sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

「苦海浄土」

2024-06-01 | 本とか
2020年に書いた「本を読むと言われる最低圏内」のブログに「苦海浄土」を読みたいと書いたけど
結局途中までで止まったままで、やっと読み終わったのは2023年の10月。
2022年の11月から友達二人とうちで「苦海浄土」の読書会を始めたおかげで
1年かけて読み終えることができたのだった。
月一回くらいの頻度で、7、8回集まったかな。
飲みながらというのも好きなんだけど飲めない人もいたのでお茶とスイーツをお供に
毎回決めた課題分(100ページずつくらい。小さい字で2段組の本なので結構な量です)について
気楽におしゃべりする会。
この部分が好きだ、この文章がたまらない、この描写の美しさ悲しさよ、
このシーンはあの絵を思い浮かべた、などという感想から
国の隠蔽体質や大企業の狡さに怒ったり、
同じ被害者同士の中にもある差別の悲しさに人間とは…と深くため息をついたり、
以前はさほど関心がなかった水俣訴訟を戦うというような運動について考えたり、
ジョニー・デップ主演の映画「MINAMATA」の話をしたり、の1年間。

本当に素晴らしい本で池澤夏樹さんが世界文学全集を編む時に
日本からはただ一冊これを入れたというのに納得できる最高の読書体験だったのだけど
それでも一人では読みきれなかったと思う。
深く広すぎて、濃く強すぎて、すぐに疲れてしまって、この長さについていけなかっただろう。
長年読みたかった本を読書会として読み終えることができてよかった。
本の内容は(水俣病の問題はまだ終わっていないので)ともかく、幸せな読書でした。

熊本の美しい漁業の街、水俣で、まず猫から始まりそして人間たちが次々と病に倒れる。
それは水俣の大企業チッソが流した汚染排水のせいだったが、
国も企業もなかなか認めず、また大企業のお陰で潤った街の人々は
水俣病に苦しむ貧しい漁師の村の人々を差別し糾弾する。
その記録と同時に、そこに住む人々の貧しくとも幸せだった過去の漁師としての日々が
それは美しく描かれ、だからこそその後の病に倒れ、それを認めてもらえぬ苦しみや
その後の訴訟の日々の苦しさがより強く浮き上がる本です。

病院や裁判の記録の硬い文章と、そこに住む人の魂の語りが交互に綴られていき、
語りの部分は一応フィクションということになっていますが、
そこにいる人の心の声はきっとこの本に書かれた通りだったろうと思われます。
でも「苦海浄土」は水俣病問題に関する知識やメッセージだけでなく、何よりまず
文学を読む喜びを感じさせてくれる本で、
石牟礼道子さんの文章の濃度と強度と柔らかさに読むたびに酔いしれました。
柔らかく優しく、この世のものでないような記憶の中の世界の美しさは
とにかくすごく濃厚で、一度にたくさんは読めないほどの豊穣さに包まれます。

「苦海浄土」に出てくる貧しい貧しい漁師の家の描写の美しさの圧巻!と書いたのは
映画「小さき麦の花」の感想の中ですが
途方もなく貧しく何も持たない人の家の中の描写が、それは美しくてもはや聖性を感じさせるのでした。
持たざる人というだけでなく、さらにまだ奪われる人たちの、その言葉や家の中の様子を
その薄い壁の一間しかない家の内側から光が見えるように美しく書かれていて言葉を失います。

一人では読みきれなかった本なので、人にはお勧めしにくいけど
わたしにとってはこれから生きていく上で時々めくるべき本だと思っています。