穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

22:インター・ステラ条約締結か

2021-02-07 10:24:07 | 小説みたいなもの

 河野部長は北国製薬に出勤するために通勤シャトルバスに乗った。人口調節庁のおかげで日本全国どこでも通勤ラッシュは起こらない。空中を飛行するバスの座席で右側の窓から差し込む太陽に体を温められてうつらうつらしていた。バスが降下を始めたのを感じた彼は目を覚まして、ふとバスの中の中吊り広告に目をやった。今日は週刊誌の発行日らしい。

「宇宙船団と秘密裏に条約締結か」とでかでかと煽情的な赤い活字で印刷した横に少し小さな活字で「日本政府は秘密裏に宇宙船団の星人との間に便宜供与のインター・ステラ条約を締結した模様である。野党は激しく政府を攻撃すると息巻いており、大荒れの政局になるだろう」とある。

 野党は擬勅だ、擬勅と騒いでるらしい。たしかに国会での論議をせず承認を得ずに、また天皇の御名御璽を得ないで条約を発効させれば擬勅には違いない。とくに極右政党は過激な政府攻撃を予告しているらしい。週刊「文俊身長」の中吊りを見て、先日の日蝕かと疑った社屋上空の黒船通過を思い出した。ああも、大っぴらに自由に通行するようになったのは、日本政府との間に何らかの取り決めが出来ているのかもしれない。過激な右派団体は井伊直三首相へのテロまで示唆しているという。覗き屋の山本もフォローしているようだったし、その動きはマスコミにも伝わっていたのかもしれないな、と河野は思った。

 彼我の文明力、技術力の違いは歴然としており、うかつに攻撃に出れば隣国の例のように壊滅的な被害を受けかねない。一体どういう条件の条約なのだろうか。この間来たトップ屋の山本も取材しているといっていたが、彼も今度の記事に一役買っているのだろうか。

 黒船襲来で擬勅かと、そんなことを考えながら河野は自分のデスクに腰を下ろすとデスクの上の未決のカゴの入った書類を取り上げた。急ぎのペンディングの仕事をとりあえず片づけると彼は女性課員に広報室に行って問題の週刊誌を借りてこいと命じた。

 女性課員は問題の週刊誌のほかに新聞二、三紙のコピーを貰ってきた。情報源があるらしく、一部の新聞にも同様の記事が出たようである。出所は同じらしい記事を読んでいると電話がかかってきた。

「葵研究所の徳川虎之介です。ご無沙汰していて申し訳ありません」

「ああ、どうも。ところであなたの事務所は移動されたのですか」と彼は切り口上で尋ねた。

「あっ」と徳川は気が付いたように慌てて言った。「そうでした。ご連絡をしていませんでした。申し訳ありません。そうなんです。事務所を引き払いまして、新しい連絡先をお知らせすべきでした。メールで至急送ります」

ずいぶん大げさだなと河野は訝った。「電話番号は?」と問うと彼は慌てたように「それも一緒にメールします」と電話を切ってしまった。