穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

アップデート要求25:アバター

2021-02-15 11:40:53 | 小説みたいなもの

 河野はペットボトルのお茶を飲みながらどうして葵研究所の徳川がこの国会中継を見ろと勧めたのか分からず訝しんだ。質問者は強酸党の恣意議員に替わっていた。

「交渉はどのようにして行われているのか。日本語が通じるということは分かったが、場所とか日本側の出席者は誰なのかと言うことを明らかにしてほしい」というと着席した。

「そういう具体的なことはお答えできない。特に交渉担当者の氏名役職を申し上げることはできない。覘き屋、いや失礼マスコミの人たちが殺到してきて、せっかく纏まりそうになったものがめちゃくちゃになります」

「どこで行われているのです。そのくらいは言えるでしょう。言える範囲でいいから答えてください」と執拗に迫ったのである。

考え考えマイクの前に歩み寄った官房長官は思案顔で「そうですねえ、会議の行われている部屋は3,40平方メートルの小さな部屋です。ドアを入ると向こう側の壁に向かって椅子が三つあります。ここに我々が座るわけですね。相手は三人までと会議の出席者を制限しているのです。向こう側の代表が座る椅子はありません。向かい合った壁には大きなテレスクリーンがありまして、会議が始まるとスクリーンが明るくなって相手の顔が登場するわけです」

いまや委員会室はシーンと静まり返った二人の応答を聞いている。

「相手は何人ですか、やはり三人ですか」

「何と申しましょうか」と彼は思案しいしい言い淀んだが、「一人と言うんですかね、一匹というのもおかしいが」と言って部屋がざわつくのを見てから、「やはりヒトリというのでしょうな、いつも一人しか出てきません」

「で、どんな顔でした」と恣意議員は勢い込んでいいささか間の抜けた質問をした。

「それがねえ、ナマの顔じゃないんですよ」

「というと仮面をかぶっているのですか」と恣意氏は調子を合わせるように言った。

「アバターなんですよ」

「なんですか」と相手は大声を出した。

「なんというか、漫画の登場人物のような、本人のハンコみたいなものですな」

「、、、、、、」馬鹿にされたのかどうか分からなかったので恣意氏は黙って大きな目をぎょろぎょろさせたのであった。

野次馬の中から助け舟を出したのがいる。「それはアニメなんかのキャラクターの顔みたいなものだよ。本当の顔でもないし、仮面でもない。本人を表すシンボルだよ」

恣意氏は馬鹿にされたと思って急に怒り出した。

 突然、広報室の後ろのほうで「あたしは宇宙人のお嫁さんになりたいな」と女の子の声がした。振り向くと山口桃絵であった。身長が145センチくらいしかなくで中学生に見える。今年入社してきた職員でそのカマトトぶりを発揮してたちまち中年男性社員の人気者になった。

 怒りから我に返った恣意氏は「交渉の眼目はなんです?」と突っ込んだ。

「宇宙船の整備と言うかメンテナンスのために滞留させてくれと言うのですな。なにしろ何百光年も飛んできたそうですから。それに乗組員の休養させるためらしい」

「なんですか、休養と言うと歌舞伎町やすすきので英気を養いたいということですか」と恣意氏はここで逆転の一矢を報いようとしたのであった。