4月1日に「コロンバス」を見た直後に映画館が休業になって
約二ヶ月ぶりに見たのがこの映画。
予告編見て、いや無理、なんかこわいわ、今こういうの見る心の余裕ないと思ってたのに
見てきた人たちがずいぶん褒めるので、素晴らしい作品ならキツイ映画でもいいか、と
映画館通いのリハビリ第一作がこれ。
リハビリにしてはキツかった。でもいい映画です。
基本的に女性の復讐譚って好きなんですよ。
シャーリーズ・セロンの「マッドマックス」なんて最高の最高。
ラストは悲しいけど「テルマ・アンド・ルイーズ」も好きだし
「フライ・ドグリーントマト」も大好きな映画です。
そういう意味ではこの映画も決して明るくはないラストまで含めて嫌いじゃないです。
でも、これ単純な女性の復讐劇でもないのです。
オーストラリア原住民への過酷な差別も、ヒロインの受けた差別と同様に描くことで
女性としてアイルランド人としてイギリス人に差別され憎しみの塊になったヒロインも
やがて、自分も白人という加害者の側である側面があるのだ、と気づいて行くので。
公式サイトより映画の紹介:
第75回ヴェネツィア国際映画祭において、コンペティション部門唯一の女性監督作品として注目されながらも、そのあまりにも過激で衝撃的な内容が物議を醸した『ナイチンゲール』。英国植民地時代のオーストラリアを舞台に、夫と子供の命を残虐な将校らに奪われた女囚クレアの復讐の旅を描く。主人公クレアを演じるのは人気ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のリアナ・スターク役でお馴染みのアイスリング・フランシオシ。オペラ歌手でもある彼女が劇中で歌うアイルランド民謡は、観る者の胸に美しく切なく響き渡る。また、クレアからすべてを奪う残忍な将校役を『あと1センチの恋』のサム・クラフリンが熱演。
処女作『ババドック 暗闇の魔物』が高い評価を浴びた監督のジェニファー・ケントは、本作をただのリベンジ・スリラーの枠に留まらせることなく性差別や身分差別、そして、先住民アボリジニの迫害と虐殺の歴史を赤裸々に抉り出す。サム・ペキンパー監督作を彷彿とさせるリアリズムとバイオレンスで描かれる、奪われし者達の怒りの物語は、各国の映画祭で絶賛され、ケントはハリウッドで最も注目される監督の1人となった。
物語のあらすじ:
19世紀、オーストラリアのタスマニア地方。けちな盗みを働き流刑囚となったアイルランド人のクレアは、その美しい容姿と歌声から、一帯を支配する英国軍将校ホーキンスに囲われていた。クレアの夫エイデンは、彼女が刑期を終えた後も釈放されることなく、拘束されていることについて不満を持ち、ホーキンスに交渉を試みる。しかし、逆上したホーキンスはクレアを仲間達とレイプした挙句、彼女の目の前でエイデンと子供を殺害してしまう。尊厳を踏みにじられ、愛する者達を奪われたクレアは復讐を決意するが、野心と出世を目論むホーキンスはローンセストンに駐屯するベクスリー大佐に昇進を直訴するために旅立った後だった。クレアは先住民アボリジニの黒人男性ビリーに道案内を依頼し、将校らを追跡する旅に出る。危険な任務を嫌い、最初は彼女に反発しながらも謝礼金のために嫌々同行していたビリーだったが、彼女の本当の目的を知ると、自分も白人達から家族や仲間を殺されて奴隷となった過去を打ち明ける。共通の敵を持つ2人の間には強い絆が生まれてゆく――。
前半のヒロインの境遇と彼女のうける残酷な仕打ちは、見ていて本当につらい。
野卑な兵士たちの乱暴な醜さにぞっとし、その中で一見優しげな紳士にも見える将校の
内面の狡猾さ、残酷さに、さらにぞっとし、途方もなく怖いものを見ている気持ちになります。
一番怖いのは人間だとは、よく聞く言葉だけど、まさにそれを思う。
何もかも失った彼女はただの復讐の権化になっていて、案内を頼んだ先住民ビリーに対しても
思いやりも配慮も同じ人間らしい扱いをすることもなく
ただただ自分の憎しみの中に閉じこもっていて、
森の中で彼に何度も命を助けられながらも、心を開くこともなく
自分の復讐心でいっぱいで、それ以外の余裕などないのです。
それまで、彼女への同情心と、共感しかなかったわたしも
そこで先住民を人とも思わない彼女の態度には、ちょっと嫌な気分に。
彼女自身も、女性としてだけでなくアイルランド人としても差別されてきたのに
それをビリーにあてはめる心の余裕もなくなっていたのだろうとは思うけど
やはり、日本で女性として在日外国人として
(もちろん現代の方がずっとマイルドではあるけど)
差別について考えない日のないわたしは、彼女に対する同情心が少し薄れてしまった。
でもそれだけの目にあいながら、人間らしい心を失っていない先住民のビリーは
この映画の中のかすかな救いのひとつです。
彼は、大事な人を殺されて憎しみと悲しみに打ちのめされても
ヒロインを見捨てずに助けるし
それが結局彼女の気持ちを少し動かして行くことになります。
もう一つ、わりと唐突な感じのシーンなんだけど
二人の旅の途中で出会う白人の老人紳士、この人が不思議な感じに優しい。
ふたりにひとときの安全を提供してくれるのですが、ビリーに対しても
他の白人とは全く違う、人間らしい扱いをして、なんだろうこの人は?と驚く。
何かの伏線でもあるのかと思ったけど、ただそれだけのシーンで
この老人の背景やキャラクターなどは全然描かれません。
でも、こういう人間もいるのだ、と思うのは、やっぱり救いですね。
あまりにつらい人生、つらい社会のヒロインに、
もしわたしが逃げ場のない奴隷のような扱いで性的にも虐待され放題の人生しか
選べない世界にいたら、自分ならどうするだろう?と少し思ったりするけど、
つらすぎて想像ができません。胸が重苦しい。。。
死んでしまうのが一番幸せと思ってしまうかもしれませんね。
しかし、帝国主義の白人たちの横暴さ、残酷さには改めて怒りを感じました。
わたしがオーストラリアやアメリカに住む白人で
先住民をひどい迫害で虐殺も含め追い出した先祖が数代前にいる白人だったら
そこに、のうのうと生きていることがいたたまれないだろうと思う。
それが現代の自分の罪でなくても。
それなのに、いまだに先住民や、奴隷として連れてきたアフリカ系の人たちの末裔を
差別し続ける人が大勢いることが、本当に不思議だし、腹立たしく思います。
ヒロインの歌は悲しく心に迫るし
死んだ夫や子供が現れる幻想的なシーンもとても美しく、そして悲しいし
森の中の映像も厳しくもきれいです。
素晴らしい映画だけど、つらすぎて、もう一度見る気持ちにはなれないかなぁ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます