とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

50 暗 転

2015-10-04 00:26:52 | 日記




 御霊屋での務めが終わり、私は今度は一人で荒神様の森へと急いでいました。森が近づくと急に辺りが暗くなりました。突然の暗夜。私は視力を失ったのか。私は戦きました。また何かが起こる !! 黒いバラ !! さやか !! お前はどうしたのか、病気なのか ? 私はいよいよ怯えました。すると、森の闇の向こうから野太い声が響いてきました。

 「新樹よ、お前の中には今父親の霊が宿っている。盲目だった父親が」

 「おおっ !! 荒神様 !!」

 「いいか、よく聞け。お前の視神経は委縮している。だから何もかも薄ぼんやりとしか見えない。いいか、お前もよく知っている父の眼はかような世界を見ていた。いや、漆黒の闇だったかもしれない。歩けるか ? ははっ、歩けないと思う。ではどうするか。父親はそれでも自分で歩いていた。仕事もしていた。実に偉大。お前はこの森を一人で歩けるか。最初の修行としてこれから試してみたい。森を歩ける。これが出来ればさやかを助けることも、森の樹々の真の声を聞くことができる。しかも、新樹が大きく育ち、成木となるだろう。さすれば、私の真の弟子として認める。この森で生き続けることができる。森の樹々の霊を助けることも・・・。姫神からもマーガレットからも一任された。新樹よ、悟れ !! 新樹よ !!」

 「荒神様、何ということを。私にはできません。父は偉大でした。しかし、私には出来ません」

 「自ら道を拓け。そして己の真の道を歩め。さあ、新樹よ」

 「何ということを・・・」

 「嘆いていては少しも進まぬ。悟れ、悟れ !!」

 そう言うと、その声は途絶えました。私は一歩も進むことが出来なくなりました。花りん、来ておくれ。父を助けておくれ。私はそう呟きました。聞こえているはずの花りんも事の次第を知っているらしく返事をしませんでした。しかたなく私はその場に座り込みました。そうするしか私にはできませんでした。
 しばらくして、私は気を取り直して辺りの空気の感触や森の匂いを確かめていました。心を鎮め、じっとしていると、衰えた視力を補償する力が・・・、いや、何かの力が沸き上がってきました。

 「感覚を研ぎ澄ます。研ぎ澄ます。これだ !! 父はこの力を身につけたのだ。そうだった。父は、声を聞くだけで誰だか分かった。空気の微妙な動きから相手の動作を想像できた。しかも胸の鼓動から相手の心の動きを察知していた」

 「タテ、タチアガレ、アルクノダ、アルクノダ」

 「おおっ !! お父さん」

 確かに父の声が森の奥から微かに響いてきました。私は残されたすべての感覚を最大限に研ぎ澄まして歩きはじめました。すると、森の空が光ったような感じがしました。その光の中にさやかが立っていました。

 「さやか、傷ついたさやか。見えたぞ。見えたぞ。すぐに助けるからな」

 私は藪の中に分け入って薬草を探して手で揉んで薬汁を草の葉に絞り出し、さやかに飲ませました。すると、さやかの姿に精気が蘇りました。と同時に森中の樹々の囁きが聞こえたような気がしました。

 「さやか、私に道を示してくれてありがとう。父は、・・・ごめん、愚か者でした。許しておくれ」

 私はさやかの手を取って、森を歩き始めました。すると、森は徐々に明るくなり始めました。漆黒のバラは見事に美しく咲きました。ああ、母だ、母だ。そうに違いない。バラの花全体が微かに揺れてキラキラ光る露をこぼしました。

 「父の境地に限りなく近づいた。しかし、まだまだ未熟。父親の助けを借りるようではまだまだ・・・。これからも修行は続ける。・・・おおっ、お前の樹が少し生長した。帰るがよい」

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