最後に質問に立ったのは与党の橋本百合子議員である。
「各国はワクチンの開発にしのぎをげずっている現状でありますが、我が国においても北国製薬が極めて効果の高いワクチンや治療薬を開発していると報道されております。心強い限りであります。報道などによりますと我が国のワクチンは他国に先駆けて近々医療機関に出荷されるようですが、供給のスケジュールはどうなっているのでしょうか」
「厚生大臣」
「お答えいたします。問題のワクチンは治験をすでに終えて審査の最終段階に来ております。今週中にも認可の予定であります。メーカーの供給体制もすでに整っているようで、承認され次第、直ちに大規模な出荷が可能と言うことであります。来週からは国内関係機関向けに出荷されるものと承知いたしております。なお、この薬の画期的な著効は海外でも知られておりまして国内供給が一段落した段階で海外への供給も始めると聞いております」
ふたたび、橋本議員が立って質問を続けた。「私共素人が見ていても今回の開発は異例の速さで、また治験に要した期間も非常に短いようですが、副作用とかの問題は充分に調べているのでしょうか」
「おっしゃる通り、すべてが異例の速さで進んでおりますが、それは開発がきわめてスムースに行われたということで、確かに通常のワクチンや治療薬の開発に要する期間に比べて大幅に短縮されていますが、高い効果が実証されておりますし、副作用の問題も開発段階では一例も報告されていません。これも異例のことであります。安心して使用していただけます」
今日明日にも承認されそうなのか、と広報室長が河野に聞いた。
「うん、そう聞いているがね」
「それで例の葵研究所の徳川さんだっけが、テレビを見ろと言ってきたのかな」
「そうかも知れないね」
「しかし、彼は予算委員会で出る質問をあらかじめ知る立場にいるのかな」
「どうかな。政界にバックグラウンドでもあるのかな。たしかにちょっと得体のしれないところのある人だよ」
「純然たる研究者タイプじゃないのか」
「さあ、どうかな。突然住所不明になったり連絡不能になったりとか、とにかく神出鬼没な人だね」と言いながら彼は徳川氏のズバ抜けた巨躯を思い浮かべた。それでいながらギリシャ彫刻のように均整がとれている体躯で、大理石を思わせる冷たい光沢のある皮膚を思い浮かべた。
広報室を出て研究開発部に戻ると秘書が「山野井様から電話がございました」と報告した。
またかよ、と彼はうんざりした。「それで、なんだっていうんだね」
「後で電話するということでした」
ヤレヤレと彼はため息をついた。