という文字も…。
そして彼は、その絵を指で指し自分の右腕の筋肉を、左手でぽんぽんと
叩いたのである。
おそらく「自分の手で、こんな家を建てたんだぞ」と、でも言いたかった
のだろう。
この記事の内容と良く似ているのである。
今でも、当事の筆談のやりとりを残す紙が、手元に残っている。この記事から
察すると、どうやら時代は変わっても中国人の本質は、あまり変わっていない
ような気がする。
国を問わず、家族と、より豊かな明日のために、一生懸命頑張っている
人のささやかな自慢話は、どこか微笑ましいものがある。
ただ、成長から立ち止まったとき、中国にはどんな未来が待っているのだろう。
そんなことが、ちょっと気になった…。
