Eur-Asia

西洋と東洋の融合をテーマとした美術展「ユーラシア(Eur-Asia)」の開催を夢見る、キュレーター渡辺真也によるブログ。

6月21日(土)のつぶやき その1

2014-06-22 01:17:42 | Weblog

バランスシートとは、西洋のルネサンスが生んだ陰陽の関係と言えるのではないか。すると単式簿記とは、ルネサンス以前の、陰陽の関係にすら至れていない前近代的な特別会計だということが分かる。


異端を宣告する側は自らこそ正統だとイデア的思考を押し付ける。これが近代という文明を形作る原型であり戦争の根源だ。デカルトのコギトは30年戦争に勝利する為のイエズス会的発想だが、逆にアジア的習合はイデアの対極にある抽象で、他者と私は同根だと考える。これが近代を超えた文明の形だろう。

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近代を構成する根本にあるイデア的発想を乗り越えるには、アブダクション、すなわち抽象による連想性を通じて全体を一つにして行くことだけが、唯一の方法になるだろう。

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集団的自衛権とは、そもそも自衛とは成り得ない。なぜなら自衛とは個別のものであり、集団的とは成り得ないから。集団的自衛権とは個の存在を否定する、アメリカを中心とした全体主義的なものであり、それはアメリカがご都合的に持ち出した、55年体制的な逆コースに沿った戦略以外の何者でもない。

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自衛とは「自ら」を守る「個別」のものであるべきだから、集団的自衛権が集団である限り、自衛には成り得ない。これ以上のまやかしは無いと思うけれど、これはネイティブ・アメリカンとまやかし取引を通じて土地を収奪したアングロサクソン的なやり方だと思う。

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みんな「マンハッタン」の意味を知ってる?マンハッタンとはネイティブアメリカンの言葉で「私達が酔っぱらった場所」という意味。つまり原住民はヨーロッパからの植民者に酒を飲まされて、一緒に酒を飲んだ場所(マンハッタン)への入植を認める書類にサインさせられたんだよ。完全なるまやかし取引。

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「専守」防衛を唱えている限りは、自らにとっての敵は存在し得ないけれど、自衛という概念は、自らを「敵」から守るという意味において、敵を「作る」という可能性を想定、内包している。自らの存在は他者との関係によって初めて成立可能である、ということを悟るのが先決ではないか。

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墨守とは、言わば世界各地の義勇軍による、個別的自衛権を集団的に守るマルチテュード的パルチザンのことではないか。それが近代において可視化されたのが、対フランコのスペイン内戦だったのかもしれない。すると何故墨子が、孔子の中央集権的な儒教概念を徹底的に糾弾したのかが、見えて来る。

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安倍首相の本音は,平和憲法を変えて核武装し、米国にNOと言える国家を目指すことだろう。でもそれが目的となった場合、その先に待っているものは何なのか、人類史的、かつ地球的な視点から想像してみよう。

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和をもって尊しとなす、という思想の背景に、かつての日本にどれだけ激しい戦争があったのか、想いを馳せよう。それができないと、同じことを繰り返すだけだろう。

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回りの人が不幸になれば自分は相対的に幸せになると考えている人は、本当に不幸な人だと思う。

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@curatorshinya 敵は自分の命を奪うマイナス要因。一方味方は自分を守ってくれ危険な敵を倒してくれるプラス要因。つまり味方を守ることは自分自身の「自己保存(自然権)」をより確実なものとする「自衛行為」。したがって国連も集団的自衛権を自然権と規定している。

Shinya Watanabe 渡辺真也さんがリツイート | RT

集団的自衛権は、国民国家を成すネーションに与えられたものなのか?ネーションを規定するのは敵対概念だから、ネーション規定をする限り集団的自衛権を認めることになるけれど、このネーションを規定するのは、敵対概念を固定化したデカルト的存在の定義であり、イエズス会的な戦闘的発想では?

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戦争に勝ち続ける為のシステムが、「私は存在する」という所から始まるデカルト的テーゼであり、これが反宗教改革という、破門による「正統と異端」を巡るイデオロギーの副産物だろう。そこには他者が含まれておらず、「私」とは動詞を規定する為の便宜的主語に過ぎない。という視座が欠落している。

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仮にアメリカと日本の集団的自衛権を認めた場合、日本とアメリカは拡大された「ネーション」を成す同じ「国民」だということになり、その最大の仮想敵は中国だということになると思うけれど、みんな、本当にそれで良いの?そこに未来はあるか?日本は完全に岐路に立っていることを認識しよう。

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集団的自衛権が国連憲章第51条と矛盾しないとすると、国連に所属する全ての国家の自衛権が、世界大戦を防ぐ為に作られた国連の目指す所と一致しなくてはならないから、その自衛とは究極的に他衛と一致することになり、敵対概念は解体することになる。

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つまり、ネーションを規定する憲法は、国連憲章という上位概念の下に置かれることになる。これこそ自然権、つまり大自然の下にあるlaw of natureではないか?

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国連の理念はカントの「永遠平和のために」の下にあるけれど、その理念を実現する際に一番重要なのは、私達の認識の根底にあるのは、 私とあなたにとって意味するものが一致している、つまり言語の底が共時的に起こっているという、カントの「構想力」ではないか?

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@curatorshinya 6月20日の毎日新聞夕刊に、イラクで、ハリバートンのトラックに轢かれた自衛隊員が、全く手当を受けられず、、一生の障害が残ったという残酷な記事が出てます。事故の事実すら隠されています。秘密保護法案と、集団自衛権をセットにする目的はこれですね。恐ろしい。

Shinya Watanabe 渡辺真也さんがリツイート | RT

@curatorshinya 現実問題として「敵対問題」が存在する以上、コレに対する対応策はとらねばならんでしょう。それと平行し「外交交渉」「非軍事オプション」を模索すれば良いだけの話。しかし交渉を一切無視し、武力を大前提とするテロリストに通用する問題でない事も確か。

Shinya Watanabe 渡辺真也さんがリツイート | RT

私の存在は他者なくしては成立しない、という当然のことに気付けているかどうかは、大きなことのように思う。

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@curatorshinya 自己と他者を敵対させることを前提とした敵対観では近代を破れないと思う。一神教的な思想に支配されている限り。自己と他者は割り切れるものではなく繋がった存在、すべての存在が根底でつながっていて共鳴しあえる、渡辺さんがおっしゃるところの習合という連鎖に

Shinya Watanabe 渡辺真也さんがリツイート | RT

@curatorshinya …によってバラバラであった世界がつながり豊かになっていくと思う。日本人の思想の根底に、このDNAが眠っていることを願っています。

Shinya Watanabe 渡辺真也さんがリツイート | RT

これや!これが欲しかった。自分では言語化出来ず。“@curatorshinya: 安倍首相の本音は,平和憲法を変えて核武装し、米国にNOと言える国家を目指すことだろう。でもそれが目的となった場合、その先に待っているものは何なのか、人類史的、かつ地球的な視点から想像してみよう。”

Shinya Watanabe 渡辺真也さんがリツイート | RT


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